day3:sunny





 クラウドが荒野で拾ってきた赤ん坊は、一晩で驚くほどの成長を見せ、自ら「ざっくす・ふぇあ」と名乗った。
 そしてそのまた翌朝、さらに幼児は成長をしてみせ、その背がマリンと同じくらいにまで伸びていたのだった。





 朝の柔らかな陽射しが窓から差し込んでいた。
 そして少年に成長した自称「ザックス・フェア」は、クラウドの腰にべったりとしがみついていた。
 朝食の乗ったテーブルを前に、その場にいる皆がさっきから言葉もなく、その黒髪の少年を見つめている。
「………」
 少年は人見知りする性格ではないのか、クラウドから離れようとはしなかったが後ろに隠れるようなこともなく、興味津々な視線でティファを見上げ、マリンやデンゼルを見ていた。
「赤ちゃんてこんなに早く成長するの…?」
 丸い目を更に丸くさせてマリンが驚きの声を上げる。
「すごい…」
 そんな子供たちに、これはどうみても普通じゃないとは咄嗟にクラウドは言えなかった。無闇に気味悪がらせてもよくない気がした。

「ねぇ、やっぱり……」
 似てるよね、とぽつりとティファが漏らした。
 誰に似ているのか。訊かなくてもクラウドにも分かる。

 ツンツンと尖ったように生えた真っ直ぐな黒髪。
 意志の強さを感じるようなすっと流れた眉。
 その下の、切れ長のはっきりとした印象の瞳。
 愛敬を感じさせる口許。

「………」
 クラウドは何とも言えない気持ちで少年を見下ろした。
 その髪にそっと指で触れると、少年が見上げてにかりと笑った。

 その笑い方も、触れた髪の感触も記憶の中の彼と重なった。





 言いたいこと訊きたいことは各々あったのだろうが、朝の忙しい時間ということもあって、込み入った話は子供たちを学校に行かせてからということになった。

 食事を終えた後、食器を片しながらティファはちらりとクラウドの様子を窺った。
 クラウドは窓枠に腰かけていた。暖かな陽射しが彼の金色の髪と白くむき出しの腕を包んで、周囲を明るく見せていた。
 その彼の腰の辺りで黒髪の少年が、クラウドの顔を見上げて一生懸命話しかけている。
 一方クラウドの方はと言えば……戸惑っているようだ。その視線は少年と窓の外とを行ったり来たりしている。表情は浮かない。
 その様子を見ながらティファは、ザックス・フェアという昔1度だけ会ったことのある男のことを思い出そうとした。


 忘れもしない。15歳のとき。
 モンスターが大量に発生した魔晄炉の調査のためにニブルヘイムにセフィロスと一緒にやって来たソルジャー・クラス1stの青年がザックスだった。
 魔晄炉までの道のりを案内するガイドとしてティファは彼とコンタクトを取る機会があった。
 どこか近寄りがたいセフィロスとは違い、ザックスは気さくで陽気な印象を受けた。ちょっと調子が良すぎるかな?という気もした。
 笑顔をなんとなく覚えている。よく笑っていたのだろう。

 後々クラウドが過去の真実を告白したときに、彼がクラウドの親友だったこと、彼のおかげでクラウドは助かったのだということを知った。もう既にこの世にはいないと言うことも。

 人間の繋がり、というものの不思議さを感じる。
 そしてクラウドが彼の死を今でも引きずっているのではないか、と感じることもあった。
 彼の心にさす影、その傷は、自分が思っている以上なのかもしれない。





 少年はよいしょと窓枠の桟に座るクラウドの左膝の上に飛び乗った。そうするとクラウドの顔と自分の顔の間の距離があっという間に縮まる。それを少年は嬉しく思った。
 おひさまの光のような暖かくて優しい金色の髪が目の前できらきらと輝いていた。
 長い睫毛の下で蒼くて不思議な光を放つ瞳が少し揺れて自分を見つめ返す。
 唐突に好きだと思った。
 きれいでなぜだか嬉しくてとても好きで、そんな気持ちが心にいっぱい溢れてきた。
 手を伸ばした。
 なぜこんなに自分が嬉しいのかわからないけれど、この気持ちが少しでも彼に伝わればいいと思って。

 顔を引き寄せ、唇にキスをした。





(―――え?)
 クラウド、と声をかけようとして顔を上げたティファは、そのタイミングでクラウドと少年がキスしているところを見てしまい、瞬間固まった。
 手から皿が滑り落ち、シンクの中でけたたましい音を立てた。
「ク、クラウド!?」
 どうやらクラウドも少年の行動に思考が追いつかず、瞬間フリーズしていたらしい。
 ティファの声と皿の物音でびくりと体を揺らして、慌てて顔を離した。
「な、何す……!?」
 クラウドの白い面が、面白いくらいに赤く染まった。
 ティファも赤くなって洗い場から離れ、足音荒く窓辺にやってくる。
「あ、あなた、ななな、何してるの!?」
 少年はきょとんとしたものだ。
「…ティファ、子供のすることだから……」
 口許を手の甲で押さえて、うろたえまくっているクラウドを見ると「子供のすること」として許せるような気がしない複雑な乙女心だった。
 少年はクラウドに抱きついた。
「それになんであなた、そんなにクラウドにべたべたくっついてるの!?」
 幼いから甘えたいだけなのかもしれない、とも思ったが、クラウドの傍を片時も離れようとしない少年の朝からの様子は、スキンシップにしては過剰すぎるような気がしていたのも事実だった。
 少年に対して、母親と言うより女の部分が前面に大きく出て、ティファは大声を出してしまっていた。簡潔に言えば嫉妬だ。
 しかし少年は大声に動じることなく、反対ににこりと笑ってティファに言った。
「だってクラウドのこと、すきだもん」
 その邪気のない笑顔に、返す言葉がなかった。





 この少年はザックスなんだろうか。
 赤ん坊になって、生まれ変わったとでも?
 俄かには信じられない。
 けれど、少年を見ているといつの間にか彼の面影を重ねている。
 容姿だけではなく、ちょっとした仕草にも。
 似ているなんていうレベルじゃない。
 少年が着替える際に見えた右の肩甲骨の下のあたりにあるほくろも。
 見覚えがあった。確かに同じ場所に『彼』にもほくろがあった。
 本当ならば。
 この少年が本当にザックスならばどんなに嬉しいだろう。
 だってずっと会いたかったのだ。もう一度会いたかった。
 言いたいことがたくさんある。
 ありがとうと言いたい。俺のためにごめんなさいと謝りたい。

(もし…、もしザックスだったら、一体どんな奇跡が起きたっていうんだろう?)

 クラウドは久し振りに伍番街スラムの外れにある教会に来ていた。外に出たがる元気な少年を連れて。
 教会の内部は先日のカダージュとの一件で更に破壊が進んだ。つい先日までは星痕症候群の治療のために何人もの人間が訪れていたが、今はもう元の静けさが戻っていた。
 泉のほとりには新たに芽吹いた白や黄色の可憐な花がひっそりと佇み、朽ちて落ちた屋根の隙間から差し込む陽射しを受け止めている。
 クラウドは少し離れた場所で、少年をぼんやりと眺めていた。
 少年は泉に向かいこちらに背を向けてしゃがんでいる。

(奇跡が起きたんだとしたらそれは……)

 そんな思いが、クラウドの足をこの場所へと向かわせた。
 ここは『彼女』と出会った場所だから。『彼女』だったら、こんな奇跡も起こせるのかもしれない、なんて。

 少年が勢いよく立ち上がってクラウドの元へ駆けてきた。
「これあげる!」
 自分に向けられたその手には数本の花が握られている。
「……くれるのか?」
 花…昔ザックスに花束をもらったときのことを思い出した。
 確か誕生日だった。両手に抱えきれないほどの大量の花でできたそれは、貰って嬉しくなかったことはなかったのだが、如何せん手渡された場所が悪かった。朝の新羅ビルのエントランス。ザックスはその日から遠征任務で、出立のその前に花束をどうしてもクラウドに手渡したかったらしい。でも人目が物凄くあるところで、知人や同僚にその後しばらくの間冷やかされたのだった。あれは猛烈に恥ずかしかった。
「あげる!ちょっと頭さげて」
 言われるままクラウドは頭を少し下げた。
 少年は花を一本右手に持つと、それをクラウドの左耳に挿した。
「うん、にあう!」
 白い小さな花が金髪の間で控えめに揺れる。
 似合うって何なんだよ…と思ったが口には出さなかった。大人気ないと思ったからだ。
「………あ、ありがとう…」
 少年はとても満足げだ。
 その満面の笑みがやはり彼に重なった。
 そして自分は何よりその笑顔に弱かったということをクラウドは思い出したのだった。


 その夜も、少年にせがまれて一緒のベッドで眠った。





→midnight