幸福の檻 27






「やめろヒューズ!」
「ロイっ」

 ロイは振り上げられたヒューズの拳とハボックの間に飛び込んだ。その腕を両手で止める。

「ヒューズ待て、いいんだ」
「! 何がいいんだ!?」
「ハボックの言う通りだからだ。だから俺は何を言われても仕方がない」
「言う通りって……」

 ロイは自分の背後に突っ立ったままのハボックを振り返った。

「そうだろう、ハボック。多分私はどうしようもないロクデナシなんだろう」
「大佐……」
「いい加減な私が気まぐれでとった言動が、根の正直なお前を振り回し混乱させてしまったようだ。すまない、謝ろう」
「……俺は、謝って欲しいんじゃ……」
「お前の言うとおり、私はただの淫乱だ。それでいいだろう。この話はこれで終わりだ」
「おいロイ。俺は納得いかねえぞ。ちゃんと話せよ」
「終わりだ。二人とも支度しろ。遅刻するぞ」

 ロイは二人から離れると、軍服に着替えるために自室に向かおうとする。それを全く納得していないという顔でヒューズが追った。

「待てよロイ。俺にちゃんと説明しろよ」
「お前には関係ない」





 多分私はどうしようもないロクデナシなんだろう。
 お前の言うとおり、私はただの淫乱だ。

 真っ直ぐに自分を見据えてそう言ったときのロイの表情がハボックの心にさざなみを起こした。感情を見せまいとする平坦な口調、表情。
 だけど。

(そんな目をするから)

 分かるか分からないくらいに潤んで揺れていたその瞳に、ハボックは気がついてしまった。気のせいではない。

 ロイの考えていることが全然分からないと、ハボックは苦しんでいた。
 だが果たして本当にそうなのだろうか。

(俺は気まぐれに振り回されただけか?本当に?)

 彼が、自分が上司として尊敬してやまないロイ・マスタングが、気まぐれで、そんないい加減な気持ちで、自分の仕事を放棄して1週間もただの部下と過ごすだろうか。

(そんなの、分かってるじゃないか)

 分かるように説明してくれと、あのときのアレはじゃあ一体何だったんだと、彼に問いかけてばかりだった自分。
 自分から理解しようと努力しただろうか。嘆いていただけではなかったか。

 分かりづらかったかもしれないけれど、小さくても彼からサインは出ていたのではないか。





 手を、伸ばした。

 ヒューズを押しのけ、ハボックは自室に入ろうとしていたロイの腕を掴んだ。
 緩慢に振り向いたロイは、腕を掴んだのがヒューズだと思っていたのだろう。それがハボックだと分かると、他人にもそれと分かるくらいに大きくびくりと身体を震わせた。

 その瞬間、確かにロイが強固に纏っていた仮面が剥がれ落ちたのがハボックにも分かった。



 この人は、恐れている。
 そして、このぬくもりが真実なんだと思った。



「……ヒューズ中佐、ちょっと外してもらえますか」

 ヒューズはといえば、親友とその部下の話があれやこれやの信じられない急展開で、許容量もいっぱいいっぱいだった。

「外すって少尉、ちょ、待て。お前何……」
「大佐と話したいんです。いえ、話さなきゃならない」

 自分を取り戻したロイが、ハボックから逃れようときつく睨み上げながら腕を振り回したが、ハボックはそれを許さなかった。

「放せっ、ハボック少尉!私には何ももうこれ以上話すことなど……っ」
「大佐」
「………っ」


 腕を引いた。
 そう、このぬくもりがハボックの中のまだわずかに残っていた逡巡を断ち切らせた。
 いとしい人のぬくもり。
 顎を捉え腰を引き寄せる。唇を重ねた。



 答えなんて、本当は最初から持っていたのかもしれない。





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