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*大切なもの05
「おい、お前ら何してるんだよ」
むっとした声が上から降ってきた。
クラウドが慌てて顔を上げると、いつの間に帰ってきたのか、ザックスがテーブルの脇に立ってクラウドとカンセルを見下ろしていた。
声音を裏切らず、眉間に皺を刻んで彼はとても不機嫌そうだ。
ザックスは片手を軽く動かしてカンセルに椅子から立つように促した。
「俺がいない間に何仲良くなってんだっての」
ザックスの意図を察し、苦笑しながらカンセルが立ち上がると、ザックスはクラウドの隣の席にさも当たり前のような顔をしてどかりとおさまった。
カンセルはテーブルを回って、先程までルクシーレがいた向かいの椅子に座った。
「いいだろ別に。ザックスの知り合いなら俺だって今後また顔合わせるかもしれないし」
「だからって別にそんなに顔をくっつけて話すことない」
クラウドとカンセルの距離が近かったことが面白くなくて、ザックスは不機嫌なのだと遅まきながらクラウドはやっとそのことに気がついた。けれど、なぜ面白くないのかという理由にまでは考えが及ばない。
ザックスは口をへの字に曲げたまま、おもむろにクラウドの肩に腕を回して抱き、自分の方に引き寄せた。
「わっ」
無理に引っ張られたせいでバランスを崩し、クラウドは椅子から落ちそうになる。しかし、ぐらついた体をもう一本の腕が横から伸びてきて支えると、難なくひょいと…まるで赤ん坊や子供を抱き上げるように軽々と持ち上げた。
座ったままクラウドの小柄な身体を抱き上げたザックスは、彼を自分の膝の上に移動させて座らせる。
ザックスが余りにも自然に動いたので、その一連の動作が終わっても、誰もそのことについて口を挟めなかった。クラウド自身でさえ己の身がどう扱われたのか理解できずにぽかんとしている。
「お前なんかがクラウドに近づいたってろくな事がないね。クラウドに近づいていいのは俺だけなの」
そう言ってクラウドの腰に後ろから腕を回し、ザックスは子供っぽい独占欲ふりかざしてクラウドの体をぎゅうと抱きしめた。
クラウドよりも先に自分を取り戻したカンセルが、片眉を下げて肩をすくめる。
「……お前、その子のことホントに本気なんだな」
今更何を言ってるんだという心外そうな顔をザックスはした。
ザックスがクラウドをより抱きやすいようにと少し腕の位置を動かしたところで、それまでおとなしかったクラウドが、やっと我に返ってザックスの上で暴れ始めた。
「ちょ…っ、ザックス!? 何するんだよ!」
それはそうだろう。
いくら何でも人前で親子でもないふたりがする体勢ではない。恥ずかしすぎるというものだ。
…というか抱っこなんて親にしてもらったのだって遙か昔のことで、ほとんど覚えていないクラウドなのだった。
「降ろせよ、何考えて…っ」
「だってお前ら人がいない間にー」
腕の中にクラウドの身体を囲い込んでその頬にぐりぐりとザックスが自分の頬をこすりつけている彼の愛情表現のひとつだって、クラウドには嫌がらせにしか感じられなかった。
「おいザックス、嫉妬は見苦しいぞ」
カンセルが二人の様子を見ておかしそうに言うのに、クラウドが「えっ」と声を上げる。
「嫉妬ってなにに…!?」
どうやら本気で分かっていないらしい。
クラウドが思わず振り返ると、すぐ目の前にザックスの顔があって、目が合ったと思ったら彼の顔が近づいてきた。流れるような仕草でクラウドの唇の端にちゅっと音を立てて触れると、すぐにザックスの唇が離れていく。
真摯な蒼い瞳がクラウドをとらえる。
「好きだって言っただろ、お前のこと」
「……っ!!」
目を丸くして口をぱくぱくさせているクラウドの顔が、あっと言う間に真っ赤になった。
こういう鈍いところもかわいいなあ、赤くなったほっぺたにまた触りたいなあとザックスの視線がクラウドの頬に釘付けになる。
周りのことなんてお構いなしのザックスの様子にカンセルは終始呆れ顔だ。
「人前で何してんだ、ったく。しかしまぁでもあながち…」
少し考える素振りをして、一拍置いてからカンセルは続けた。
「ザックス、お前本当に罪作りなヤツだよ。憎たらしいくらいに」
「あ…? どういう意味だよ、カンセル」
ザックスの視線はクラウドに向けられたままだ。
「お前の色恋の手助けなんて絶対にしたくないね。教えてなんてやるもんか、バカらしい。俺はその子に先輩から何かアドバイスできればって思ってたわけだよ。けどどうやら話を聞くに、俺の世話なんて全然必要ないみたいだし? だってあんなもん大事にしてるぐらいだしな…自覚ないだけってやつかよ。ああ全く面白くない」
途中から独り言のようにぶつぶつと言ってひとり頷いているカンセルに、意味を掴めないザックスは軽くストレスを感じて、やっとクラウドから視線をはがした。
するとカンセルはふたりを見ながら、不意ににこりと笑った。
その笑顔は、ほとんどの人間には爽やかで気持ちのいい笑顔に見えるのだろうが、ザックスにはそれが何か裏の考えがあるときに彼がよくする表情だと知っている。
「…何が言いたいんだよ?」
ザックスは眉を寄せた。しかし、カンセルはザックスを無視して、彼の膝の上でがちがちに固まっているクラウドに顔を向けて話しかけた。
「ああ、クラウド、でも一つだけアドバイスするとすれば…さっきも言ったけど」
「え…、は、はいっ」
話しかけられたクラウドは、ザックスの膝の上、そう短くもない軍隊生活の慣わしの癖がつい出てしまい、条件反射でぴしりと背筋を伸ばした。その拍子にクラウドの短く刈り込まれた後ろ髪が、ザックスの鼻柱を思い切りかすめて、ザックスがのけぞった。
「ちょっとでも嫌だと思ったことには、ちゃんとそいつに嫌だって言えよ。ぼうっとしてたり遠慮なんかしてたら痛い目に遭うからな。こいつ、基本猿だし、甘え上手だし、姑息だから、君みたいな素直で人の良さそうな子は簡単に喰われちまいそうだ。俺はそれが心配」
「え…ザックスが姑息…?」
ザックスが鼻の頭を気にしながら嫌そうに眉をひそめながらも、暴れるのを忘れている膝の上のクラウドを抱えなおして、しっかりと自分の方に引き寄せるのを忘れない。
「…カンセル、クラウドに余計なことを吹き込むな」
「当たってんだろ。現に簡単に膝の上に乗せちゃってるし。ほらクラウド、嫌なら降りてもいいんだぞ」
「え…、あ…っ」
「逃がすもんかーっ」
クラウドが降りようとする前に、それまで自由だった両腕もザックスの腕の中に囲われてしまい、クラウドは上半身を全く動かせなくなってしまった。
それだけではなく、あろうことか凄い力でザックスは腕の中に収めたクラウドの体をぎゅむむと締め上げ、ぐりぐりと顔を力任せにクラウドの肩や首にこすり付けてきた。
クラウドは恥ずかしいという気持ちよりも、ザックスが何をしたいのだか全く理解できなくて半分パニックになりかける。
「ザックス…っ、ちょ、苦しいって! 締め殺す気!?」
「だってクラウドとも少しこうしてたいんだもんー」
ぐりぐり容赦ない。頬や耳の下辺りの肌をかすめるザックスの髪の毛の感触がくすぐったくて、クラウドは背中がそわそわした。
悪ふざけにしては度が過ぎているような…と思いかけて、ふとクラウドの目にテーブルの上に並ぶ空のビールジョッキやグラスが飛び込んだ。それを見て、もしや、とあることに思い当たる。
「…ザックス、あんた酔ってるだろ!?」
酒を飲みすぎたせいで、テンションがちょっぴりハイになっている可能性があるのではないか。
この突飛な行動はそのせいではないのかという疑惑。
もしかしたら一連の、クラウドのことを好きだとかほざいていたのも(あの時はまだそれほど飲んでいなかったけれど、体調のせいで酒のまわりが今日は…とかあるかもしれないし)酔っ払って少し精神状態がおかしくなっていたせいだったりするかもしれない…?
ザックスは自分でも酒に強いって言っているし、以前にクラウドと一緒に飲んだときも顔色が少し変わってるかなあというくらいの変化で、べろんべろんに彼が酔っているところなんて見たこともなかったけれど、もしかしたら…もしかしたらルクシーレと話していた時もずっと。
だとしたら、今夜の、今までのちょっとおかしなザックスにもそれなりに納得が――。
「こいつがあんなんで酔うもんか」
しかし、希望を無情に打ち砕く一声がクラウドの頭上にがつんと降ってきた。
向かいのカンセルが呆れ顔で息を吐いていた。
「そういうところが姑息だって言うんだよ、ザックス。酔ったふりして甘えんな。ばか」
「え…」
ふり…?
クラウドは恐る恐るといった風に後ろの男を振り返る。
すりすりする動きを止めたザックスは、クラウドの肩に口許を押し付けたまま、目だけをそろりと上げた。
ふたりの視線が合った瞬間、なぜだかクラウドの背中にぞわわと悪寒に似たものが走る。
「…ちぇ、バレたか」
茶目っ気たっぷりに舌を出してザックスは笑った。
ちぇ、バレたか。のザックスの声がクラウドの頭の中でわんわんと響く。
クラウドは彼のその笑顔に泣きそうになった。
違うのか?
彼は酔っていないのか?
だったら…だとしたら…。
「あー、いいっ、やっぱなんかいいっ! 俺クラウドのこと好きだわマジでっ」
彼が何を指して“やっぱりいい”と言っているのかさっぱり分からない。
でもザックスの中の何かのバロメーターに、クラウドの何かがヒットして“なんかいい”と彼に言わせているらしい。
また体を引き寄せられてぐりぐりされた。なんだかもうもみくちゃのめちゃくちゃだ。
ザックスが演技みたいなことをして自分に甘える?
どうしてそんなことをしたいんだ?
訳が分からなくて頭の中が混乱して、クラウドはそれからしばらくの間、ザックスのやりようにされるがままだった。
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