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day5:night
湿った匂いがする。
もうすぐ雨が降り出すだろう。
昨晩クラウドはザックスを連れて店を出た後、その足でエッジを抜け、かつてはまばゆいばかりの光に包まれ文明に栄えていた都市ミッドガルの廃墟群に足を踏み入れた。
2人は足場の悪い場所をしばらくの間歩き、屋根が辛うじて残っている廃屋に入った。
内部は床も家具も大量の埃をかぶっていたが、驚くほどには荒れていなかった。
「なんだか俺たち泥棒みたいだな」
ザックスは床に落ちていた耳の長い動物のヌイグルミを拾い上げ、ことさら明るく言った。
本当はクラウドに聞きたいことがたくさんあった。
ここに辿りつくまでに目にした倒壊した建物や地面に落ちてひしゃげた看板、道路標識。その光景の中に見覚えのあるものが幾つかあった。それはここが間違いなく『ミッドガル』であることを証明している。
自分の記憶とは全く違う、変わり果てた街の様子が酷く悲しかった。何故こんなことになってしまったのか、事情をクラウドに訊ねようとしたのだが、彼の様子に結局口を閉ざした。
今朝からどうもクラウドの様子がおかしいのだ。
量はそれほどでもなかったが、1日中酒を飲みながらぼんやりしていた。
何か悩み事や心配事でもあるのか。カウンターにひとり座り、長い間額に手のひらを押し当ててうなだれるようにしていた。
正直、ザックスには荒廃したミッドガルよりクラウドのその様子のほうがはるかに気がかりなのだった。
クラウドは開閉可能な家中のドアを片っ端から開けて回っている。そして廊下の一番奥の部屋に入っていってしまった。ヌイグルミを放り投げ、慌ててザックスは後を追った。
ドアをくぐったと同時に自分のほうへ何か長くて大きなものが飛んできて、ザックスは咄嗟に体をひいてそれを避けた。自慢だが反射神経は抜群にいい。
「うわっと」
見ればそれは長さ5フィートほどの木材だった。
視線を戻せば、クラウドが部屋の中央で角材を放り投げたり、石の塊や床に散乱したものを足で部屋の隅に押しやったりしている。
天井を見ると、重そうな夜空が隙間からほんの少し見えた。放り投げられた木材は上から落ちたものかもしれない。
部屋には当然光源はなく、生憎の曇り空で窓からの星明かりも望めない暗さだったが、部屋の中央に二つのベッドがあるのは分かった。どうやらここは寝室で、寝具の上の邪魔なものをクラウドはどけたいらしい。
「今日はここで寝んのか?」
「………」
黙々とクラウドは片付けている。
「俺も手伝うよ」
近づいてよく見れば、片方のベッドは脚が折れていた。もうひとつの方はというと…何とか使えそうだ。ザックスはまずシーツを剥ぎにかかった。黴臭かったりするのは仕方ないとしても積もった埃はなんとかしたかった。宙に舞った埃がすぐ近くにいたクラウドの鼻を刺激したらしくケホケホと咳き込む。動揺したザックスがごめんと謝った拍子に手にしていたシーツをまた振り回してしまい、今度は自分が咳き込んだ。
2人でしばらくそうしていたら、何とか休めそうな空間が出来上がった。
現実的なことを言えば、床がいくら散らばっていたって壁に穴があいていたって天井がなくたって、ベッドがひとつそこにあれば体を休めることは出来るわけだが。更に言えば空間があればベッドがなくたって横にはなれる。
それでもできるだけ環境を良くしようと努力したのは、まあ気分の問題だろう。
「ん、これでなんかいい感じ!」
ベッドの端に腰掛けたザックスは、むき出しのマットレスを手のひらで叩いた。一応部屋の中の収納棚を調べたが代えのシーツは見つからなかった。
「よし、じゃあ今日も一緒に―――」
寝ようぜ、とクラウドのほうを振り向いたら、彼が歩いて部屋から出て行こうとしていたのでザックスは驚いた。
「ちょ、どこ行くんだよクラウドっ」
「………俺はあっちで寝るから」
「え、何で!?」
駆け寄り、クラウドの腕を取って彼の足を止めさせた。
「別々に寝ることないだろ?」
「一緒に寝る意味も…理由もない」
「理由って…、なんで突然そんなこと言い出すんだよ。昨日まで一緒に寝てたじゃんか」
「………」
「クラウド?」
「………」
ザックスはクラウドの正面に回り、その両肩を抱いて俯くクラウドを覗き込んだ。今では2人の視線の高さは同じくらいだ。ザックスが幾分身をかがめると、薄闇の中、クラウドの色素の薄い長い睫毛が細かく震えていた。
「………なあ、何考えてる?」
「………別に…」
「嘘だ。今日はずっとおかしい。クラウドがそんなになってるの、もしかしなくても俺のせいなのか?」
弾かれたようにクラウドが顔を上げた。
「…っ、違うっ」
その反応に、やっぱりそうなのかとザックスは眉を少し下げた。
「俺がクラウドのこと思い出してないせいか?それを怒ってる?」
クラウドは首を横に強く振った。
「じゃあ何、俺のことが鬱陶しい?一緒にいたくない?」
「……がう、違う、そんなんじゃ……っ」
クラウドの顔が泣きそうに歪んだ。
そんなこと、これっぽっちも思っていやしない。でも自分の気持ちをうまく言葉に出来なくて、クラウドはもどかしさにザックスを引き寄せ、彼の肩に額を押し付けた。
互いの距離が急に縮まったことに、まだどこか少年らしさが残ったラインを描くザックスの頬に朱がさした。
「く…、クラウド?」
「……嬉しいよ」
それは間違いなく心の底から思うことだ。抱きしめられるぬくもりがあるということ。もう叶わないと思っていたから尚更に。
「あんたが帰ってきてくれて…、俺はそれだけで嬉しいのに」
「本当に…?」
ザックスは、すぐ間近にあるクラウドの耳や、その向こうにあるニットに隠されていない項から目を離せないでいた。闇の中に浮かび上がるその白さが心をざわめかせる。
「うん、本当に…、本当に嬉しい」
その響きにザックスの胸がざわめいた。
この落ち着かなくてそわそわする気持ち、胸にこみ上げる想い、それを何と呼ぶか知っている。
「クラウド…」
それがまるで自然の流れだというように、ザックスはクラウドの両肩を優しく抱き返すと、少し身を屈めて顔を寄せた。しかし、あとほんの1インチほどで互いの唇が触れようとしたとき、クラウドがやんわりとそれから逃れた。
「………なんで?」
ザックスが不服そうに唇を尖らしたのに、クラウドは微かに笑って首を振った。
「……まだ、駄目」
「まだって、じゃあいつならいいんだよ」
「明日かな。明後日かもしれない」
「それってクラウドのこと、俺がちゃんと思い出してからっていうこと?」
それにクラウドが穏やかに頷いた。
その表情には先刻までの暗さはどこにも見当たらなくて、ザックスは安心する。
理由は分からないけれど、彼には少しでも笑っていてほしい、そう思うから。
「……じゃあ、とりあえず明日までは我慢する。そのかわり一緒に寝てくれよ」
「………」
途端にクラウドが困り顔になった。でも彼がそれを本気で嫌がっていないのだということが、掴んだ彼の指先から伝わってきた熱でザックスには分かってしまった。
「何もしないって。寝るだけ。キスはお預けなんだろ?」
わざと茶化してそう言うと、クラウドが大げさなくらい動揺した。
本当は記憶がどうのなんていうのが本当の理由じゃなくて、ただ単にキスが恥ずかしかっただけなのかもしれないとザックスはふと思った。
「そ、そんなこと心配してない!おまえも体が大きくなってきたし、2人で寝たら窮屈なんじゃないかとか、そういう意味で…っ」
「そんでクラウドはあっちで寝て、俺はここで一人寝?俺寂しいよ?」
「寂しいとかって、ソルジャーにまでなった男が言うな!」
この部屋に灯りがないのをザックスは少し残念に思った。明るかったら、きっと面白いように色を変えているクラウドの顔を見ることが出来たのに。
「クラウドがあっちで寝るって言うんなら、俺もあっちで寝る」
「………っ!!」
「どこでもいいよ。クラウドが傍にいるんならさ」
にこり、と笑う。ここ数日間でクラウドが自分の笑顔に目茶苦茶弱いということがザックスには分かっていたから、これはワザとだった。
掴まれた手を乱暴な仕草で振り切ると「勝手にしろ!」と言い捨て、足音荒く部屋を出て行ってしまったクラウドをザックスは追いかけた。
居間と思われる部屋の暖炉の向かい側に、壁に背をつけるようにして置いてある2、3人が座れそうな長いソファがあった。積もりに積もった埃を気にもせずにクラウドはその上で横になり体を丸める。ザックスがそれに続き、重い狭いと2人はもみ合った。その度に埃が舞い、2人の服を灰色に汚したが、しばらくして観念したのかクラウドが静かになったので、ザックスは彼を落とさないようにとしっかり後ろから抱きしめて、ようやく目を閉じたのだった。
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