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ふぉーゆー!
「クラウドー。お前さ、今夜…」
窓際に置かれたデスクの上のコルクボードを覗きこみながら、ザックス・フェアは背後で朝食後の食器の片付けをしているクラウド・ストライフを振り返った。
視線が合うと、クラウドは一瞬だけなぜだか小さく目を見開いてわずかに動揺した顔を見せ、それからすぐに表情を消してザックスの言葉を遮ぎるように少し早口に言った。
「今晩は用事がある」
「用事?」
ボードに無造作に貼られた「何でも屋」の仕事の依頼内容を書き出したメモの中には、夜までかかるような今日の仕事はなかったように思う。
ザックスは目を瞬いた。
「仕事じゃねえよな。何の用事だ?」
「それは……内緒だ」
「内緒?」
「あ…、いや、そうじゃなくて、そのちょっと…」
「?」
はっきりしないクラウドの様子に、ザックスは首を傾げる。なんだかよくわからないが恋人の態度が不審だ。
「クラウド?」
クラウドはテーブルの上でなぜか皿を積み上げていた。
もっと詳細に説明するなら、彼は洗い場に運ぼうと、皿を重ねてまとめているのだと思うのだが、小さな皿の上に大きな皿を乗せていたり、見るからにバランスの悪い危なっかしいでこぼこな皿のタワーを作っていた。
クラウドのその表情は、よくよく注意深く見なければ普段のそれと変わらないように見えるのだが、手元でやっていることには明らかに動揺している様が見て取れた。
かといって、彼が何に動揺しているのか見当もつかず、ザックスは様子見を決め込んで、とりあえずクラウドにあわせた。
「そっか。その用事ってのはどれくらいかかるんだ。うちには帰ってくるんだろ? 遅くなるのか」
ザックスがそう言うと、クラウドは明らさまにほっとしてみせる。嘘や何かを隠して誤魔化すのが本当に下手な奴だなあとザックスは思い、そんなところがまた彼の好ましい部分だとも思う。
クラウドは皿の上に今度は自分のカップを重ねた。皿タワーが右に傾いてきているのが気になる。
「ザックス、悪いけど夜、時間をあけておいてくれないかな」
「夜? もちろん家でおまえの帰りをおとなしく待ってるつもりだけど。…ん? おまえの用事とやらが終わって帰ってきたあとのことを話してんのか?」
「あ…いや、そうじゃない。俺の用事というのは、つまりあんたとの用事なんだ」
「は?」
「一緒に出かけたい」
言葉数が少なくて時折彼の言わんとしていることが汲み取れないことは時々あるのだが、どうも今日の彼は輪をかけた電波っぷりだ。クラウドの放る変化球に、ザックスは眉間にしわを寄せて軽く唸ると、テーブルに尻を乗せかけてもたれかかり、胸の前で両腕を組んだ。 辛抱強くクラウドから話を聞こうという準備だ。
「だったら、なぁに回りくどい言い方してんだよ。さっきのだと、他のヤツと外で用事があるって意味に取れるように聞こえたぞ。まあ俺は元より今夜はおまえと過ごすつもりでいたから嬉しいけどさ。で? その用事ってのは何だよ」
「それは言えない」
「言えない?」
「ま…まだ言えない」
クラウドは視線をザックスからそらしながら答えた。当人に言えない用事とは一体なんなのだ。
今日のクラウドはなんだかとっても変だとザックスは思う。
クラウドはさらにもうひとつ、ザックス愛用のカップを彼の目の前の皿タワーの上に乗せた。
あそこから床に落ちたら割れるだろうなあ…とザックスはぐらぐらしているその様子を見ながら気になって仕方がない。
「と、とにかくだ。あんたは今夜は家にいてくれ。わかったな」
ザックスが胡乱な視線でクラウドを見ているのに焦ったのか、クラウドがあわててそう言いながら振りあげた手がテーブルの縁にぶつかった。振動でとうとう皿がずれた。
「!」
(あ、崩れる)
ザックスは持ち前の反射神経をフルに活用して素早くテーブルに飛び込み、カップだけはしっかりと手で受け止める。
サラダボウルがテーブルの上で跳ね、平皿が一枚、けたたましい音を立てて床に落ちた。割れはしなかったようだ。
ザックスの右手にはクラウドの、左手は自分のカップ。
クラウドがどう思っているのかはわからないが、同居を始めたときに、一番最初にふたりで買いそろえた思い出深いお揃いのカップだから、ザックスは絶対に死守したい代物なのだった。
「セーフ…!」
ザックスはテーブルの上に這いつくばりながら安堵の息を吐き出した。
「ザックス、ごめん…っ」
「いやあ、どこまでおまえ積むのかなって、見ていてハラハラしたぜ」
何やってるんだと自分を責めて落ち込んでいるクラウドに、ザックスは白い歯を見せて笑ってみせた。
「よくわかんねえけど、まあ、お前と一緒に過ごせるんならいいや。分かった、夜楽しみにしてるぜ」
とにもかくにも、その夜を待つことになった。
+
日が暮れて。
ふたりはその日、別々の依頼をこなし、先に家に帰って来たのはザックスだった。
用事があるから家で待っていてというクラウドの言葉を守り、ザックスはおとなしく台所に立って食事を作りながら彼の帰りを待っていた。
鍋でぐつぐつと野菜を煮ている最中に、そういえばクラウドが「出かけたい」と言っていたことを思い出す。ということは、もしかしたら食事は外で取るつもりなのかもしれないと考え、保存がきくメニューに途中から路線を変更した。夕飯の件を聞いておけばよかったなあと思ったが、まあ冷蔵なり冷凍して保存すれば問題ないだろう。
そうしてタイミングを見計らったように、ザックスが食事をあらかた作り終えた頃、クラウドが帰宅した。
「おかえり、クラウド」
「悪い。遅くなった」
「そんなことねえよ。あのさ、食事作っちまったんだけど、出かけるって言ってたし――」
クラウドは帰ってくるなり、ずかずかと部屋を横断すると、なぜかザックスの私室に直行した。遠慮も何もない勢いでドアを開けると部屋の中へと消え、ほとんど間を置かずにすぐに出てきた。その手は、なぜかザックスの愛剣であるバスターソードの柄を握り締めていた。
「クラウド?」
クラウドはその刀身が大きな包丁のような幅広の剣を、キッチンの前に立ち尽くしているザックスの方にひょいと放り投げた。ザックスは驚きながらもそれを受け取る。
「出かけよう」
クラウドがそう言って、さっさとザックスを置いて家からまた出て行こうとするのを、ザックスは目を丸くしてその背中を引き止めた。できればもう少し説明してほしい。急いでいるのは何となくその態度で分かるが、それ以外のことは何がなんだか分からない。
「待て待て待て。ちょおっと待てクラウド!」
クラウドが玄関の前で振り返った。目をすがめて「なんだ」という面倒臭そうな様子だ。
「どこに出かけるのか聞いても構わないか?」
「ちょっとそこまでだ」
「剣を持って?」
「何か問題があるか?」
「…んにゃ、ないけど…てか、俺が聞きたいのは何をしに行くのかってことで…」
「早く行くぞ」
「えっ、まだ教えてくれないのかよっ。待てよクラウド!」
ザックスは仕方なくバスターソードを肩に担ぐとあわててクラウドのあとを追った。
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