幸福の檻 22







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 なんだ、どういうことなんだ、これ!?



 柔らかな日差しがカーテンの隙間から部屋の中に入り込んでいる。白い壁、白い天井。ベッドのほかにはアンティーク調のサイドボードがあるだけの、殺風景な部屋。
 ここは明らかに狭くてくたびれた感のある自分の家ではない、と幾分昨夜の酒が残っていて頭の回転がクリアではないジャン・ハボックは思っていた。
 そして。
 すぐにこのベッドから飛び降りたい気分でいっぱいだった。だが、その飛び降りたい理由が同時にそこから飛び降りられない理由でもあった。


 同じひとつのベッドの上。
 傍らにはなぜか自分の上司であるロイ・マスタングが。

(なななな、なんで大佐と一緒に……っ!?)

 ハボックの鼻先にロイの癖のない黒髪がある。ロイの腕はハボックの腰にまわされており、彼はハボックの体と自分の体をぴたりとくっつけるようにして穏やかな寝息を立てていた。

 どうしてロイと一緒に寝ているのか、まったく思い出せないハボックである。思い当たる節も……そういえば、昨夜は店で飲んだ後、ロイの家の前に行って……。

(いいんだか悪いんだかわかんねぇタイミングで、大佐とヒューズ中佐に会ったよな……)

 会ってから、どうしたんだろう。

(………)

 思い出せない。

 落ち着け、落ち着け俺。

 目覚めて、自分の腕の中で眠っているロイを認識してから今まで、体は石にでもなったかのようにぴくりとも動かせなかった。
 少しでも動いたらロイは起きてしまうかもしれない。その緊張感に、背中を嫌な汗が伝った。
 今、ロイが起きたらどうなるんだろう。
 ロイは寝ぼけて、誰か他の女性と自分を勘違いしてくっついて寝ているに違いない。だとしたら起きた途端に不機嫌な怒りを買い、俺はベッドから蹴り落とされるだろうか。

 ハボックは目の前の、綺麗な顔をそっと見つめた。
 こんなに近くでまた見られる日が来るとは思わなかった。
 ふいに、いとしさがこみ上げてくる。
 胸を締め上げられるような想い。ロイを好きだと自覚してから、もうずっと、この気持ちと向き合ってきた。
 どうしようもない。嫌われても、貶められても。
 彼の真意が見えそうで見えないもどかしさに引きずられて、思い切ることもできない。


 永遠に起きなければいいのに、と思う。
 このまま、このぬくもりを感じていられたらいいのに。

 2人きり、小さな部屋の中で過ごしたあの夢のような日々を今でも鮮やかに思い出すことができる。
 そしてたとえ仮初だとしても、何かの間違いであったとしても、今この時間が、その甘い時間の延長線上にあるような気がした。


 朝目覚めて、自分の腕の中で肩を小さくすくめて、恥ずかしそうに、でも幸せそうに微笑んでいた人。撫でた髪の毛の先が少しだけ跳ねていた。


 あの時間が戻ってきたかのような、錯覚。

 ロイのぬくもりは、ハボックの心をざわめかせた。
 いつまでもこうしていたいという嬉しい気持ち。
 そしてそれに反するむなしさ。
 ロイの目が覚めてしまえば何も残らない。ぬくもりも、あまやかな気持ちもロイが冷たい視線を自分に向ければたちまちのうちに霧散するだろう。
 そして自分の欲しているものは、どんなに求めても得られないのだということを思い知らされるのだ。


 嬉しい。でも苦しい。

 だがそんな思いに心をとらわれている時間は、長くは続かなかった。
 ロイが目覚める予兆に、ハボックの心臓は情けなくも跳ねた。
 小さくうなるような声が形の良い唇からもれる。
 まぶたが、震えた。







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20070221up