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「えーと、つまり、俺へのプレゼントなわけ? キスが?」
ザックスの目の前に立つクラウドは、気まずそうに視線を逸らしたまま無言でこくりと小さく頷いた。もういい年をした大人なのに、そんな仕草が妙にかわいらしく見えるのはザックスの惚れた色目だろうか。
「って言っても、いったい何のプレゼント…」
クラウドが眉を寄せてザックスをじとりと見上げた。なぜだかザックスを責めているような表情だ。でも目元が赤く染まっていて色っぽくてやっぱりかわいらしいとザックスは思う。
「…やっぱり、忘れてる」
「? 何をだ?」
「今日が何日だか思い出せよ」
「今日? …ええと、確か……」
記憶を手繰り寄せる。
この間ティファの店でみんなで集まって騒いだのは○日だったから、その日から数えて今日は…。
「…あ? あああああ!?」
ザックスは素っ頓狂な声を上げた。
その様子にクラウドは心底あきれたように溜息をついた。
「そうだよ。誕生日。あんたの誕生日だろ。だから…た、誕生日おめでとう、ザックス」
「うっそ、ころっと忘れてた! そうだ、そうだった! 誕生日! 俺の誕生日!」
「…あんたって他人のことにはマメなのに、自分のことになるとからきしだよな…、て、わ!?」
「クラウドー!」
ザックスが満面の笑顔でクラウドの体に飛びついた。
「ありがとなクラウド! 覚えててくれてすっげえ嬉しい!」
「ばか、重…っ、わあっ」
ぶつかるように抱きついてきたザックスに体重をかけられてクラウドは踏ん張りきれず、ふたりして瓦礫の中に転がってしまった。
ザックスの大きな手のひらに守られた頭はなんとか衝撃を免れたが、背中や腰をしたたかに打ちつけてクラウドは痛みに低く呻いた。
「っ痛…っ」
それよりも何よりも、何が足下に転がっているかも分からないこんな場所で倒れたら、下手すると針金や尖ったものが肌をぶすりと刺す可能性だってあるのだ。幸い堅い床板のようなものだったおかげで、打撲だけですんだみたいだが。そこのところを抱きついた本人は分かっているのかどうか、ザックスは痛みに顔をしかめるクラウドなどお構いなしで、クラウドのほっそりとした体をぎゅうぎゅうに自分の両腕でホールドして、その頬に自分のそれをすりすりこすりつけていた。
「大好き愛してるクラウド!」
手放しで愛情を示す恋人に、クラウドとて嬉しくないわけではないのだが、いつもは照れくさいのもあってついつっけんどんな態度をとってしまう。
けれど、今日は――今日だけは時別な日だから。
「ザックス、俺も…」
背中に手を回して、かすかに汗のにおいがする彼の耳たぶのあたりに、そっとクラウドは唇を寄せた。体にのしかかる胸がつぶれそうなほどの彼の重みも悪くないと思うような、珍しく甘い気分だった。
ぴくりとザックスの体が震え、がばりと体を起こす。きらきらした熱い目で見つめられて、クラウドはとてつもなく恥ずかしくなった。柄にもないことをしたかもしれないと思う。
「クラウド」
青い目に吸い込まれそうになる。
見つめられて、指先がじんと痺れたようになって、クラウドは高鳴る胸にそっと息を詰める。
ゆっくりとザックスの唇が降りてきた。触れあった唇はしっとりと吸いつき、クラウドが誘うように口を開けば肉厚な舌がそろりと忍び込んできた。
ザックスの気持ちが伝わってくる。流れ込んでくる。
(愛してる)
(愛してる)
キスを繰り返すうちに、重なり合った互いの体が熱を持ち始める。
ザックスの指がクラウドの脇腹を一撫ですると、クラウドはぞくぞくと腰が震えた。
「…いいか?」
睫が頬にあたりそうなほど近くに顔を寄せながら、ザックスが問いかける。頬にかかる吐息にも感じる。
いつもならば「こんな場所で…」と恥ずかしさに反発したくもなるクラウドだったが、今日は不思議に許してもいいかという気分だった。特別な日の魔力かもしれない。
クラウドは返事の代わりに目の前の男を引き寄せ、珍しく甘えるようにキスをねだってみせたのだった。
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「手、はなせ」
「やだ」
「…できればもう少しでいいからゆっくり歩いてほしい」
「ん?」
夜の時間も半分を過ぎた頃、瓦礫を踏みしめながら歩くふたつの人影があった。
ザックスはクラウドの武器と自分のをまとめて肩に担ぎ、もう一方の手はクラウドの手を引いて歩いていた。
ぶらぶらと散歩でもするような歩幅で、家路までの道のりをのんびりと進む。
少し後ろを歩くクラウドをザックスは振り向いた。
「やっぱり歩くのしんどいか?」
「…違う」
クラウドが俯く。じんわりと頬が赤く染まる。
「……あんたが中で出すから…」
口の中でごにょごにょとふてくされたように言った恋人の小さな声をザックスはちゃんと拾い上げた。
星空の下、いつもと違うシチュエーションでいつも以上に盛り上がってしまい、ふたりとも後先考えずにさっきまで抱き合っていたのだ。
そして今、ザックスは鼻歌を歌いだしかねない満足そうな顔でクラウドの手を引いて家路を急ぎ、クラウドのほうはと言えば後悔こそしていなかったが、こうして一時の熱が収まってしまうと、なんであんな場所でといたたまれない気持ちに支配されて、顔を上げるのも恥ずかしいのだった。
「おまえを抱き上げて俺がひとっ走りすれば、あっと言う間に家に着くんだけどな」
ザックスは全く悪びれた様子もなくクラウドに提案する。
「…それは遠慮するとさっきも言った」
「俺としては一刻も早く家に帰って、さっきの続きをしたいんだけどなぁ。なあ、クラウド、もう一回おまえからキスしてくれよ。追加プレゼントのリクエスト」
「調子に乗るな。日付が変わったからもうあんたの誕生日じゃない」
「えー、ケチ。もっとプレゼント欲しいのになあ」
「欲張るなよ」
「来年の誕生日まで待つか。まあ剣の助けがなきゃ自分からキスもできないおまえなんだから仕方ないかなー」
自分からザックスのテリトリーに飛び込むのは、クラウドにとっては酷く勇気のいることなのだ。
キスを自分からする、というのは早々に決めたことなのだが、そのために、きっかけというか踏み切るための勢いが欲しくて、どうしたらいいのかと考え抜いた結果、クラウドは『ザックスと勝負して一本取る=飛び込める隙が出来たらキスをする』という自分ルールを決めた。
誕生日のプレゼントがキス、というのも、どんな夢みるティーンエイジャーだよと突っ込みたくなるかもしれないが、クラウドがザックスが喜びそうなこと…と真剣に考えた末に、今年はそれしか思いつかなかったのだ。そして実際ザックスはその通りに喜ぶ男だった。いやクラウドが想像していた以上に喜んでくれた。
それに久しぶりにザックスと打ち合ってみたいと思っていたし、こちらのほうもザックスは喜んでくれそうな気がしたので一石二鳥じゃないかという気もしていた。
何年も付き合っていて、キスもそれ以上のことも、ふたりは数え切れないくらいしてきているのに、クラウドにとっては愛を言葉にすることも行動で示すことも、いつまでたってもどちらも苦手なことだった。性分だと思って、これは恋人にも諦めてもらうしかない。
けれど、出来ないのは仕方ないかと決めつけられると、それはそれでクラウドの中の天の邪鬼な部分が刺激される。
「ザックス!」
クラウドはザックスの正面に回って両手で彼の頬をはさむと、ぐっと自分の方に引き寄せた。唇を一瞬だけ重ねて睨むようにザックスを見上げる。
「これで文句ないだろ!」
さっきの一回目のキスといい今のといい、本当に色気も何もあったもんじゃなかったが、ザックスにとっては、クラウドから「してもらう」ことに意味があるのであり、大成功とにんまり顔だ。
「うん、文句ない」
満足げに笑ってザックスは地面に剣を突き立てると、クラウドを抱きしめた。またキスをされるのかとクラウドは身構えたが、ザックスは体を密着させたまま左手をクラウドの長いスカート状の腰布の下に忍び込ませた。迷うことなくその指はクラウドのズボンの上から尻の割れ目を辿る。長くて器用な彼の人差し指と中指が、明確な意志を持ってその割れ目を開くように動いたとき、クラウドは身体の奥深い場所からとろりと流れ出たものにびくりと背筋を揺らして全身を強ばらせた。唇を噛みしめる。
緊張するクラウドの耳元に、笑いを含む囁きが落ちた。
「…漏れちゃった?」
「…っ」
ついさっき身体の奥で受け止めた恋人の熱が、ゆるんだ入り口から漏れ出たのだ。
そうするように仕掛けたのはザックスで、クラウドの状態をわかっていてわざと聞いてくる。クラウドは彼の意地の悪さに眩暈がした。
「だからさっき俺が指で掻き出してやるって言ったのに」
「……っ」
「早く帰ろう、クラウド。帰ったら俺が隅々まで綺麗にしてやるよ。でもその前におまえを十分満足させてやる。開いて、挿れて、擦って、かき混ぜて、突いて、舐めて、吸ってやるよ、おまえの好きなとこ全部」
「…くそ、あんたのそのサドっぷりをみんな知ればいい! 絶対幻滅するのに…っ!」
クラウドは下着が濡れる不快感に眉を寄せる。
ザックスの指が悪さをするようにその場所をさらに開こうとするのに、膝が震えた。
体には熱がまだくすぶっているのだ。さっきまで嫌というほど与えられ、感じていた甘い官能を容易くその身に引き戻す刺激に、体の奥がはしたなく疼きだす。クラウドは泣きそうになる。
「、や…、ザックス…っ」
「でもさ、そんな俺をクラウドはすっごい好きなんだよな。まあおまえ限定でサドなのは自分でも認めるけど。特にセックスんときはな。でも俺世間にはさわやかでいい人キャラが根付いてるから、みんななかなか信じないと思うぜ。そもそもどうやって説明するつもりなんだ。まさか俺たちの下ネタ事情を暴露――」
「お、俺が悪かった、もう黙れ!」
「ははは、できねえよな。ていうかそれは俺とクラウドの秘密だ。残念だなクラウド。…よっと」
ザックスは素早くクラウドの体を横抱きにして、軽々と地面からすくいあげた。
「ちょ…っ」
「てわけで急いで帰りますよー」
横に刺さっている二本の剣を足を器用に使って跳ね上げると、腕の中のクラウドに持たせた。
「しっかり持っとけ」
髪の毛の間からのぞく白い額に優しいキスを送って、ザックスは力強く走り出す。
「嬉しい誕生祝いをありがとな、クラウド。早くプレゼントの礼を俺に返させてくれよ」
たぶん、きっと、いや十中八九、礼はベッドの上で返す気でいるのだろう。
プレゼントの倍以上の礼が返ってきそうな予感がする。誰の誕生日なのか分からなくなるくらいに。
でも幸い仕事は急ぎのものは入っていないことだし、明日は昼頃までゆっくりしていても構わない…かもしれないとクラウドは思った。
何よりクラウドもまだちゃんとザックスに伝え切れていない。
そのための時間は必要だ。
(おめでとう、ザックス)
(誰よりも愛してる)
(あんたの誕生日を祝えることが嬉しい)
(ありがとうザックス、愛してる、ありがとう)
(誕生日おめでとう)
さっきの続きに未練があるのは、クラウドだってザックスと同じだったが、この男をあまり調子に乗らせると後々が怖いので、あえてこう付け足しておいた。
「…いいけど、その前に何か食べないか。夜明けはまだまだ先だ。時間はたっぷりある」
それにザックスは笑った。
「夜明けまでといわず、気の済むまで今日は放したくねえなぁ」
「…俺を殺す気か」
ふたりのねぐらはもう目の前だった。
fin.
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