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day4:sunny
一晩が経ち、少年はまた成長していた。
10歳ぐらいだろうか、急に背が伸び、顔立ちもしっかりと落ち着いてきた。
それでもクラウドにずっと付いてまわってべったりなのは変わらなかったのだが。
朝の食卓の時間。
マリンとデンゼルは、自分達とは違う時間軸で成長していく少年が気になって仕方がない様子だ。スープを口に運ぶ動きが疎かになるくらいに、ちらちらと少年に視線を送っていた。
少年のほうはというと、そんな視線を気にもせずに、おかわりしたスープを豪快に喉に流し込んでいた。少年の前の他の皿の上はもう全て綺麗に片付いていて、かなりの早食いを披露した後だった。
少年の横に座るクラウドは、穏やかな表情で彼を見つめている。
その向かいでティファがサラダをフォークで突きながらそんな2人を観察していた。
(……クラウドったら、自分がどんな顔してるのか分かってるのかしら)
どんなに優しい顔をしているのか。
今までそれなりに結構長い時間、クラウドと一緒に過ごしたという自負がティファにはあった。でもこんなに柔らかくて、見ているこっちも優しい気持ちになるような彼の表情を、今まで見たことがないような気がする。少年が、いや『彼』の存在がクラウドをそうさせているのかと思うと、何だか少し悔しかった。
(……ザックス、か…)
ザックス・フェアという人物をティファは詳細に覚えている訳ではなかったけれど。
一昨日よりも昨日、昨日よりも今日、ティファの記憶の中に曖昧に残っている「ザックス」という人間の面影と目の前の少年が、重なっていくような気がする。
クラウドは何も語らないが、おそらくティファ以上にそれを感じているのだろう。
「………」
目の前の、ちょっと見たこともないような光景に思わずティファが頬杖をつくと「いつもあたしたちには食事中は頬杖付くなって怒るくせに」とマリンに言われ、慌てて姿勢を正したのだった。
ザックスがいる。
ここにいる。存在している。
また会えたことが嬉しい。
柄にもなく、心が浮き立っているのがクラウド自身にも分かった。
自分の左隣、肩の辺りでつんつんと伸びた黒髪が揺れていた。
手を伸ばせば届く距離に彼がいるということが嬉しい。
本当にただそれだけのことが嬉しかった。
「俺の分も食べるか?」
ハムと卵がはさまったロールパンを皿ごと少年の前に差し出した。少年の食べっぷりは記憶の中の彼と同じ。底なしの食欲に昔、苦笑したことがあった。
黒い瞳が瞬いてクラウドを見上げた。
「クラウド全然食べてないじゃん。どこか悪いのか、おなか痛いとか?」
「ううん、大丈夫。俺と違っておまえは成長期だからいっぱい食べないとな」
「クラウドだって食べないと…」
と言いつつ、少年は差し出されたパンにまた食欲を刺激されたのか、クラウドの顔とパンを交互に何回か見た。それからおもむろに、それを手に取り器用に半分に割ってみせた。
「じゃあ、はんぶんこ」
片方を自分の口の中へ、もう片方をクラウドの口許へと押し付けて、にこりと笑った。
……天然、なのか。
ザックス・フェアという人間の後々の軟派な性癖へと繋がる要素を垣間見たような気がティファにはした。
「ねえ、ザックス」
マリンが意を決して話しかけた。
「何?…ええと、マリンだったよな?」
「うん。ザックスは名前のほかに何か自分のこと覚えてるの?」
「ん?」
「あなたのこと、クラウドが4日前に外から連れてきたんだよ。赤ちゃんだったけど、今はあたしたちと同じくらいの年だね」
「よく食ってよく寝たからよく育ったのかな?」
少年は笑いながら冗談を言った。
「そうだなあ、名前以外に知ってんのは…生まれはゴンガガ。父ちゃんと母ちゃん元気でやってるかな。夢はセフィロスみたいな英雄になることで、ここだけの話だけど俺ソルジャーになりたくてさ。あと好きな食べ物は…て、え?どうしたんだ、みんな?」
「………」
みんなの顔が一様にすっと暗くなったのに少年は気がついて言葉を切った。
デンゼルが長く額に落ちた前髪の隙間から睨むような視線を送ってくる。
「……セフィロスは、英雄なんかじゃない」
それだけ言うと立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。
「俺、なんか悪いこと言った?」
少年が傍らのクラウドを戸惑い見上げる。
だがクラウドもまた、そんな少年を言葉もなく見下ろすことしか出来ないでいた。
先程までの浮いた心が嘘みたいに急速に沈み込んでいくのをクラウドは感じた。
その時になってやっと、今まで考えもしなかった可能性やその現実が、彼の心に不安を運んできたのだった。
クラウドは午前中、エッジでの用事を済ませた。午後からは本業の配達の仕事が入った。といっても隣町のカームまでの届け物で依頼主はティファ。半日ほどで済ませられる内容だった。
ティファから荷物の木箱を受け取り、クラウドは愛車にまたがった。
「大丈夫?クラウド」
「ああ」
彼女が何を心配しているのかは分かった。朝食からこちら、急に口数を少なくした自分の様子にだろう。
イグニション・キーを回しゴーグルを装着する。
「……あいつのこと、頼む」
「うん、それは……」
バイクを発進させようとしたとき、店の裏口の戸が勢いよく開いて黒髪の少年が飛び出してきた。見ればどこから見つけ出してきたのか、その額にはゴーグルが乗っかっている。少年は躊躇うことなくそのまま走ってクラウドのバイクの後ろに飛び乗った。鮮やかな軽い身のこなしだった。そしてしっかりとクラウドの背中にしがみつく。
「!?」
大人2人はびっくりして目を瞠った。
「よし、しゅっぱぁーつ!!」
どこか散歩にでも行くような少年の調子に、ティファが窘める。
「ちょっと、あなたはお留守番だよ」
「やだ。俺クラウドと一緒にいる」
「クラウドはお仕事なんだから」
「邪魔しない。絶対しないから。一緒にいさせてよ」
クラウドの腹部に回された少年の腕に力が入り、ぎゅうと締め付けた。
「クラウドといないと俺、落ち着かなくてダメだ」
今までいつも明るかった彼の声のトーンがすこし低くなった。
少年自身も漠然と不安や疑問のようなものを感じているのかもしれない。
「………しっかりつかまってろよ。落ちてももう拾ってやらないからな」
「え、いいの!?」
「とばすぞ」
バイクを発進させる。排気音の合間にティファの何か言う声が聞こえたが、片手を挙げて問題ないと意思表示する。
何よりすがりつくように伸ばされたこの手を、いつどんな時だってきっと自分は拒むことなんて出来やしないのだとクラウドは思った。
「きもちいーーーーー!」
2人を乗せたバイクは草原を疾走した。
自分の後ろではしゃぐ声が聞こえる。
背中に『彼』のぬくもりを感じる。
昨夜夢の中でエアリスに会い『彼』が本当にザックスなんだと分かって、今朝起きたときから嬉しくて仕方がなかった。
(でも今は)
今は不安がどんどん大きくなってきていた。
「……ザックス、ひとつ訊いていいか」
「えー、何!?大きな声で言って!」
「おまえ、俺のことを覚えているのか」
「ええと、ううん、覚えてるかって訊かれたら分かんないって答えるよ。ティファおねえちゃんやマリンやデンゼルのことも分かんないっ」
やはりな…と内心でクラウドは息をついた。
「分かんないけどさ、でも!」
少年はできる限りの力を込めてクラウドの体に抱きついた。
「でもクラウドのそばにいなきゃならないっていうのは分かるんだ! いる意味、あるんでしょ!? だから俺はクラウドと一緒にいる!」
不意に夢の中で聴いた彼女の声を思い出した。
“彼の手、はなしちゃ駄目だからね”
彼がいる。ここにいる。
その事実が、それだけでも嬉しかった。
もう一度会えたこと。
感謝してもしきれない奇跡を起こしてくれた。
(だけど、エアリス)
嬉しいけど怖いんだ。
こちらに離す気がなくたって、相手のほうが離れていく可能性だってあるのだということに、気づいてしまった。一度心に浮かんだ不安は、消えることなくどこまでも広がっていく。
彼が今自分のそばにいることの意味、彼が自分に懐いていることも、勝手に自分にいいように解釈したがっているだけじゃないのか。
思い出せ。
自分が彼にしたことを振り返れば、楽観的な考えはどこかへ吹き飛んでいくだろうに。
見渡す空には雲ひとつないのに、クラウドの心は嵐に巻き込まれた小船のように激しく揺れていた。
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