熱2



 …最悪だ。
 …めまいがする。
 …体がだるい。
 …頭は痛いし気持ち悪いし。

「大丈夫かクラウド」

 …全っ然大丈夫じゃない。

 ザックスは心配顔でぐったりとベッドに横になっているクラウドの顔をのぞきこんでいる。
 ザックスが作って持ってきてくれた氷枕の冷たさがクラウドのぼんやりとした頭の芯に届いて気持ちがよかった。

 朝、目覚めたクラウドはそれはもう散々だった。
 なんだか頭や胸が重くて気分が悪いなとは思ったが、起きあがろうとしたら身体に力が入らなかった。
 日が沈んだ後も気温がそれほど下がらなかった昨夜は、その年初めての熱帯夜だったらしい。さらには熱の固まりのような大の大人が嫌がらせのように一晩中クラウドの背中にひっついていたのだ。
 昨日の急な気温の上昇に身体がついていけていなかったのと、雪国育ちのクラウドは暑さにそれほど耐性がないというのもあって、熱中症のような――つまりのぼせて体調を崩したのだった。

「…何時に来たの。全然わからなかった。また窓から?」
 ザックスは時々、玄関から入るのが面倒だとか何とか言って、建物の壁をよじ登って窓から部屋に入り込むのだった。
 クラウドの部屋がある3階まで壁を登ること自体は、ソルジャーであるザックスの能力から言ったらたわいもないことなのだろうが、窓の鍵は閉まっているはずなのに、彼の手は手品のように鍵を簡単に開けてしまう。
「えーと、日付が変わってそんなに経ってなかったと思う。おまえ寝るの早いな。窓は壊してねえよ」
「……」
 ベッドの端に腰掛けたザックスは、汗で額にぺたりとはりついているクラウドの前髪を指先ではがし、その白い額に手のひらをあわせ、それから首筋に触れた。とても優しい手つきだった。
「やっぱ熱いな」
「ん…」
「昨日の夜は暑かったもんなあ」
「…あんたのせいで暑かったんだ」
「へ、俺? なんで?」
「………知らない」
 ザックスは頭の上にクエスチョンマークが浮かびそうな表情で目をぱちぱちと瞬いている。
 その反応を見るに、ザックスは夜中にクラウドを抱きしめて寝ていたことには気づいていないのかもしれない。
 クラウドが起きたときには、ザックスはもうクラウドから離れて先に起きていた。クラウドが夜中に目覚めてザックスのことを確認してから再び眠りに落ちた後、やはりくっついて寝ていたザックスも暑さに耐えかねてクラウドの身体を手放したのだろう。
「……」
 恨めしげにクラウドはザックスを見上げた。
 昨夜抱き込まれていたときの彼の熱を思い出すと、眉間にシワが寄る
 今朝も朝から温度や湿度が高く、寝ているだけでもクラウドは汗をかいているのに、ザックスは若干その額が汗で光っているが、いつもと変わらずに顔色もよく元気そうだ。南の島育ちの彼には、これくらいの温度はむしろ生温く感じるくらいだったりするのかもしれない。それともソルジャーは環境に対する順応力も常人とは違うのだろうか。
 なんだかその能天気な顔を見ていると…だんだん憎らしく思えてきた。
 クラウドは頬を膨らませてこぶしを固め、ザックスの脇腹を小突いた。あまり力が入らなくてぽすんと間抜けな音がした。
「お、なんだよ」
「…むかつく」
 ぽすぽすぽす。クラウドが続けて小突いていると、ザックスが目を丸くしたあと、何が面白かったのかプッとふき出した。口元に手を当てて少しばかり笑うのを遠慮しているのかもしれないが、全然隠せていない。
「…なに笑ってるんだよ」
「いやなんか…男心をくすぐるのうまいっていうか…おまえ勿論それ狙ってやってんじゃねえんだよな。いや無意識でもそれはそれで問題があるんだけど」
「何ぶつぶつ言ってんだよ」
「や…まあ、いいんだけど。かわいいから」
 さっきよりも少し力の入ったこぶしがザックスの腰骨に当たった。
 ザックスが付け足した一言がクラウドの癇に障ったらしい。
「そういうのもかわいいんだって、わかってないんだよなお前」
「かわいいかわいい連呼すんな!」
「そうやって赤くなるのもかわいいんだって。それで上目遣いなんかされると、こっちもなんかミョーな気分になるって言うか…、こっちの身にもなれってんだ」
 ザックスの指が赤くなっているクラウドの耳たぶをつまんで引っ張る。
 ザックスの言うことは時々意味不明だ。妙な気分っていったいどういう気分なのだろうか。まるでクラウドには分からない。





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