幸福の檻 21
ずる…ずるずるずる、がこん。
ずるずるずる……。
「重てぇ……」
ごとん、ずるずずずずるる…。
「なんだって…俺が…こんなこと……っ」
ぜえぜえぜえ。
放り出しちまいてぇ。
いいか。あのまま外に放り出したまんまでも良かったか。
こんなに辺りが寝静まった深夜に、なんだってこんな重労働をやらなきゃならないんだ……。
がこがこん。
ヒューズが両手で引きずっているものが、わずかな段差に引っかかって鈍く跳ねた。
ソレは、ここまで来る途中に色んな場所に端々がぶつかったのだが、そんなことを心配してやる筋合いはないと思う。
そして汗をかきつつ重すぎるものを引きずって、やっと目的の場所に辿りついた。
しかし辿りついたときに、あれ、と思い至った。なぜここに「これ」を運んでしまったのかと。
ヒューズの目の前のベッドでは、この家の主であり親友である男がすやすやと穏やかな寝息をたてて眠っている。数分前に自分が肩に担いで運んできて転がしたままの格好だった。そして今、自分が腕を掴んで引きずってきた男に目をやる。
「………」
先程家の前であった出来事を思い出す。本人はたまたまだと言っていたがハボック少尉がなぜかロイの家の前にいた。そしてなぜか突然ロイをヒューズから奪うようにして自分の腕に抱き上げ、どこへ行くのかと思ったら足をもつれさせ、腕の中のロイもろとも……。
「……少尉はバタリと倒れたまま動かなっちまうし、ロイもあんなに派手に宙を舞って放り出されたくせに起きねえなんて…。酔っ払いはこれだからもう勘弁してくれよ」
道端に倒れて動かなくなった2人をそのままにしてはおけない。仕方なくヒューズは2人を家の中へと運ぶことにしたのだった。最初にロイを寝室まで、そのあとハボックを運んだのだが、特に意識することもなくなぜか彼も同じ場所に運んできてしまった。
しまった、と思ったヒューズだった。ハボックはこの部屋よりも玄関から近い位置にある客間のソファに転がしておけばよかったんじゃないだろうか。こんなに長い距離を重たくて骨の折れる大男を引きずってくることなどなかったのだ。
でも、とヒューズは考える。
今からまたこの重いのを客間まで移動させるのは面倒くさいなあと。
「……ま、いっか」
よいしょとヒューズはハボックをベッドの上に引きずり上げた。ロイの横に幾分乱暴に体を転がしたが、それでもハボックは起きる気配を見せなかった。深く深く眠っているらしい。寝顔を見て少し憎く思った。
明日の朝、同じベッドの上で目覚める上司と部下がどんなリアクションを起こそうがヒューズには知ったことではない。「なぜこいつと寝ているんだ」と親友はハボックと一緒に寝かせた自分を怒るだろうか。自分をなじる彼の姿は容易に想像できる。
しかしヒューズにも言い分がある。
自分がいたおかげで2人とも道の真ん中で朝日を拝まなくても良かったのだと、むしろ感謝して欲しいくらいだと言いたい。
明日の朝のことに思いをはせながら、2人の上に毛布をひっぱりあげてかけてやった。
そのとき、ロイが小さく声を出してハボックのいる手前のほうに寝返りをうった。そうすると2人の間の距離がほとんどなくなる。
疲れた。俺も寝よう。
自分は客間で寝かせてもらおうと踵を返そうとしたヒューズだったが、去り際、親友の寝顔に「おやすみ」を言おうとしてふと足を止めた。
上を向いて大の字に横になっているハボックの丁度左肩10センチ辺りのところに、ロイの顔があった。
くんくん、とその鼻が小さく動いている。猫や犬が匂いを嗅ぐ仕草に似ていた。
ヒューズが何だ?と疑問に思っていたら、ロイの口許がほころんだ。力の抜けた、春の陽だまりのような微笑みだった。そして隣で眠る男のぬくもりが愛しいみたいに体をすり寄せ、ぴたりとくっついた。
その気配に気づいたのか、ハボックも腕を伸ばし、擦り寄るロイをその胸に抱きかかえるように姿勢を変えた。
それはまるで親子が、あるいは恋人同士が寄り添って眠っているようだった。
「……これって、こいつら寝ぼけてんだよなあ?」
男2人じゃなかったら微笑ましい光景なのだろうが、ヒューズの目にはちょっと気持ち悪い?みたいな感じに見えた。
ハボックもロイも相手を恋人と勘違いしているとしか思えない。
自分は2人をこのままにして、この部屋を出ていっても果たして良いのだろうか。
「………」
首の後ろをかきながら、しばしこの何も知らないで幸せそうに眠っている2人を眺めていたヒューズだったが、なんとなく、なんとなくだが抱き合って眠る2人を引き離す気分にもなれず、そのままベッドを離れると静かに寝室をあとにしたのだった。
今夜は変な夢を見そうだなあと思いながら。
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20070117up