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桃色ドリーム 2
■何となく頭に入っているといいかな的なんちゃって設定■
最近クラウドとザックスは恋人同士になりました。
二人の事情を知るセフィロスは、時々クラウドの相談相手になってくれます。
アンジールとジェネシスもフツーに登場します。
「……成程な」
セフィロスは部屋の中央にあるソファの上のその端っこで両膝を抱えて丸まっている小さな背中を眺めながら小さく息を吐いた。
その金色の長い髪が踊る背に近づいて横に回りこむと、手ずから淹れたコーヒーを注いだカップを差し出す。それに気がついて少し鈍いくらいの反応で顔を上げた彼――見た目は彼女だったが――クラウドは、躊躇いがちな仕草で手を伸ばしてそれを受け取った。
「…すみません。他に行くあてがなくて、気がついたらここに来ていました…」
「それはいいが、本当に…」
セフィロスはクラウドの正面にあるソファの背に軽く腰を預けてから胸の前で両腕を組み、クラウドの頭のてっぺんから爪先まで、改めてゆっくりと視線を動かした。
その目の動きに、クラウドは居た堪れない気持ちになり、俯いて身体を縮こませた。恥ずかしい。今更ながらここに来てしまったことを後悔した。
朝起きたら性別が変わっていた。
そんなことを聞かされても普通の人間ならば何の冗談だと失笑するだけで誰も信じないだろうが、実際にその本人を目の前にすると、いくら神羅の英雄セフィロスとてその話を信じないわけにはいかなかった。
パンツの裾からすんなりと伸びる白い足は、確かにラインが柔らかで、触ってもふにふにと優しい弾力がありそうな雰囲気だったし、サイズが大きいのかルーズなシルエットになってしまっているシャツのその胸の辺りには幾分丸みのあるふくらみが感じられる…ような気もする。顔立ちだって角が少しずつ取れたように優しさをまとい、大きな目は更に大きく愛らしく感じられるし、華奢な肩を隠すように波打つ長く胸元の下まで伸びた豊かな金色の髪の毛だって、きらきらと辺りを明るく照らしているようで――
どこからどう見ても、本当にセフィロスの目の前に座っているクラウドは少女に見えた。
いや、彼の話を信じるならば姿かたちは実際正真正銘間違いようのない少女のものなのだ。
「性別の変化か…職業柄、俺も大抵のことには驚かないが、初めて聞くな」
「……」
「あれも同様に?」
セフィロスの指すあれ、とは勿論ザックスのことだ。
小さな頭を揺らしてクラウドは頷いた。
「二人とも同様に、というのは原因を突き止めるのに大きなヒントになるかも知れんな」
「…俺どうしたらいいのか分からなくて…ザックスは…女の俺を見たザックスはあんなだし…面白がってるみたいだし…」
クラウドの声が段々か細くなり、見る見ると大きな瞳に涙がたまる。
セフィロスは組んでいた腕を外すと、肩を小さく震わせて涙が落ちるのを必死にこらえているクラウドに近寄り腰を落として、そっと優しい手つきでクラウドの頭を撫でてやった。
基本的に後輩や部下の面倒見はいいセフィロスである。
どことなく庇護欲をそそられるクラウドに対しては、決して邪な意味を含むものではなく、何となくいつも構ってやりたくなるのだった。
彼の長い睫毛に涙の玉が纏わりついているのを見下ろす。
セフィロスがよく知るクラウド・ストライフは、どこか儚さを感じさせる整った顔立ちをした少年だと感じていたが、今目の前にいる彼を前にしてもそれほど違和感を感じないのは、もともと彼が女顔だったからなのだろうと今更ながらにセフィロスは再認識する。だとすれば、クラウドと違って女顔ではないザックスは、一体どんな風に容姿が変化して、どんな顔になっているのだろう、と少し興味がわく。きりりと上がった男らしい眉毛と切れ上がったまなじりは、きっとクラウドのように素直に美しくかわいい、と感じられるものには変化していないだろう。
記憶の中のザックスの顔を思い浮かべながら、もう一度クラウドの髪の毛をセフィロスは撫でてやった。女のザックスを想像しようとして、単に女装姿のザックスが脳裏に像となって浮かびそうになり、セフィロスは即座にその作業を中断した。無用のストレスはさける主義のセフィロスなのだった。
「あいつがどうした?」
セフィロスは宥めるようになるべく優しい声で話しかけた。
クラウドは涙をこらえきれなくなったのか、両手で顔を覆った。
「…やっぱり…女の方がいいんだザックス…、俺が女の格好なの、すごく嬉しそうだった…」
「そうなのか?」
「…んなの、分かってたけど…ザックス女の人、好きって、知ってたけど…」
嗚咽が漏れた。
「落ち着け、クラウド。あの男は確かに女好きで以前はフラフラしていたかもしれんが、それはお前に会うまでだろう?」
クラウドは首を横に振った。
それを否定と受け止めて、セフィロスは形のいい眉をひそめた。
「あいつはお前と付き合っていながら、他に浮気をしていたのか?」
その言葉には、クラウドは勢いよく顔を上げ、先程よりも大きく首を何度も振った。涙に濡れた頬とその真っ赤になった目が痛々しいほどだった。
「…っ、してません! ザックスはそんなことしません! でも…っ、でも俺はやっぱり男だし、それだけはどうしようもないからいつもずっと心に引っかかってて…っ」
「今更それは悩むところなのか。それを同意でお前たちは付き合い始めたのだろう。お前が男だってことは、何よりも誰よりもあいつが一番分かっていることではないのか」
「…そうですけど…、でも俺、ちゃんと分かってます。今だけだって…」
「何がだ」
「…だって、こんな不自然で無理のあること、いつまでも続くわけがないし…」
「何が続かないんだ? お前たちの付き合いがか」
「……」
クラウドの視線がゆっくりと落ちていく。瞳からまた涙が溢れて頬の上を流れ落ちていった。
「クラウド」
俯いてしまったクラウドの顔を覗き込もうとセフィロスが更に身を屈めたとき、何の前置きもなく、いきなり部屋のドアが開いた。
「セフィロス、いるか。休み中すまないが――」
ずかずかと無遠慮に部屋に入ってきた長身の男は、見慣れたソルジャーの制服を身にまとっていた。
数歩室内に入ったところで、その屈強そうな体格の男は、部屋の中央にいる目的の人物と、それからその前にいるもうひとつの小さな影に目を止めた。その時になってようやく驚いたようにピタリと歩を止める。
クラウドが顔を上げて男を振り向くと、男は微かに眉を下げて目を見開き、ぎくしゃくとした動作で片手に持っていたファイルの束を意味もなく上下に動かして視線をさまよわせた。それからくるりと身体の向きを反転させて足早にまた元来たドアに向かう。
「す、すまなかったセフィロス、邪魔したな、と、取り込み中に」
男がドアの外に出る前にまたひとり、赤い上着を羽織ったソルジャーの男が入ってくる。
「どうした、アンジール。セフィロスはいなかったのか」
「い、いや…その」
先に入ったほうの男は、赤い上着の男を無理矢理振り向かせ、ドアの向こうに押し出すようにして外に出て行ってしまった。
無言でそれを見ていたセフィロスは、閉じたドアを見つめ、それからクラウドのつむじを見下ろしてから、クラウドに気づかれないくらいの小さな溜息をこぼした。
あの男は、きっと勘違いをしたに違いない。
傍から見れば自分たちの光景は上司と部下、あるいは保護者と被保護者には到底見えそうもないからだった。
一方、ドアの向こう側では、二人のソルジャーが佇んでいた。
長身の男、アンジール・ヒューレーは信じられないものを見た、と呆然と呟いた。
「信じられないもの?」
赤い上着の男、ジェネシスは不可解なアンジールの様子に首を傾げている。
「これは喜ぶべきことなのか。…いや、そうだな、そうだとも、あいつにとってはいいことだ」
「何をぶつぶつ言っているんだ、アンジール」
「いや、金髪のかわいらしい少女が…え、あいつはそういう趣味だったのか…? いやいや、聞いて驚くなよジェネシス、あのセフィロスが…」
アンジールの後ろでドアが開く。
振り向けばそこには相変わらずのなびく銀糸の髪も麗しい涼しい顔をしたセフィロスが立っていた。
「…入れ、二人とも」
アンジールが上ずった声で「いいのか」と訊ねた。その指先がまばらに生えた自分の顎ヒゲをさすっているのは、彼が動揺しているときの癖だった。
「つまらない勘違いをしているようだから言っておくが…」
セフィロスが言いかけたとき、通路の向こう側から足音荒く誰かが走ってやってきた。
黒く長い髪をばさばさと振り乱して、大股に走ってくるその身体の中央でニットに包まれた大きな胸がぼよんぼよんと弾んでいるのを見て、流石のセフィロスも思わず目を見張った。
「セフィローっスっ!!」
こうして本人を目の前にしてもクラウドのとき同様、俄かには信じがたい光景だったが、確かに多少のアレンジはあるものの、見覚えのある顔、名前を呼ぶときの彼独特の発音の癖――彼女は確かにあのザックス・フェアなのだろうとセフィロスは確信した。
しかし事情を全く知らないアンジールやジェネシスには、当然彼女がザックスだとは気づかない。
ニットにジーンズ姿のザックスは、弾丸のような勢いで近づいてくると、セフィロスに詰め寄った。
「おい、クラウドここに来てるだろ!? 会わせろ!」
なるほど、クラウドとは全然タイプの違うグラマラスでハンサムな女性の姿にうまいこと変身したものだとセフィロスは感心した。
そして美女に詰め寄られるセフィロス、という余りお目にかかれない珍しいものを目にしたアンジールは目を丸くしていた。
神羅の英雄と謳われるこの男は、いつも常に超然としていて、どこか世俗的なものから疎遠な存在で、そのプライベートな面は、他者と比べて近しい存在であると自負するアンジールやジェネシスにとっても謎な部分が多かった。恋愛関係などは噂のひとつでさえ、今まで聞いた事がなかったのだ。英雄殿はやはり凡人などとは違うのだ、と漠然と思っていたところで、今日はなんと女性が二人も絡む場面と遭遇である。驚かないわけがなかった。
ジェネシスはどこか面白そうな笑みをその秀麗な顔に浮かべ、一歩下がったところからそれぞれの様子を眺めていた。
「…おい、セフィロス、これは修羅場か…?」
アンジールがセフィロスと女二人の関係を邪推しての呟きだったが、キッと振り向いたザックスがアンジールを睨みつけた。
「つまんねえこと言うなアンジール! クラウドは俺のなんだからなっ、修羅場なんかになるかっ」
アンジールは見も知らない女性に名前を呼び捨てされる理由が分からず戸惑う。だが勘のいいジェネシスは何かを感じ取ったようだった。
ザックスがドアの前を塞ぐように立っているセフィロスの横をすり抜けて部屋の中に入ろうとしたら、開いたドアの向こう側の室内からクッションが飛んできてザックスの顔に見事にヒットした。
「ばかザックス!」
飛んだクッションと同時に耳に飛び込んできたその名前にアンジールは「え」と目を瞬いた。
「クラウドっ、やっぱりここにいたんだな!」
しかしクッションを引っつかんで部屋に踏み込もうとするザックスの襟首をセフィロスが掴んだ。
「待て、ザックス」
「はなせっ、おっさん!」
セフィロスに動きを封じられてじたばたともがいているザックスの顔をまじまじと見つめながらアンジールは呆然と呟いた。
「……お前、ザックス…なのか?」
ザックスが体を動かせば、何にも固定されていない豊満な胸がぷるぷると跳ねる。いかつい風貌と年に似合わず案外純情なアンジールはそれを見て頬を染めてうろたえた。
「…おまえは事情を知っているようだな、セフィロス。実に興味深い。どういうことか説明してくれないか」
それまで静観していたジェネシスがそう言うのに、セフィロスはザックスを引きずりながら二人に部屋の中に入るように促した。
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