day5:cloudy





 目覚めたその朝、クラウドが最初に見たのは魔晄を帯びた青い瞬きだった。

 昨夜は様々な考えや想いが頭の中で溢れ、なかなか訪れない眠気に、クラウドはもういっそ朝まで起きていようかと思った。そうすれば少年の成長する様を目にできるかもしれないなんて思ったのだが、いつの間にか眠っていたようだ。
 クラウドがうっすらと目を明けると、目と鼻の先に昨日よりまた少し成長した少年の――ザックスの笑顔があった。いつから自分を見ていたのだろう。
「おはよう、クラウド」
 今日は昨日の続き。
 彼の笑顔も、昨日見せてくれた表情の延長線上にあるものだったが。
 昨日とは決定的な違いがひとつあった。
 青く不思議な光を放つそれ。顔の中央で輝く魔晄の瞳だった。





 俺、ソルジャーになれたんだな、と15歳前後に成長したザックスは嬉しそうに言った。
 ザックスは床に下りて手足を動かしたり自分の全身を観察している。それをクラウドはベッドの上からぼんやりと見ていた。
 宙に伸ばされた腕。床を踏みしめる足。そのすっと真っ直ぐに伸びた背筋。
 まだ成長途中の頼りなさや瑞々しい薄っぺらさが随所に見えたが、背の高さだけを言えば、おそらく今の自分と同じくらいかもしれない。
 ザックスは何かを確かめるように、握った拳を開いたり、また握ったりしている。上半身は服を身につけていないので、その動きに合わせて腕や背中の筋肉がしなやかに動くのが見えた。若々しい生命力に満ち溢れている。
「………」
 目をそらすように俯いた。
 沈む気持ちがクラウドの体を重くする。
 驚くほどの成長の速さだが、それにはもう慣れつつあった。
 自分の記憶する彼にどんどん成長して近づいてきているということ、普通なら不可能な幼少の頃の彼を見れたということは、嬉しいことなのかもしれない。
 だけど。
(―――全てを、思い出したら)
 あと何日だろう。明日か、明後日か。
 彼が成長とともに、記憶も得ているという現実が、怖かった。
 思い出すだろう。
 自分とのことを。神羅屋敷での数年を。自分の迎えた最期を。
(…………)
 思い出したら、彼はどうするだろう。
 ベッドの上、壁に背を凭れさせクラウドは片膝を抱えた。

「クラウド!」
 ザックスが目をきらきらさせながら唐突に振り返った。
「クラウド、なあ、俺たちミッドガルで会ったのか?」
 顔を上げないまま、クラウドは肯定とも否定とも取れる曖昧さで首を動かした。
「クラウド…?どうしたんだ?」
 ここに来てクラウドの様子がおかしいということにやっと気がついたザックスが、ベッドに飛び乗って顔を覗き込む。
「どうした?」
「……んでもない」
「何でもなくはないだろ。どうした?」
 優しく頭を撫でる手の感触に涙が出てきそうだった。
 昔、口下手で不器用なクラウドが自分の殻に閉じこもって黙ってしまったとき、彼はこうやって宥めながら辛抱強く待ってくれたのを思い出す。
「……なあ、ごめんな。俺、クラウドのこと思い出せてねぇから、この年じゃまだクラウドに会ってないってことだよな。クラウドと俺が会ったのっていつ?」
「………俺が、15のとき」
「そうすっと…、ん?俺とクラウドってじゃあ年の差あんのか?俺のほうが年上だった?」
「………」
 ザックスと初めて名乗りあったのは雪の降り積もるモデオ渓谷でだった。
 任務はモデオヘイムの調査。派遣されたのはソルジャー・クラス1stのザックスとタークスのツォン、そして一般兵数名で、その中にクラウドもいた。途中、移送ヘリコプターがモンスターに襲われ渓谷に墜落した。それでやむなく徒歩で目的地を目指したのだが、そのときに交わしたほんの些細な会話が、2人の付き合いの始まりとなった。辺境の小村出身同士、遭難しても怖いものなんてないね、そんな他愛のないことで盛り上がったあの頃がひどく懐かしい。もうずいぶん昔のことのような気がした。
「これって変な言い方かもしれないけど、俺、多分もう一度生き直してるんだと思う」
 確かに彼は一度死んでいるから、生き直しているのだろう。
 一度辿った道をもう一度最初から歩きなおして確認するように。
「成長するたびに、それまでの自分のこととか人生、記憶、思い出していってるみたいなんだ。今は15歳ぐらいまで。俺、13のときに故郷飛び出してミッドガルに来た。そんでソルジャーになった」
「………」
「俺がクラウドに会ったのいつ?最初どんなだった?」
 ザックスはそう言って、丸めているクラウドの体を自分の体で包み込むように上から抱きしめた。
 伝わってきた体温に、今度は本当に鼻の奥がつんとくる。
 クラウドは自分でも自身の気持ちを持て余していた。
 すがりつきたい、逃げ出したい、苦しい。どうしたらいいのか分からない。
「俺さ、きっと一目惚れだったんじゃないかな。クラウドに会ったとき運命感じたと思うんだよな」
「………思い出してないくせに、勝手なこと、言うな」
 消え入りそうな声は小さく震えた。
 ぬくもりはこんなにも愛しい。
「記憶なんかなくたって俺には分かるんだ」
 笑ってザックスは目の前の綺麗な陽だまり色の髪にそっと口付ける。
 何も分からなくたって、愛しいと思う気持ちが心にわきあがってくるから。
 本能を信じる。


「早く成長して思い出してぇな」





 その日、クラウドはずっと浮かない顔だった。
 開店時間前からセブンスヘブンのカウンターの隅に腰掛けてぼんやりしていた。手元の酒を時折飲んでは物思いに耽っている。隣でザックスが心配顔でちょろちょろしていたが、クラウドは時々彼の言葉に相槌をうったりするだけで、ほとんど心ここにあらずの様子だった。ティファもそんな彼が心配だった。
 そして陽が沈み、街に灯りがぽつぽつと灯りだした頃にやっと彼は立ち上がった。酒に酔った素振りもなくしっかりとした足取りで、ザックスを連れて店を出て行ったまま、その夜、2人は帰ってこなかった。





→night