酔いどれクリスマス 03





 腰を揺らしているクラウドに気がついたザックスは、それまであわあわするばかりだった心に少しばかりの余裕が出来た。
 後ろの入り口付近を突いているクラウドの柔らかい舌のくすぐったいばかりの感触を頭の隅で追いながら、縛られた両手を自分の腹の前に持ってきて腹筋に力を入れ、ザックスは背中をシーツから少し浮かせた。
 腹に力を入れたことで、クラウドがいじっているその場所が収縮したのが自分でも分かった。
 差し入れていた舌先が隘路に挟まれて押し返されたのに驚いたのか、クラウドが顔を離す。顔の動きに合わせてクラウドの体が上向いた隙を突き、ザックスは自由を奪われていない右足を動かして伸ばし、裸足の指先でクラウドの股間を布の上からぐいっと押し上げた。
「…っ!?」
 ザックスが動くことを想像もしていなかったのか、クラウドは驚いて目を丸くした。
 ザックスに軽く押されただけなのに、動揺しているせいか、あっけなくバランスを崩して後ろによろけてしまう。
 ザックスは好機とばかりに腹筋を使って勢いよく体を起こすと、クラウドに向かってそのまま体を倒した。自由に動く膝を使ってクラウドの太股に乗り上げ、彼の背をベッドに押し付け、ベルトで拘束された両手を素早くクラウドの首に伸ばして押さえつける。
「な…っ、ザックス…!?」
 うまく事が運びすぎて笑ってしまうぐらい、ザックスが期待する通りの体勢の入れ替えが成功した。
「やっぱこれがいいわ、うん」
 ザックスはしてやったりという風ににやりと笑う。
 いとも簡単に身体をひっくり返され、首を押さえ込まれてしまったクラウドは悔しそうに唸った。
「何するんだ、ザックスっ」
「んー、まあ、貴重な体験をありがとな、クラウド」
「どういう意味…、まだこれからだろ?」
「あはは、いやいやクラウドが俺のあんなとこ舐めてくれるなんて、今年のイヴはすっげえ記憶に残る日になると思うけど、でもやっぱなんていうか俺には向いてねえわ」
「む…っ、向いてるとか向いてないとかじゃない。いいって言ったじゃないか! 今更卑怯だ、今夜は俺が…っ」
 押さえ込む手を引き剥がそうとクラウドはザックスの腕に指をかけるが、上方からかかる力は想像以上でびくともしない。
 ザックスはクラウドの首をベッドに縫いつけたまま背中を倒し、クラウドの顔に自分の顔を近づけた。
「黙って」
「…っ」
 ザックスに低い声で囁かれるとクラウドは体をビクリと震わせた。
 ここ最近ではずっと閨でクラウドにだけ聞かせる語尾のかすれた独特なザックスのその声音は、クラウドをいつも骨抜きにさせてしまう。クラウドは言われたとおりに言葉を途切れさせてしまった。
 クラウドの心を捕らえて放さない大好きな蒼い双眸が、間近で深くじっとクラウドだけを見つめている。ただそれだけのことでクラウドは胸を高鳴らせ、興奮して体の中心がまた熱くなるのを止められなかった。
 ザックスの唇がクラウドの唇に重なる。
 酒のにおいが漂う互いの呼気を盗みあう。
「…ぁ、…」
 ザックスはゆっくりとクラウドの唇の表面を舐め、クラウドの咥内の隅から隅まで、何かを確かめるように、味わうように、時間をかけて口を重ね合わせた。
 クラウドもそれに応えてザックスの舌に自分のそれを絡める。そうしているうちに突っぱねていたクラウドの腕から、いつの間にか力が抜けていた。
「クラウド…」
「…や…、だめ、駄目だ、今日は…っ」
 クラウドは震えながら腰をよじって頭を打ちふるう。与えられる快楽に簡単に流されまいとあらがう。
「けどクラウド、ほら」
 キスを交わしている最中にザックスは身体の位置をずらしていた。
 クラウドの身体から力が抜けてきた頃を見計らって、ザックスはクラウドの足の間に自分の身体を割り込ませた。クラウドはさしたる抵抗もなく、いつものようにザックスに対して足を開いてしまっていた。
 つまりは、そういうことだ。
「ちが…っ、これは…っ」
「やっぱりお前は俺に愛されてるほうが似合うよ」
 それでもクラウドは頑なに首を横に振った。
「俺だって…あんたを愛したい」
 常にないクラウドのストレートな物言いに、ザックスの顔は嬉しさにほころんだ。
 これも酒のせいなのだろうか。だったらたまにはクラウドに過ぎるほどの酒を飲ませるのも有りかと思う。押し倒されるのはごめんだったが。
「分かってるよ。お前に愛されてるって俺はじゅうぶん分かってる」
「違う。いつも俺ばっかり…じゃないか」
 愛され、与えられる快楽に酔っているのは自分ばかり。自分だってザックスをちゃんと愛したいし気持ちよくなってもらいたいのだ、とクラウドがこぼせば、ザックスは「お前ん中は他に例えようがないくらい気持ちいいんだぜ。いっつも天国が見える」と返し、羞恥に顔を真っ赤に染めたクラウドに拳で容赦なく胸を叩かれた。
「…いてて。いやでもさ、本当に俺の方がいっぱいクラウドから愛をもらってるって。俺はいつもそれをクラウドに返そうって必死になってるんだぜ」
「嘘だ…俺が何を…」
「返しきれないくらい貰ってるよ。今夜逆の立場になってみて改めて分かったこともある。俺、お前にいつも凄いこと許してもらってるんだなって思った」
「ザックス…?」
「愛しあっていれば抱き合うのは当たり前だと思ってたし、俺は抱く側だったから気にしたこともなかったんだと思う。だからすごく今までお前に対して無神経だったかもしれない。これって愛がなきゃ絶対出来ないことだよなって思った」
 その言い方だとまるで…とクラウドは顔をしかめた。
「…じゃあそれを俺に許してくれないザックスは、俺のことをそんなに好きじゃないんだ…」
 ザックスは少しだけ首を傾けた。
「本当にそう思ってるのか?」
「……」
「俺の愛を疑ってる?」
 クラウドは首を緩く横に振ってから目を閉じると、目の前の大きな身体に腕を回して抱きついた。
「…ごめん。疑う訳ない。でも俺は別に何かを許すとか許さないとか、そんなふうに難しく考えたことなんてない。ただあんたとこうしていたいだけ…」
「ああ、俺だってそうだ。クラウドとこうしていれば幸せだ」
 ザックスもクラウドの背を抱き返す。
「でもさ…考えたんだけど、今夜みたいなすっげえ男前なクラウドにもドキドキしたけど、なんていうか…そうだよな、お前だって男だもんな。それ考えるとなんか俺、お前に悪いことしたような気がしてきた」
「…悪いって…何が?」
「だって昔、クラウドにセックスを教えて、何にも知らなかったお前に、一方的に俺がお前の全部だみたいな刷り込みしたの、俺じゃん。俺なんかに捕まらなきゃ、もしかしたら今頃お前は――」
 ザックスの肩に押し付けられたクラウドの額がもぞりと動いた。ザックスの身体に巻きついているクラウドの腕にも力がぎゅっと入る。
「…俺だってあの頃のままじゃない」
 密着した場所を伝って、クラウドのくぐもった声がザックスの身体に響いた。
「仮定の話になんて興味ない。あの頃みたいに俺の世界はあんたばかりじゃなくなったけど、それでも今あんたとこうしてここにいるだろ」
「クラウド…」
「俺をこんなに愛してくれているあんたのことを俺も愛しているから、だから――」
「クラウド…っ!」
「…んっ…!」
 抱きしめ唇を塞ぐ。
 重なり合った身体に互いの熱を押しつけ合って何度も何度も確かめる。
 ザックスの指が腰をたどり、クラウドの足を持ち上げさせて、その後ろに回って足の付け根にまで近づいたとき、クラウドははっとして目を見開いた。
 今まさに彼の指先が服の上から尻の割れ目に伸びようとしたときだった。
「ざ…、ザックス、あんた、手…っ!?」
 そうだった。
 ザックスの両手はさっきまで確かにベルトでひと括りに縛られていたはずだ。なのに今、右手はクラウドの尻を撫でさすり、左手はクラウド服の前ファスナーを胸元あたりまで下ろしている最中なのだ。クラウドはやっとそのことに気がついた。
 目の前の重い身体を腕で突っぱねて身体を離すと、確かに彼の両腕は離れて別々に動いている。
「ベルトはどうしたんだよ!?」
「えーと、そこ」
「!?」
 ザックスが顎で示したその先で、無惨にも伸びてちぎれたベルトが転がっていた。
 ザックスは悪びれもせずににこりと笑った。
「あれ? さっき力任せにちぎったの、わかんなかった? だってお前の身体が――」
 服の上からクラウドの尻の割れ目の深い場所をザックスが指先で押せば、クラウドの身体がびくりと震えた。
「や…めろっ、ばか…っ」
 身体をひねって抵抗するクラウドの鼻先をぺろりと舌で舐めた。クラウドが本気で嫌がっているのならザックスはとうの昔にやめている。
「やめるかよ。お前の身体が俺のこと欲しいって訴えてるからやめねえ。俺に愛されたがってるやらしい身体を前にして黙って見てられるほど、俺は人間が出来てないんでね」
「な、何言って…っ」
 クラウドの顔がさらに真っ赤になる。ひくりと喉が鳴った。
「欲しいんだろ、ここに」
 欲しくて己の指で慰めて腰を揺らしてしまうくらいに欲しいんだろう、とザックスは言う。

「互いが気持ちよければもうどっちでもいいじゃん」
 いけしゃあしゃあとザックスが言う。
「や…約束破るのか。そんなこと言って俺を丸め込もうったって…っ」
「そういうことにしとけよ、クラウド」
「……っ」

 クラウドの目が悔しそうに細められる。それでも恋人の唇が上から落ちてくれば、慣れ親しんだ感触に瞼を下ろして受け入れた。
「…ん…、ふ…、ザッ…っ」
「…ラウド、…き、…好きだ、愛してる…」
「…あ、…、ばか…、待っ…っ」
 キスでクラウドの抵抗を巧みにおさえながら、ザックスはあっという間の速さで器用にクラウドの服を暴いていく。
 手早くクラウドの下着を下ろし、あらわになった尻の狭間に手のひらを這わせる。いささか性急かと思われるほどの速さでザックスがクラウドの身体の奥のすぼまった箇所を探れば、ほとんど抵抗なくザックスの指先は沈んだ。
「…、あっ…」
 のけぞったクラウドの白い首がザックスの視界に飛び込む。噛み付きたいくらいに魅力的なラインだと思う。
 肉にはまれた自分の指先にしかと伝わった感触は、クラウドの身体が素直に反応したことを示していて、ザックスは満足げに笑った。
「…ほら、やっぱり、俺のこと欲しがってる」
 俺の指をおいしそうにきゅうきゅう締め付けてる、とクラウドの耳元でわざといやらしく聞こえる言葉を選んで低い声で囁くようにザックスが言えば、クラウドは眉間に皺が寄るくらいに目をぎゅうぎゅうに閉じて、必死に頭を左右に振る。けれど身体はクラウド自身の気持ちを裏切って勝手にザックスの指を奥へ奥へと誘い込むようにますます蕩けていくようだった。
 思い通りに行かない自身の身体に、クラウドはもはやどうしていいのか分からないといった風に、浅く息を吐きながら目の前の恋人をすがるような目で見上げた。緩やかに弧を描く長い睫毛にひっかかった雫が震えていて、その瞳はじんわりと濡れていた。
「…ックス…」
「…どうする、クラウド」
 ザックスは意地悪く聞こえないように注意を払いながらクラウドに問いかけた。なるべくクラウドの意思を尊重してやりたい。今夜は自分で選ばせてやりたかった。
「……」
 ザックスの指はクラウドの中に入ったまま、動きを止めてじっとしている。
 クラウドは、真上にいるザックスから視線を外し、何かを考えるような素振りで落ちつかなげに視線をあちこちに巡らし、それから衣服をはだけられた自分の身体を見た。
 ふいに身体が揺れて、ザックスの指をまたその場所は締め付ける。

 どうする、なんて聞かれても。
 どうするかなんて。
 どうして欲しいのかなんて、きっとそう、最初から。

 ザックスのことを抱きたいと言いだしたのだって、絶対何が何でもそうしたいと思ってのことではなかった。
 ただ、いつもザックスから貰い、クラウドが感じている「愛されている」という実感を、ザックスがそうしてくれているようにクラウドがザックスのことを抱ければ、言葉にするのが苦手なクラウドでも彼をどんなに愛しているのか、その気持ちがザックスにちゃんと伝わるのではないかと思いついてのことだった。

 ただ、愛しい、という気持ちを彼に伝えたかっただけだった。



「……っ」
 クラウドはザックスの背に腕を回してシーツから背中が浮くほどに力をこめて抱きついた。両足を目の前の身体に絡めてねだる。
 言葉などなくてもクラウドの答えはザックスに伝わった。


 互いの求めているものが同じならば、こだわる必要はないのだ。
 分かっていてくれている。
 ちゃんと伝わっている。
 だったら――。


「…ああ、わかった。とりあえず今はそういうことにしとけ」
 ザックスは笑ってクラウドの身体を抱き返すと、彼の身体をベッドの上に沈め、今度こそ本格的に上から圧し掛かった。





 愛したい。
 愛されたい。
 愛している。
 愛されている。
 ただ、君を。
 君だけを、愛している。










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