幸福の檻 29
「……お前はバカだ」
ハボックの肩口に顔を押し当てたままのロイから、くぐもった声がした。
「大佐?」
背中に回っている腕に力がこもる。
「…お前はバカだが、私の方がもっともっとバカだった」
言葉の間に鼻をすする音がまじる。
「た、大佐、泣いてるんですか。ちょ……っ」
驚いたハボックが身体を離そうとしたが、ロイは尚更強くぎゅうぎゅうと抱きついた。
「大佐?!」
「いいから、私を掴まえていろ」
「え、何、どういう…」
「私を逃がしたくないんなら、このままでいろと言っている」
「このまま、って……」
それきりロイは黙ってしまった。
抱きしめていればいいんだろうか。
ハボックはロイの背中から離した両腕をもう1度ゆっくりと彼の背中に回した。自分のものより薄い背を今度は激情に任せてではなく、慎重に、いたわる様な優しさをもって包み込む。
そうするとロイが小さく息をついてこちらに体重をかけてきた。
抱き返される腕。預けられた身体。共有するぬくもり。
夢、なのではないか。自分に都合のいい夢を見ているのではないかとハボックは思った。
嬉しくないわけはないのだが、今まで自分のことを突っぱねていたロイの態度の豹変についていけない。
「い、いきなりどうしちゃったんですか、大佐」
「………ハボック」
「はい」
「ハボック」
「はい。…ええと」
「ハボック」
「……大佐?」
「ハボック」
「………」
何だろう。
ぎゅっと抱きついたまま、名前を連呼するだけでそれ以上のアクションもない。続く言葉もない。でもなんだかとっても必死、なような気がする。そんな雰囲気が伝わってくる。
(えーと……、あれ?)
そういえば、以前にこれと似たようなことがあったようななかったような。
顔を見られたくないとかで、自分に抱きついて顔を押し付けたまま、なかなか離れようとしなかった。あれは確か―――。
(そうだ、俺んちで)
恋人として2人で過ごしたあのときだ。
ハボックがなだめて懇願し、やっとのことでロイが顔をはなしたときには、彼の顔は涙でぐちゃぐちゃで、その耳までも真っ赤にしていた。
ロイの知られざる繊細で純粋な一面を垣間見た……嘘の上に成り立っていたあの日々に見せてくれた彼の色々な表情が全て偽りで作られたものだとは思っていないから……。
「大佐、ね、顔見せてください」
そっと肩に寄りかかっている黒髪に触れた。子供にするように優しく撫でる。
「………イヤだ」
ロイは強くしがみついてはなれない。
ハボックは泣きたいくらい嬉しくなる。
今、彼の顔を見ることができたら。
あの時と同じ顔をしているんじゃないかと思った。
もし同じなら。
「大佐。俺、自惚れてませんよね?」
同じだったら、あの優しい時間を取り戻せるよな気がする。
「ダメですか。顔を見せて俺を信じさせて…?」
柔らかくてあたたかい、あんたの心にまた触れたいんだ。
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20071127up