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*大切なもの04
「俺がクラウドにふさわしくないって言ったんだ」
ザックスが何を言ったのか、クラウドにはすぐに理解できなかった。
それはルクシーレも同じだったらしい。
少し間を置いてから、彼の表情が不自然に歪んだ。
笑おうとしたのだろうか、しかしその口元はひきつっている。
「な…に、言ってるんですか…?」
ザックスは冗談を言うでもなく全く真剣そのもので、むしろかすかに不機嫌そうな素振りでルクシーレを見て眉を寄せた。
「改めて自分自身を振り返ってみるとさ、いろんな意味でホント俺ってろくでもないことばっか今までやってきたなあって思うよ」
「そ、そんな…、ザックスさんに限ってそんなことは…」
うろたえているルクシーレを見ながらカンセルが向かいでうんうん頷いた。
「確かに。ザックスの女関係はろくでもない」
それにザックスは苦笑した。
「や…、女だけじゃなくてさ、いろんなことひっくるめて。特に仕事は人に言えないような汚いこともいっぱいしてきたし」
「ザックスは全然汚くなんかないよ!」
それまで黙っていたクラウドが、立ち上がって大声で叫んだ。
今までない強い口調で、一同の視線が一斉にクラウドに集まったが、クラウドは構わず続けた。
「そんなことない! ルクシーレさんの言うとおり、ザックスにふさわしくないのは俺の方で、ザックスは本当は俺なんかと…っ」
俺なんかと付き合ってるのもおかしいってちゃんと分かってるから、そんなことをザックスは言わないで。
クラウドはそう言うつもりだったが、その語尾はどんどん力なくしぼんでいって、最後にはまた俯いてしまった。
ザックスがとても静かな目でクラウドを見ていたからだ。
そこにはいつもの明るい煌めきも、目が離せなくなるような生き生きとした力強さも存在しなかった。
彼には不似合いな静けさ、どこか感情をそぎ落としたような無機質で硬い雰囲気を漂わせる眼差しが、クラウドの心に得体の知れない不安やためらう感情を抱かせ、落ち着かなくさせた。
彼にそんな表情で見られたのは初めてで、クラウドは戸惑う。
隣からカンセルがクラウドの肩を優しく叩いた。それに促されてクラウドは椅子に腰を下ろした。
テーブル上に重苦しい空気が漂う。
しかし自分の主張をどうしても通したいのか、黙っていられないルクシーレが、なおもしつこくザックスに食い下がった。
「ザックスさんは俺の目標とする人です。すごく若いのに1stに昇進したすごい人で…、だから俺が言いたいのは、そんなザックスさんにはこんな子供よりももっと、それ相応にふさわしい人がいるはずですっていうことで…っ」
これには黙って事の成り行きを見守っていたカンセルが『こんな子供』扱いされたクラウドを気遣い、さすがに口を挟んだ。
「ルクシーレ、お前いくらなんでもそれは言い過ぎだ」
当のクラウドは何も言い返さない。
ルクシーレの言うことは全くそうだと思ったので言い返す言葉がない。
ルクシーレとクラウドの話を静かに聞いていたザックスは、ふいに視線を落とした。
「…なんかさ、ふさわしいとかそうじゃないとかって…考えてみりゃおかしなこと言ってるよな」
ザックスは眉間にシワを寄せ、重い溜息を肺から吐き出す。
「人間の価値が人とのつきあいを決めるのか。価値って何だ。何で決まる? 地位や名声なのか?」
ルクシーレが目を瞠った。クラウドもはっとして再び顔を上げる。
「人とのつきあいにさ、そんなの関係あんのかな。ルクシーレ、もし俺がクラウドと同じ一般兵だったら、お前は俺とはつきあってないのか」
ルクシーレの顔色が変わった。
「そ…っ、そんなことは…っ」
ザックスの視線が、今度はクラウドに向けられる。
「クラウドも。俺がソルジャーじゃなかったら俺とはトモダチになってくれなかった?」
そんなことない、そんなの関係ない。そう言いたいのに、声が喉の奥に詰まったようになってクラウドは言葉にすることができなかった。だから、代わりに泣きそうな思いで何度も首を横に振る。
彼がもしソルジャーではなかったら…なんて想像もできない。
だって実際に彼は神羅カンパニーが誇るソルジャーなのだ。
クラウドがザックスと出会ったときも、初めて会話を交わしたときも、クラウドには最初から彼がソルジャーだと分かっていたし、もしもだなんて仮定の話には意味がない。
けれど、ザックスがソルジャーでなかったとしても…たぶん自分は彼という存在に惹きつけられたのではないか。漠然とだが何となくクラウドはそう思う。
ザックスと休日や空いた時間を一緒に過ごすのは、彼が自分の憧れるソルジャーだから、または自分の上司に当たる彼の誘いを断れないからなどという理由からではない。それは間違いない。
ザックスという人間を気に入っているから、一個人として好きだからだ。
(ザックスも同じように思ってくれているのかな)
休日や空いた時間にクラウドに声をかけてくれるのは、自分との時間を少しは楽しいと思ってくれているからだろうか。
だとしたら、友達として自分はふさわしくないだなんて言ってしまったことは、彼を悲しませたかもしれない。
俺なんてどうせ…と卑屈な考えに囚われていた自分がとても恥ずかしくなったクラウドだった。
*
ルクシーレは、気分が悪くなったと言ってひとり先に帰ってしまった。
あの後、空気が重くなり、会話も減ってしまった。
思った以上に頑固で自分の主張を曲げようとしないルクシーレには、今夜はどうにもこれ以上同じテーブル、同じ空間に居づらかったのかもしれない。
そして今、テーブルにはクラウドとカンセルのふたりの姿しかなかった。
あれからも順調に(?)がばがばと大量の酒を飲んだザックスは、用を足しに席を立っていた。
カンセルは氷だけの中身になったグラスをぶらぶらと指でもてあそびながら、頬杖をついて傍らのクラウドに声をかけた。
「ルクシーレの言ったこと、あんまり気にするなよ。あいつちょっと子供っぽいとこあるから、ごめんな」
クラウドは俯いたまま静かに首を横に振る。
「それからザックスのことだけど、あいつホント惚れやすくてそっち方面だらしないヤツだけど、冗談を言うヤツでもないから…ってそんなことはお前もよく知ってるか」
ゆらゆらと動くカンセルの手元で、いくつもの小さな氷のかけらがグラスの中でカラカラと涼やかな軽い音を響かせている。
「余計なお世話かもしれないけど、その気がないんなら、早いとこしっかりきっぱり断った方がいいし、そうじゃないんなら…まあ俺がどうこう言うことでもないか。何かあれば、俺でよかったら相談に乗るし」
「相談なんて…」
「ここまで知っちゃうと俺も色々気になるんだよな。けどさ、ザックスにこんなかわいい知り合いがいるなんて…ああ、ごめん、かわいいとか言うのNGだっけ? でも本当に今日クラウドに会って驚いたんだって。俺の情報網に微塵も引っかからなかったなんて、どうやって隠してたんだアイツ」
隠すも何も、普通男同士で街中を歩いてたって、友達と歩いてんだろうなあぐらいにしかみんな思わないだろうし、誰も特別なことだとは受け止めないから噂になるはずがないし、全然不自然じゃないのにとクラウドは思うのだが。
「重ねて言うけど、お前、あいつの押しにすっごく弱そうだから、あいつの勢いや手管に流されて、気がついた時にはとんでもないことになってましたなんてシャレじゃ済まない事態に陥る可能性高そうだから、本当にそういうのは十分気をつけろよ」
「…? は、はい…」
シャレじゃ済まないことって何だろう…とクラウドは聞き返したかったが、何となく嫌な予感もしたので口を閉ざした。その手のことにはとことん疎いクラウドには、ザックスに押し倒されるだなんてことは想像もできないのだった。
「ところで」
カンセルがグラスをテーブルの上に置いて、クラウドの方に身を傾けた。
ソルジャーである人間が持つ、独特な青い光を放つ彼の目が楽しそうに細められる。
「俺もすごく気になってる。聞かせてよ。あいつからもらった何をなくしたんだ?」
「え…」
クラウドはぱちぱちと目を瞬いた。
「あれだけ引っ張られると、ザックス当人じゃなくても気になって仕方がない」
「…そ、それは…」
「もしかして人には言えないような、なんかこっぱずかしいモンだったりする?」
クラウドは俯いた。髪の間からのぞく白い耳の先がじわりと赤く染まる。
「恥ずかしくはありません…けど…」
「何?」
「……」
クラウドはゆっくりと顔を上げて辺りをきょろきょろと見回し、ザックスがまだ帰ってきていないのを確認してから、小さく口を動かした。ぼそぼそと何事かを言う。
とても小さな声で、どうやらちゃんと失くしたものを正直に告白したようなのだが、さほど賑やかでもない店の中でも隣に座るカンセルの耳に声は届かなかった。
カンセルが身を乗り出してクラウドの口元に耳を寄せる。クラウドは仕方なくもう一度言葉にした。
カンセルにしか聞こえない小さな小さな声だった。
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