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*大切なもの 01
「お前さっきから何きょろきょろしてんだよ?」
声をかけられ、クラウドははっとして顔を上げた。
傍らを歩いていたザックスがすぐ横からクラウドを見ていた。
「え…、ううん。別に何でもないよ…?」
しかしそう言うクラウドの目はどこか落ち着きなく揺れている。
「俺との会話そっちのけで、ずっと下見てる」
「……」
クラウドは返す言葉もなく、唇を引き結んで俯き足を止めた。
「クラウド?」
今日は珍しくザックスの部屋でふたりのんびりだらりと過ごし、日が沈む頃になって外に食事を食べに行くかという話になった。
ザックスが何食いたい?と聞けば、クラウドは何か思いつめた顔で「この間食べに行った店に行きたい」と言う。なぜ彼がそんな顔をしたのか分からなかったが、よっぽどその店が気に入ったのだろうと思い、ザックスも味つけと量がおおむね気に入っている店だったので、すぐに夕食の場所は決まった。
店までの道をのんびり並んで歩いていたら、クラウドの様子がおかしいことにザックスは気がついた。会話の受け答えも上の空で、しきりにきょろきょろと辺りを見回していることに。
立ち止まってしまったクラウドに合わせてザックスも足を止める。
何事かと心配になってクラウドの顔を覗き込むと、彼がとても深刻そうな表情をしていてびっくりした。
「どうしたんだよ、クラウド」
「………」
「クラウド?」
「……ごめん」
「ごめんて何が? 何謝ってんだ?」
「……俺、失くしちゃったんだ…」
「なくした?」
「……ザックスから貰ったやつ…俺失くしちゃって…」
それきりクラウドは黙ってしまう。
どうもクラウドの言うことは要領を得ないので、もう看板が視界に入るほどに近づいていた目標の店までクラウドの背中を押して行き、ザックスは落ち着いた場所で詳しく話を聞くことにした。
*
時間帯を考慮しても、店内はさほど混んではいなかった。
テーブルにザックスを置いてひとり立ったクラウドが、店員の一人に話しかけている。一言二言会話を交わすと、クラウドは端から見てもそれとはっきり分かるように大きく項垂れて、ザックスの元へとぼとぼと戻ってきた。
「……どうだった?」
彼のその様子から返ってくる答えはわかっていたが、ザックスはクラウドに聞いた。
「…届いてないって」
クラウドはしぼんだ様子で力なくザックスの前の席に座る。
ザックスがクラウドに聞いた事情はこうだった。前回この店に来た日に、クラウドはザックスから貰ったあるものを失くしたらしい。
落としたのか、置き忘れたのか…その「あるもの」。
「なあ、何を失くしたんだよ?」
「…うん、さっきも言ったけど、ザックスから1番最初に貰った…大切なもの」
なぜかクラウドは肝心の「もの」の正体を具体的には教えてくれないのだ。
ザックスもさっきから自分がクラウドに贈ったものの数々を思い返しているのだが、失くして彼がそんなにがっかりするようなものに思いあたらない。
彼の様子からクラウドがどんなにそれを大切に思っていてくれていたのかが分かるのに…。
「…最初に俺がやった大切なもん…か」
「………」
「なあ、そんなに落ち込むなよ。なんだったらもう1回俺が同じもんやるから。な?」
クラウドは顔も上げずに頑なに首を横に振った。
店員が湯気がほくほくと立つ料理を運んでくる。
大皿から取り分けて食べるタイプの店だった。テーブルに並べられていく皿のいくつかから食欲を誘う何とも言えないいいにおいが漂ってくるが、クラウドはじっと下を向いたままだ。
ザックスは小皿に魚の蒸し煮を一切れ二切れ取り、その横にサラダを添えてクラウドの前に置いた。蒸し煮は、前回来た時にクラウドが特に美味しいと喜んでいた料理だった。
「クラウド、ほら食べるぞ」
「……」
「クーラーウードー? お前、泣いてんのか?」
本当に泣いているとは思っていなかったが、ザックスが明るい調子でそう言うと、クラウドは案の定勢いよく顔を上げてザックスを睨んだ。
「な、泣いてないっ!」
「そっか。そんなに大事なもん失くしたって言うんなら泣いてくれたっていいのに」
「……っ」
クラウドが顔色を変える。
あ、いじめすぎたかな、とザックスは内心で舌を出した。
感情的になりすぎて限界まで開いた彼の大きな目が本当に潤んでくる。
「悪かったクラウド。別にお前を本当に泣かせたいわけじゃないんだ」
「だから泣いてない…っ」
ザックスは何となく手を伸ばしてクラウドの頭を撫でる。
クラウドの頑ななところや自分の殻にすぐに閉じこもろうとする性分が時々面倒臭く感じることもあるが、ザックスはそういうところもひっくるめてクラウドが気に入っている。ちょっとしたことで気持ちが上がったり下がったり、他人から見たら些細なことだと思えることにでも心を揺らす彼の繊細さが心配になって放っておけないとも思う。
「……本当はもう何度も探してるんだ。今日だけじゃなくて」
遠慮なく金髪を撫で回すザックスの手のひらの下で、クラウドがぽつりとこぼした。
前回ここにふたりで来たのはかれこれ一ヶ月ぐらい前になる。
「さすがにもう見つからないかもってほとんど諦めてるけど…もしかしたらって。気になって仕方がないから…」
「…そんなに大事にしてたのか…?」
こくり、とクラウドは頷いた。
そんなにも自分のあげたものを大切に思ってくれていたのだと思うと感動する。
年下の友人のその様子にザックスは自分の胸が不覚にもきゅうんと鳴ったような気がした。
(…なんつーか…)
そう、時折この友人相手にザックスは胸がときめくことがあるのだ。
(だいたいこいつ…かわいすぎるんだよなぁ…)
はっきり言ってしまえば、クラウドという人間はザックスにとって割とストライクゾーンに『タイプ』なのだった。
一見儚げな印象の(中身はまったく違うが)容姿は言わずもがな、一筋縄ではいかない性格も、けど一度気を許した相手に対する懐き具合も、とにかくザックスのツボにハマる好みど真ん中なのだ。
これで女の子だったらすぐにでも口説いてるのになあと思う。どんな手を使ってでも落としたいかもしれない。
(…でも実際は男の子だし…)
つんつん尖っているわりには意外に触り心地のいい金色の髪の感触をてのひらで楽しみながら、ザックスはなんとなく複雑な思いに囚われていた。
自分が彼にあげた物…何かは思い出せないが、それをこんなに大事に思ってくれて、失くしたと気にしている彼が愛しくて、かわいくてしかたがない。
(…胸はきゅんきゅんするけどクラウドは男なんだよなー)
残念だが、きゅんきゅんしても仕方が無い。頭では分かってる。分かっているけどなぜだかときめくことがある。
(そうだ、男だ、…でも男だけどかわいいんだよな…。ああチクショウ、かわいいんだよなホントに…!)
顔には出さないで頭の中だけでザックスがぐるぐるしていたら、クラウドがザックスのぐるぐるに追い打ちをかけることを言った。
「…あんたに貰って、すごく嬉しくて…大事にしてたんだ。お守りみたいな気がしてたから…だから、失くしたくなかった」
そのとき、ザックスの頭の中でよく身に覚えのあるスイッチがカチリと入った。恋多き男のタチの悪いスイッチが入ってしまった。
ついでに補足すると、ザックスは恋愛に関してフィーリングやひらめきに頼る傾向があった。
本能に忠実に従うから、瞬発力があって行動的だが、そういう理由であまり後先を考えない。
そして、このときもザックスには深い考えはなかった。
その行動の理由を他人に問われれば「思いついたから」「したくなったからしただけ」としかきっと彼は答えられないだろう。
「クラウド。顔上げて」
「……?」
素直に顔を上げたクラウドにザックスはとびきり甘い笑顔を見せた。
意識しての表情ではないが、その類の自分の顔が、異性の心情に及ぼす影響は十分に知り尽くしているザックスである。まあ今回はイレギュラーで対象はクラウドだから異性ではないのだが。
きょとんとしているクラウドに、ザックスは手を伸ばしてその頬に優しく触れた。
「ごめんな。そんなに大事にしてくれてるモンなのに、俺何やったのか思い出せねえ。でもそんなに思っていてくれるなんてすごく嬉しい」
幼いと言ってもいい仕草で、ふるふるとクラウドはまた首を横に振った。
彼は頬に触れられていることに何の疑問も感じていないのか、されるがままおとなしい。
「…なあクラウド。今度は絶対落としたり失くしたり忘れたりしないモン、やろうか」
「…え?」
クラウドが少し驚いた顔で目を瞬いた。
一方ザックスは、完全に口説きモードに入っていた――冗談でも何でもなく。
「目を閉じて。あげるから」
「……」
首を傾げながらも友人としてザックスを信頼しているクラウドは、ザックスの言葉にさっきと同じように素直に瞼を閉じる。
照明を抑えた薄暗い店内で、金色の睫毛が滑らかな頬に長く濃い陰影を作った。
薄く開いているクラウドの唇が、まるで自分を誘っているようだとザックスは思う。
(誘われたら、そりゃ男ならいくしかないだろ。というかいかせてもらいます遠慮なく)
ザックスは心の中で勝手にそうこじつけて椅子から腰を浮かせた。
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