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ザックスがクラウドに連れてこられたのは、位置的にはかつてふたりが神羅カンパニーに所属していた時代、よく待ち合わせ場所に使っていた八番街の駅前の噴水広場があった辺りだった。メテオ災害時に落下したプレートやプレートに押しつぶされたスラム街であったものが、数年たった今でも野ざらしのまま廃墟となってほとんど手つかずのまま存在している。
足下に転がっている鉄骨が突き出た柱に足をかけながら、ザックスは辺りを見回した。
周囲には少なくとも二人以外に人間の気配はない。
当然灯りもなく、ものの輪郭をほのかに照らし出すのは月明かりだけだった。空を見上げれば、降りそうなほどの無数の星が瞬いている。
立ち止まったザックスは、肩に担いでいた剣を下ろして自らが立っている柱の上に突き刺した。ざくりと鈍い音がして切っ先がめり込む。
前を歩いていたクラウドが足を止めて振り返った。
風がさらりと金色の髪を揺らして、月光を柔らかに照らし返し、闇の中で微かに輝いた。
「目的地に着いたのか? 俺ちょっとハラ減ってきたんだけど」
こんなとこじゃメシ屋は期待できねえよなあ、とザックスはのんきに続けたが、クラウドはにこりともしなかった。その代わり、腰にさした剣に手をかけ、ゆっくりとホルダーから引き抜いた。そしてザックスに向けて構える。
ザックスはクラウドのその様子を見て、かすかに首を傾け、面白がるような視線を向けた。
「……どういうことだ?」
クラウドは至極真剣な表情でザックスに向き合う。
「ザックス、勝負だ」
つまりクラウドの言い分は、剣の手合わせをしろということなのだろう。
なるほど、それならばこの廃墟を場所に選んだのも、まあ理解はできる。理解は出来るが、なぜそれが今夜でなければならなかったのかが腑に落ちない。クラウドの気まぐれなのだろうかとザックスは首をひねる。
「食事の前の軽い運動ってとこか?」
「遠慮はいらない。本気できてくれ」
「勝負ってことは、勝者には何かご褒美あったりする?」
「…あんたが勝ったら、何でもひとつ言うことを聞いてやる」
それはすごい褒美だとザックスは喜んだ。
とりあえず、目の前にニンジンをぶら下げられたら飛びついたほうが得だ。
「わお、んじゃ張り切っちまおっと」
ザックスがバスターソードの柄を握りゆっくりと上に引き上げた。地面から刃が抜ける。
それが勝負開始の合図になった。
ガキイィインッ。
キイイン、キンキンッッ。
刃と刃がぶつかりあう。
ザックスの重い一撃を己の剣で受け止めて、クラウドは微かに顔をしかめた。衝撃でびりびりと柄を握る手のひらや指がしびれた。
振り下ろされた刀身から生まれた風圧が身に届く前に、右足を引いて身を沈める。続けて相手が撃ち込んでくるのが分かるから体勢を整えたのだが、わずかコンマ数秒反応が遅れたのか、打ち下ろされたザックスの二撃目を受け止めきれずにクラウドはよろめいた。
「っ!」
ザックスは相変わらず、重量級の剣を振るっていることを相手に忘れさせるくらいの動きをする。そして一撃一撃が重たい。
だがクラウドも負けてはいなかった。
止めた刃の勢いを殺して横に流しながら、その場で素早く腰を回転させて低い位置から剣を繰り出す。寸でのところでザックスはそれをかわして後方に跳んだ。が、その先で右足が踏みしめた地面がくずれてザックスはバランスを崩した。
「おわっ」
クラウドはその好機を見逃さない。ザックスに向かって地面を蹴りあがると、気を集中させた剣を振りかぶり、上段から渾身の一撃を叩きつける。
「!」
だがクラウドが振り下ろした刃は、地面の上に横たわった何かから剥がれ落ちた形状の鉄板に突き刺さり、周囲の瓦礫を巻き込んでばらばらと飛び散らせただけだった。
すぐさま目で相手を追えば、クラウドのすぐ真横に、にかりと余裕の顔で笑うザックスが近づいていた。
クラウドの反応は早く、すぐに体を回転させて間合いを取ろうとしたが、それよりも早くザックスの足が一歩前へと踏み出していた。
「遅い。はーい、ごめんよ」
クラウドの腰から垂れている長いスカート上の布の端をザックスは己の分厚いブーツの靴底で踏んづけた。
服の一端を地面に縫い止められて、クラウドは思うように動けなくなる。
ザックスは鮮やかな動作でたちまちクラウドをその場に押し倒すと、間髪入れずに膝を乗せて彼の体の動きを封じようとする。だが、その前にクラウドは自由に動く片足を思い切り振りあげてザックスの横っ腹に打ち込んだ。実際に当たりはしなかったが、ザックスの体を遠ざけることには成功した。
「!」
「っ」
手にした重い剣を器用に利用してザックスが横に跳び退くわずかな隙に、クラウドは素早く体を起こした。
ふたりは間合いを取りながら再び対峙した。
「準備運動完了っと。おまえとやんの、ホントに久しぶりだなあ」
ザックスは楽しそうに笑って片足を一歩下げ、重心を低くし、クラウドに向かってバスターソードを構えなおした。
「こっからは本気で来いよ、クラウド」
クラウドも同じように剣を構える。
「それはこっちの台詞だ。手加減は無用だ」
「おまえ相手に手加減なんてしてる余裕ねぇよ」
そうは言うが、相変わらず彼の態度は余裕たっぷりといった感じで、クラウドは唇を噛みしめた。
たぶんザックスとクラウドが本気でやりあって、クラウドが勝てるのはせいぜい一割か二割ぐらいの確率だろう。悔しいが、いつだってその広くて大きな背中をクラウドは追ってきたのだ。いつまでたっても差が縮まる気がしない。
それでも今日は、とクラウドは思う。
一撃でいい。せめて一撃。そうしたら―――。
チリ…チチ、バチチチ…ッ。
「行くぜ!」
ザックスの手の中のバスターソードにはめられたマテリアが、闇の中、淡く発光しながらかすかに火花のようなものをまき散らしていた。
瞬時にザックスの意図を悟ったクラウドは、後ろ手に、ホルダーに刺さったままの別の剣にはまっているマテリアに手をかざした。そうして魔法を発動させ、キイィンと硬質な光がクラウドを包んだ直後に、ドオオォンンと地響きをたててクラウドの頭上に雷が落ちる。ザックスが放った魔法はサンダー系の最上級魔法サンダガだった。
雷はクラウドの周囲に張られた透明な壁に阻まれた。的を外れた鋭い矢は、術者のザックスに跳ね返ったが、ザックスはそれを剣の一振りでさばく。拡散した稲妻はあちこちの瓦礫に届いて、それらを派手に破壊した。
眩しいばかりの雷は、戦いの再開を知らせる合図のようなものだと分かってはいたが、ザックスの次の行動があまりに速すぎて、クラウドはついていけなかった。足を踏み込んだザックスからの、斜め横からぶううんと振り下ろされた一撃を直接体に食らわないようにするのが精一杯で、刃の勢いを殺せずに遙か後方に吹き飛ばされる。コンクリートの壁に激突し、体を打ちつけた衝撃でクラウドの息が一瞬止まる。
「わりぃ、加減間違えたっ」
ザックスが少し慌てた様子で叫んだ。
サンダガを放った時点で加減も何もないだろうとクラウドは思うのだが、それよりも…。
「加減はするなと言った!」
クラウドは体を起こすと眉をつり上げてザックスに突進した。
渾身の力を込めて立て続けにザックスに向かって打ち込む。ザックスはバックステップを踏みながら襲いくる刃をさばきつつ反撃する。
どちらが押されるということもなく力は互角の打ち合いだった。
「なあなあなあ、おまえとやりあうのは楽しいけどさ、なんか引っかかるっていうか、そもそもなんで今夜突然…、う、ちょ…っ」
「無駄口をたたいていると舌を噛むぞっ」
「おまえが本気なのは分かったって。そうだな、理由はあとでたっぷりベッドの中で聞き出すことにする、これ決定事項だからな!」
「っ、俺はただ―――」
クラウドが繰り出した斬撃から生まれた衝撃派が瓦礫を砕き、大きな音をたてた。
これだけ派手に暴れまくっていたら、この廃墟に隣接するエッジの街に騒音が届いているかもしれないのだが、今の二人はそんなことは気にもしなかった。
ただ、目の前の相手との戦いに心が高揚していた。力の拮抗した相手と全力でやりあえることが楽しくて仕方がなかった。
そうしてしばらくの間、駆け引きの応酬の打ち合いが続いたが、決着の時は不意に訪れた。
一瞬の隙。
打ち合ううちに、ザックスのバスターソードの切っ先が、クラウドの着ているニットの前身頃の一部をいつの間にかすっぱりと引き裂いていた。
その隙間からちらりと見えたものにザックスが一瞬気を取られた。
「…っ」
悲しいかな、愛する恋人のその場所は、どんなに強くて有能な戦士をも、ただの煩悩まみれの平凡な男に瞬時に戻してしまったのだ。
切れ目から見えたのは、白い肌の上に色づく淡い色の――そう、ザックスが気に入っていて事あるごとにかわいがっているクラウドの乳首だった。
視線を奪われていたのは瞬きするほどの一瞬のことだったとしても、
(やべえ…っ)
と思ったときにはもう遅かった。
ぶつかるような勢いでクラウドはザックスの懐に飛び込んできた。ザックスが最初の時点で出遅れたなら、速さではクラウドには勝てないとザックスは知っている。どんな防御もこうなると間に合わない。
顔前に刃を突きつけられて、ジ・エンドだろうか。
ザックスは敗北を覚悟したが、その瞬間はいつまで経ってもやってこなかった。
なぜなら。
「―――!?」
クラウドの剣がなぜか彼の手から離れていた。
そして飛び込んできたクラウドの体は、本当にザックスの体にどんとぶつかる。
彼の手が、ザックスの着ているVネックのシャツの胸元を乱暴な手つきで掴んだ。そしてぐいと引き寄せられたかと思うと――。
唐突に、唇がふさがれた。
いや、もしかしたら飛び込んできた勢いのままにぶつかった、と言ったほうが表現的には近いのかもしれない。
ザックスがクラウドにキスされたのだと気がついたのは、間抜けな話だが本当にしばらく経ってからのことだった。
クラウドからのキス。
しかもこんな場所で、こんな手合わせの最中で。
珍しかったり、なんで?という大きな疑問だったりで、ザックスは感動というよりも意味が全然分からなくて、目を白黒させた。
唇を離して、首まで赤くなったクラウドが、ちらちらと色っぽい顔でザックスを見上げながらぼそりと「…おめでとう、ザックス」と言ったときには、何がおめでとうなのか理由なんて理解できなくても、そんなのどうでもいいってくらい胸をずきゅんと射ぬかれて、ザックスは思わず握っていた剣を放り出し、自分の胸に飛び込んできた愛しい恋人を両手で抱きしめてしまった。
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