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酔いどれクリスマス 01
「あれは俺たちが初めて一緒に過ごしたクリスマス・イヴの日…、王様ゲームでクラウドのファーストキスをもらったんだよな。そのあと噴水広場の前の階段を手を繋いで仲良くのぼって、愛を伝え合って…、懐かしいなあ、ミッドガルの町並みきらきらしてたっけ…」
視線を虚空にさまよわせながらザックスはその時のことを思い出しているのか、懐かしそうに笑った。
ぎし、と音を立ててベッドが軋む。
「思い出を捏造するな」
その日にザックスと仲良く手を繋いだり(繋いだが仲良くではなかった。一方的にだ)愛を伝え合ったりした記憶はクラウドにはなかった。
記憶が曖昧に擦り切れて細部が分からなくなるほどに、あの日から時が流れたわけではない。
公衆の面前で罰ゲームと称して、彼にディープキスをされたあの時の恥ずかしさは、そう簡単には忘れられそうにないクラウドの少年時代の強烈な思い出のひとつだった。
「かわいかったよなあ、あの頃のクラウドは。初めてのキスだったのにーってほっぺた膨らませて真っ赤になって涙目でさー」
「今は全然かわいくなくて悪かったな」
クラウドの白い指が、目の前に晒された彼の尖った喉もとの骨を撫で、鎖骨まで下りていき、それからそっとシャツの上から両胸の間を滑っていく。その感触がザックスの何かを刺激したのか、彼の腹筋がシャツの上からでも緊張したように波打ったのがクラウドにも分かった。
クラウドはそれに薄い唇の端を引き上げて微笑んだ。
先程までしつこいくらいに自分のそれと重ね合わせていた彼の唇は赤く染まり、艶やかに光っていた。
「あんなにかわいかったクラウドが今じゃ…」
人の上に跨ってるし。
かわいいというより、艶然と、と表現するに相応しい笑い方をするようになった。こういうときには。
でもザックスの腹の上をさまようクラウドの手は、色っぽい手つきというよりは、どこか探るような、確かめるような慎重さが伝わってきて、ザックスは苦笑いした。
クラウドは冗談を言う人間ではない。
人を試すようなことを言ったり、かけひきを楽しんだりする人間でもなかった。
(…ってことはやっぱり……)
先程の発言、クラウドは本気なのだろう。
覚悟を決めなければならないか。
ザックスは天を仰いだ。
それでもまだどうにか形勢逆転を狙えないかと心中であわあわと足掻いていた。
*
いつもと違うシチュエーション。
ベッドの上に押し倒されたザックスの上にクラウドが乗り上げているこの構図。
時間は少しさかのぼる。
聖なる夜を二人で過ごすためのささやかな食事を食べ終わった後、自然に二人の足は寝室へと向かった。
ザックスがクラウドの腰を引き寄せれば、クラウドはザックスの首に腕を絡ませて口付けをせがんだ。
あっという間に二人は夢中になり熱は容易く上がった。
もたれかかってきたクラウドに押されるように、ザックスは後方のベッドの上に転がる。それでもキスは止まらない。
ザックスの上に乗りかかるようにクラウドもベッドに上がり、角度を変えながら深く浅くザックスの唇をむさぼった。
当初ザックスは、いつになく行為に積極的なクラウドに喜んでいた。
今日はクリスマス・イヴだし、いつもとはまた毛色の違った甘〜い夜を過ごせるのかな、それもいいな、とクラウドからのキスに応えながらザックスの心は弾んでいた。
ところがだ。
唇を離し、ザックスの腿の上辺りに跨って座り込むクラウドは、自分の身体の下に敷いた恋人を見下ろしながら恐ろしい一言をザックスに寄こした。
「今日は俺がザックスを抱きたい」
至極真面目な顔で彼は言った。
ザックスは己の耳を疑った。
一瞬頭の中が真っ白になって、間抜けな顔でしばらくの間クラウドの顔を言葉もなく見上げてしまった。
「…い、今なんて言った?」
悪い、俺の聞き間違いだよな。
ザックスは引きつった笑みを返す。
「俺にさせろって言った」
しかしクラウドは男らしい一言でばっさり。
聞き間違いではなかったようだ。
「…それって、つまりストレートに言っちゃうと、クラウドが、俺に、突っ込みたいとか、そういう恐ろしいことを…」
自分を少しでも落ち着けようとして、ザックスが一言一言の間に息を吸い込んだせいで、妙に間延びしたおかしな言い方になった。
それに小さく頷くクラウドを見て、ぎゃーっとザックスは心の中で叫ぶ。
「……く、クラウド、お前かなり酔ってないか?」
さっきまでそれなりの量の酒を飲んでいたし。クラウドは酔っても余り顔に出ないので、もしかしたら、それで。
「酔ってない」
しかし、またもやばっさりだ。
「よ、酔っ払いはみんな口をそろえたように自分のことを酔ってないって言うもんだよ!」
「酔っていたとしても問題ない」
「俺にはある大ありだっ!!!」
酔ってる、絶対酔ってる!
クラウドの目が据わっているのを見て、冗談じゃないとザックスは起き上がろうとした。
二人が付き合い始めてもう数年が経過している。
セックスにおいての上下関係は最初からすんなりと決まっていて、何の問題もなくそれが今日まで続いていた。
クラウドの口からも、下が嫌だとかいう特に文句らしいそれを聞いたことはなかったし、ザックスとしては、それはもうこれでもかと言うほどに毎回クラウドを満足させてやっているという、根拠はないが(でも思いこみでは決してないはずだ!)変な自信があった。
なので今のクラウド発言は正にザックスにとっては青天の霹靂といえるほどの大きな衝撃だった。
「待て、ちょっと待て! 冷静になろう、深呼吸しようぜクラウド、ほら、すーはーすーはー、やってみ!?」
「俺は冷静だ。むしろあんたのほうが落ち着けよ」
「おおお、お前が突拍子もねぇこと言うからだろ…っ!」
起き上がろうとするザックスの胸をクラウドは難無く押し返す。
「ザックス、黙って」
す、とザックスの唇にクラウドの人差し指がそえられて、それからクラウドの影がザックスの上に落ちた。
それ以上の言葉を奪うように、クラウドはザックスの唇を再び塞いだ。
「…っ!」
両手で押さえつけられて、浮いていたザックスの頭がベッドに沈む。
己の領域に忍び込んできた舌に、ザックスは反射的に自分のそれを絡めていた。呼気と共に酒のにおいが鼻に届く。舌を絡めて吸い上げ、クラウドの咥内に入り込んで歯列の裏をくすぐり唾液をすすりあう。
キスを続けるうちに、クラウドよりも行為に長けているザックスのほうが徐々に主導権を握り始めた。
「……ん…、」
「…クラ……」
「ぅ、ん…、ん…っ」
ザックスのペースで何度もキスを繰り返す。
うまく息をつげなくて苦しいのか、クラウドが唇を何度も離そうとするのを、ザックスは彼の首を手で押さえつけて逃げられないようにした。反対の手でクラウドの腰を撫で上げる。
知り尽くしている彼の弱い場所を意地悪く攻めれば、かくんと容易くクラウドの身体が落ちてきて唇を合わせたままザックスは笑った。彼の身体は感じすぎるほどに愛撫に弱い。長い時間をかけてそう仕込んだのはザックスだ。
ぐずぐずになったクラウドの腰に手を添えて、今度こそザックスは身体の位置を入れ替えようとした。だがいつものように今夜のクラウドは、ザックスが作った流れに乗ってはくれなかった。
無遠慮な手のひらがばちんとザックスの額に押し付けられて押し返され、ザックスはまたしてもベッドに沈んだ。
「っ、いっ…っ」
ザックスのものより薄青いクラウドの瞳が、幾分怒りを含んでいるような色をたたえてザックスを見下ろした。
「…駄目、だ」
目尻が赤く染まっているのは色っぽいが、クラウドのその口調は感情を抑えるように平坦だ。
や、やっぱりダメ?とザックスはへらりと笑う。その頬が引きつった。何とかしてクラウドの気持ちや視野をうまくそらす手段はないだろうかと頭をフル回転させる。
「ま、まず理由を教えてくれよ、クラウド。じゃないと俺も納得できねぇっていうか、なんで突然そんなこと言い出したんだよ、なあ」
「俺ばかりがいつもヤられてばかりで、フェアじゃないような気がする、から」
「フェアって…、そりゃあお前の名前はストライフだからな。ここは一発俺の嫁さんになってクラウド・フェアに…」
「全然面白くないから」
「ばっさりですねクラウドさん…」
今夜のクラウドは、何が何でも自分が主導権を握りたいらしい。
そりゃあ愛情が一番大事なのであって、上とか下とかそんなのは些細な問題で…些細な…些細……
…………。
うっかりそういう自分とクラウドの何何を想像しようとして、恐ろしさにザックスの思考が即座にフリーズした。
いつもと立場が逆なだけなのに、なんで全然些細なことじゃないんだ…!?
だがしかし、そんなの絶対駄目ヤダ!と一言で終わらせてしまうのは、後々何がしかのわだかまりを二人の間に残しかねないかもしれないとも冷静にザックスは考えた。
ザックスがイヤだと思っていることをクラウドは毎回ザックスに許してくれているのだから。
「どうしてもしたいのか…?」
念のためもう一度確認する。
こくりとクラウドが頷く。
「駄目か」
駄目に決まってんだろ!と即座に叫びそうになるのをザックスはぐっとこらえる。
そういやあまり男同士だということを最近意識しなくなっていたザックスだった。
その性格上ザックスが積極的にリードしてしまうのもあるが、ほとんどが受身になってしまうセックスをクラウドが常日頃どう感じているのか。
そうだ、彼も男なのだから、いいように翻弄されるばかりのセックスに何か思うところがあるのかもしれない。
(クラウドが俺を抱くとかって…)
愛し愛される喜びは何物にも替え難い。
自分は常に惜しみなくクラウドに向けて愛情を表現している自信があるが、クラウドだってもしかしたら…もしかしたらザックスに向かって愛を行動で示してみたいと思っているのかもしれない…しれないなんて…考えすぎだろうか。
(クラウドからのとびきりの愛情…)
彼からの手放しの愛の表現。
どんな感じなのだろう。
彼に愛されている実感も自信もあるけれど、それは揺るがないけれど、いつもと違うシチュエーションならば、いつもと違ったクラウドを見ることが出来るかもしれない。これはひょっとしたらチャンスなのだろうか。
クラウドがあんなことやこんなことを自分から進んでしてくれるかもしれないし。
だったら、絶対イヤだってことは…ことはないような…。
………。
いや、いやいやいや!
でもまさかそんなの、今まで想像したこともなかったし!
…だけど…だけどクラウドがどうしてもって言うんなら……。
してくれるんなら…。
酷く真剣な目で自分を見下ろすクラウドの顔を見つめ返しながら、ザックスは自分の身に感じる危険とほんの少しの好奇心と誘惑とを心の中で戦わせて必死にグルグルと考えた。
「ザックス」
(ちょっと待て、今凄く重要な決断を迫られてんだぞ俺は。もう少し待ってくれよ)
するり、とクラウドの手がザックスの股間に触れた。ジーンズの上を滑るように撫で上げる。
金色の長い睫毛が伏せられて、降りてくる桃色の唇。
鼻先ににんじんをぶら下げられた馬さながら、甘い誘惑に抗えるわけがなかった。
シャツの下に忍び込んできた彼の指先は、ひんやりと冷たい。いつもはザックスのあれやこれやの手管に蕩かされて熱を上げていくクラウドの身体だ。しかし今夜は違う展開になるのだろうか。
「駄目か」
唇と唇がもう少しで触れ合いそうな至近距離で、もう一度重ねて問われた。
もともとの色の違いのせいもあるのだろうか、同じように魔晄の影響を受けて蒼く染まった二人の瞳の色だが、微妙に違いがある。ザックスのそれよりも淡く透き通っているクラウドの瞳の表面に、自分の顔が映り込んでいるのを見つめながらザックスは大きく息を吸い込んだ。心を決める。
クラウドの全身から伝わってくる、想い。
こんな風に真っ直ぐに彼に求められたことは、もしかしたら本当に初めてのことなのではないだろうか。
「…駄目って言われたら」
ザックスが断ったら?
「…それはそれで今夜は力ずくでヤるつもりだったけど」
「おっ、お前マジな顔しておっそろしいこと言うなよっ!」
クラウドの覚悟は相当なものらしい。
クラウドは笑ってザックスの鼻の頭に小さく音を立ててキスをした。それからザックスの頬を両手で包み、子供をあやすようなかわいらしいキスを送りながら、ザックスの上で腰を落とし自分の下半身をザックスにこすりつける。既に硬くなっている互いのものが刺激を受け、背中を這い登ったぞくぞくする感覚に、ザックスはいつものようにクラウドの身体を転がしてむさぼりたいという衝動をぐっとこらえ、クラウドの腰を掴んで自分からも腰を下からぐいぐいと押し付けて甘い息を吐いた。
「…っ、ザ…っ」
「クラウド、…今夜だけ…」
「…え…」
「今夜だけだぞ。特別…ていうか一回だけ」
「いいの…?」
「初めてなんだから優しくしろよ?」
「…そう…なんだ?」
「お前の色んなハジメテは俺が貰ったからな」
「そ、そういうことは言うなっ!」
「ほら、俺の気が変わんないうちにヤろうぜ。脱いで足広げりゃあいいか?」
「ザックス!」
「クラウドがめいっぱい俺を愛してくれるんだろ? ちょいヘヴィ級なイヴのプレゼントだけど、悪くないよーな気がしてきた」
ザックスは笑ってクラウドを誘った。
しかしそれからそんなに時間が経たないうちに、ザックスは自分の安請け合いを猛烈に後悔する羽目になる。やはりというか…。
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