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day10:you are my only ...
頬に生温かいものを感じた。
(………?)
ゆっくりと目を開けると自分を見下ろす目とぶつかる。
ぽた、ぽたり。
頬に落ちた温かい何かは、その揺らめく青い双眸から落ちてきたものだった。
「…、クラウド!」
彼は目を見開き、それから顔をくしゃりと歪ませる。なんて顔してるんだ、と思う。
(……本当に泣いてた……)
静かに花が咲き誇る場所で彼女が悪戯っぽく笑ったような気がした。
「……ザック……」
彼の涙に触れたくなって手を伸ばそうとしたけれど、その前に彼の腕がクラウドの体をさらう。ぎゅうぎゅうと力いっぱい抱き締められて体重もかけられて、クラウドは一瞬息がつまった。夢見心地な気分が一気にどこかへ吹き飛んだ。
「ザックス……?」
「よかった…っ、生きてる…、生きてるな!?」
「え…、う、うん……」
「お前の身体ぞっとするくらい冷たくなっちまうし、持ち物ん中回復系のマテリア探したけど一個も見つかんねえし、俺マジどうしようかって……っ」
「あの…ちょ、苦しいよザックス……」
クラウドが何とかして彼の背中に手を回し抗議するけれど、ザックスは腕の力を緩めてはくれなかった。
クラウドが何かに助けを求めるように視線を巡らせば、そこは見覚えのある部屋…天井の片隅にある染みの形をやっと覚えたばかりの数日前に越してきたばかりの新居だった。すぐ近くに何かが爆ぜるパチパチ、という音と焦げ臭い匂い。顔を傾ければ、すぐ横に暖炉があって赤い火が揺らめいていた。暖炉側に面している肌に当たる熱気は、産毛が焦げるのではないかと思うくらいジリジリしていた。
視界がかなり床に近い場所にある。どうやら暖炉の前にマットレを引っ張ってきて、そこに自分たちは横になっているらしかった。
互いの身体が隙間なく重なっている。抱き締められ動きを封じられているので目で確認することはかなわないが、毛布の下、感触で二人とも何も身につけていないということは分かった。二人の身体に、雨の湿り気もまみれた砂っぽさも、どこにも見当たらない。
「……ザックス……」
「…………ホントに、よかった……」
クラウドの首筋に自分の頬をこすりつけて、ザックスは半ば呻くように言った。
「……お前が死んじまったらどうしようって…俺……」
「………」
そうだ、自分は彼を置き去りにして逝こうとしたのだ。彼との間の幸せだった思い出だけを抱き締めて死んでいきたいだなんて馬鹿なことを今朝まで考えていた。
クラウドは乾いたザックスの背中を宥めるように手で撫でた。
「……ごめん、ザックス……」
「馬鹿野郎…っ、クラウドの馬鹿……っ」
「…うん、ごめん…、俺が馬鹿だった…ごめん、泣かないで、ザックス」
重なり合った肌越しに彼の鼓動が聞こえてくる。ぬくもりが伝わってくる。
手で、身体で、目の前の存在を確かめているのは多分二人とも同じだ。
生きている証を求め、見つけては泣きたいくらいに嬉しくなる。
「……あったかい」
「……ん。生きてるからな」
「……うん、そうだね…」
「…死にたいとか…、馬鹿なこともう考えてねえよな」
「………ね、ザックス、顔見せて」
「……ヤダ。俺今泣いてるし…」
「…見たい」
ザックスはしばらく動かなかったが、やがて腕の力を緩め、のろのろと体を離した。
「………、クラウド」
下を向いているせいもあってか、鼻水が垂れそうになってザックスは洟をすすり上げた。よく見ればその目許は真っ赤に充血している。クラウドは濡れた頬に優しく触れた。
「……ずっと泣いてた…?」
「…泣いてねぇ」
ずるる、とまた洟をすする。その顔が子供っぽくて、仕草がかわいらしく思えてクラウドは微笑んだ。
「…笑うなよ。誰のせいで…っ」
「うん、分かってる……」
クラウドの両腕がザックスの首の後ろに回り、そのまま柔らかく引き寄せられる。
「……っ」
唇が重なったとき、クラウドのそれからひやりとした冷たい感触が最初に伝わってきて、ザックスの胸はまだ引きつったように痛んだ。その冷えた感じが先程まで胸にわだかまっていた不安を再び呼びおこす。
自分の熱が彼に少しでも移らないかと、許された咥内に自分の舌を深く潜り込ませた。
彼が生きていると、もう大丈夫なんだと確かめたい。温かさを少しでも感じたい。
唇を少し離してザックスが薄く目を開けると、目の前のクラウドもまた熱い吐息を吐いて目を開いた。長い睫毛を震わせた拍子に眦から一筋、涙が零れ落ちる。
「……、俺も泣いてるから笑っていいよ…」
「クラウド」
ザックスの髪の毛に指を絡ませ、少しだけ伸び上がるようにしてクラウドは彼の唇の表面ににそっと触れたあとに身体を起こし、いつもザックスが自分にしてくれるように、頬や額、瞼や顎を慈しむように唇で辿った。クラウドの動きに合わせてザックスも身体を起こしたせいで、背中にかかっていた毛布がマットレスの上に落ちた。二人の身体が毛布の中からほとんど出てしまっていることに気がついたザックスが慌てた。
「…バカ、寒いだろ。お前まだ完全に体温戻ってないんだからヤバいって…」
後ろに落ちている毛布に手を伸ばそうとしたザックスの裸の胸に、クラウドはトンと寄りかかる。
「……ザックスが温めてくれるから、大丈夫」
「へ」
思わずひくりとザックスの喉が鳴る。
常にないクラウドの甘えるような言動にびっくりした間抜け面を晒したまま、ザックスは自分の顎の下にあるくしゃりとなった金色の髪の毛を見下ろした。普段は自分のペースでぐいぐい押し切るこの男だが、意外に純情だ。
「あっためるって…、や、そりゃもう全然!俺の体温でよけりゃいくらでも……って、え!?あ、あっためるって、つまり待て、ちょ、そーゆー意味じゃねえよな??や、いやいやいや!いいけど!俺はいいけどでもお前……っ」
何やら焦りながらザックスは頬を赤く染めてぶつぶつ言い出す。言葉が混乱気味だ。
クラウドは少し笑いながら愛しいぬくもりに寄り添い、目の前のザックスの胸に指で触れた。
ザックスの胸や腹、背中…探せばもっとあらゆる場所にあるかもしれない幾つもの銃創の痕。
胸に残るそれにクラウドが指先で触れると、肌の表面が少しだけ引きつれていて微かにでこぼこしている。注意深く見なければ分からないくらいのその傷跡を確かめながら、これはあの丘で神羅兵に撃たれたときのものだろうか、とクラウドは思いをはせた。
今朝までの自分ならば、彼は自分のせいでこの傷を負ったのだという苦い思いに支配され、ただ辛いばかりだっただろう。だが今はなぜだろう、酷く傷跡が愛しい。
神羅屋敷の陰鬱な地下から逃げ出し、ザックスが命を落とすまでの九ヶ月余りの二人だけの逃避行。
魔晄中毒に陥っていたクラウドは、ほとんど正常な意識を保っていられなかったから、自分を連れての移動がどのくらい彼にとって負担になったのか、過酷であったのか、想像することしか出来ない。
それでも、彼が自分を見捨てて一人逃げ出さなかったこと、一緒にいてくれたこと、彼が彼らしくあるために、自身の信念を貫くためには当然の行動だったのだと今ならばクラウドにも分かる。
それが結果的にクラウドを守るために命を落とすことになったのだとしても。ザックスは言ってくれた。
『最期まで一緒だったこと、俺は誇りに思ってる。お前を残せた、後悔なんてしてない』
ザックスはそう言ってくれた。
言葉は潔くて濁りなど少しもなかった。
真っ直ぐにクラウドの心に落ちて、広がっていった。信じられた。
この銃創は自分の存在そのものだ。
自分が彼の身体に残せた、証。
クラウドは満たされた気分で目を閉じてザックスの身体に体重を預けた。
「く、クラウド、お前ちょっ、急にどうした!?…え、俺なんかやっぱ勘違いしてる?!マジやばいって…っ」
ザックスの手がもたれかかるクラウドの肩や背中の辺りを躊躇いがちに彷徨っている。肌に触れたその指先が少し湿っていて、ザックスの動揺が伝わってくるようでクラウドはまた微笑んだ。背中に両腕を回して彼の懐に深く抱きついた。
「………、ザックス、俺強くなりたい」
「え………、え?」
吐息とともに吐き出されたクラウドの言葉に、ザックスは、はたと動きを止めた。
「あんたの傍にいたいから、強くなりたい……ううん、強くなる」
「クラウド?」
「………エアリスと話したんだ」
「エアリスと…?え、ええ!?うっそ、お、おお、お前死にかけてあんなとこまで行っちまったの!?」
ちなみにザックスがエアリスのいる場所と聞いて思い浮かべるのは、ついこの間まで自分も漂っていた「ライフストリーム」の中だ。花の咲く不思議空間では決してない。死んだ者が還る場所だ。
お前マジ死地を彷徨ったのか!?と動揺に声を荒げる彼を頭上に感じながら、クラウドは続けた。
「彼女と話して、俺がどんなに馬鹿で成長してないかって嫌ってほど分かったけど、もっと大切なことにも気がついた。だからもう、後ろ向き、やめようって。努力しようって思うんだ」
「それって…結局お前を引き止めたの、エアリスってことなのかよ?俺じゃなくて…」
む、とザックスが不満そうに唇を歪めた。
「きっかけは確かにそうだったかもしれないけど。でも、あんたがいなかったら成立してないから」
「………」
よく分からない、というふうにザックスは口をへの字に曲げたままだ。
「…んで?気づいたその大切なことって?」
「……俺がザックスのこと、どんなに好きかってこと」
「え…」
「今更だけど…もう絶対離れたくない、二度と失いたくない。誰にも、」
鼓動が聞こえる。
ここは彼に許されている場所だ。あたたかい、自分だけの。
誰かを想う心は、こんなにも自分を満たすということをやっと思い出した。
「誰にもあんたを渡したくないんだ」
クラウドの抱き締める身体がびくりと震え、息を呑む気配がした。次の瞬間、力強い腕にクラウドは肩を掴まれ、密着した身体を引きはがされたと思ったらマットレスの上に背中を転がされていた。身体を上から押さえつけられる。
上に跨るようにしてクラウドの顔を見下ろしているザックスは、怖いくらいに真剣な様相で、その表情は彼の精悍な目鼻立ちをより一層際立たせていた。しかし紅潮した頬と、涙が乾ききっていない充血した目尻が、彼の柔らかな内面を表しているようで、そのアンバランスさを愛しく感じた。
「それは、俺の台詞だ」
食い入るように見つめてくるザックスの視線には熱がこもっていて、青く波立った双眸の奥で揺れている。クラウドの胸は興奮のために震えた。
「お前がもし俺のこと嫌いになって俺から離れていこうとしても、俺はそんなの許さない。逃げようとしたって追いかけるし捕まえる。誰にも渡さない。絶対お前から離れないからな」
「ザックス」
「俺自分でもおかしいと思うくらい、お前のことだと独占欲が突き抜けちゃってるっていうか…、お前の気持ち大事にしたいって思ってても抑えきれない感じがあって、ホントはすごく大事にしたいんだよ、お前のこと。でも我慢できないこととか矛盾がいっぱいあるんだ。もしも、もしもだけど、お前の幸せのために俺が身を引かなきゃいけないことがあったとしても、俺そんなの潔くできる気がしないっていうか…。これって重い?かなりうざいの入ってる…?」
クラウドは笑って首を横に振った。真っ直ぐ向けられる感情に苦しくなった胸を掌で押さえた。嫌な苦しさではない、満ちた幸福の痛みだ。
「……こんなに凄い告白されたの、初めて」
「気持ち悪かったり、うざかったりしねえ?俺が戻ってきたこと後悔してるとか…」
「しない」
手を伸ばす。
「何があっても俺から離れないで、諦めないで」
ザックスの両頬を掌で包み、引き寄せる。
鼻先がぶつかりそうなほどの距離、見たものが引き込まれそうな不思議な揺らめきと光を放つ互いの青い双眸が近づいた。焦点の合わないぼやけた視界に浮かぶその青さは、いつか二人で見上げた空の色に似ていた。
ザックスは衝動のままに、一度クラウドに口づけた。
「お前こそ離れるなよ。一緒にいよう。何があっても二人で生きていこう」
その言葉にクラウドの顔が目に見えて赤く変化した。
「……それって、なんかその……ぷ、プロポーズみたいだな……」
ザックスの身体の下でクラウドが身体をよじった。
両手をザックスの手によってマットレスの上に縫いとめられていて思うように動けないのだが、どうやら恥ずかしがっていて顔をザックスに見られたくないらしい。
自分が下に敷いているクラウドの身体は、さっきよりも大分体温が戻ってきている様子で、触れても違和感のない普通の人肌のぬくもりを感じることができるまでになっていた。
何よりも横に顔をそらしたためにあらわになったクラウドの白い首筋が、今はほんのり少し桃色に染まっていて、その温かみのある色がザックスをほっとさせる。染まった首筋に軽く唇の先で触れた。
「プロポーズか。うん、悪くねえな」
「ザック…、」
「でも俺たちならプロポーズなんて段階ふっ飛ばしちまってもいいんじゃねえかな?なんかもう誓い合ったってさ」
「え、ざ、ザックス!?な、何言ってんの!?」
腕を引っ張られてクラウドはその場に起き上がった。ザックスもその前に座り、クラウドの左手を恭しく自分の掌の上に乗せた。真剣な面持ちでクラウドを見つめる。
「俺と結婚しよう、クラウド。生涯の伴侶としてお前だけを愛すると誓う」
視線は戸惑うばかりのクラウドの目にひたと据えられたまま、ザックスはクラウドの指にゆっくりと顔を寄せ、その薬指の根元近くに触れるだけのキスを落とした。左手の薬指は、心臓につながる神聖な指だとどこかで聞いた。
「け、結婚て、そ…、そんな、の……っ」
できるわけがない、だって自分たちは男同士だ。そんな真顔で言われても…。
それでも口付けられた指は身体中のどこよりもちりちりとした熱を持った。胸がうずく。
「世間に認めてもらおうとかそんなんじゃない。一緒に生きるための心構えっていうか」
「心…がまえ……」
「駄目かな」
「………」
真摯な言葉を向けられ、どうしようもなく頬がじんわりと熱くてクラウドは俯いた。
結婚とか生涯の伴侶とか、考えたこともなかった。ただ二人でいられればいいと思っていた。
自分たちは男同士で、確かな形や紙切れ一枚の契約さえ社会に認めてもらえはしない。
でも、自分たちの関係を決めるのは結局自分たち自身だということも知っている。
たとえ仮初だとしてもここで誓い合えば、それは今日、今ここから改めてザックスと共に歩き始めようとする自分にとっても、良い区切りになるのではないだろうか。
クラウドはおずおずと視線を上げた。
ザックスの怖いくらいに真っ直ぐな視線を、負けないように目に力を入れて見つめ返した。
ぎごちないながらも、笑顔を浮かべて頷いた。
「……うん。いいよ。結婚しよう、ザックス」
ぱあああ、とザックスの表情が満面の笑みになったかと思ったら「誓いのキス!」と歯がぶつかるような勢いでキスをされ、飛びつかれ、またマットレスの上にクラウドは転がされた。
***
重ねた掌が熱く湿っている。
無理はしない、でもクラウドを感じたい、確かめ合いたい。
ザックスはそう言ってクラウドの身体中に唇を滑らし、舐め、しかしクラウドの体内に自分の欲望を押し付けることはしなかった。ゆっくりしびれるくらいの緩慢さでクラウドの身体を高め吐精させ、ザックス自身も自分の手の中やクラウドの桃色に染まった肌の上を濡らすことに終始した。
いくら恋人の体調が万全ではないとザックスが気を遣ってくれているのだとしても、クラウドにしてみればなんだかもどかしくて仕方がない。恥ずかしくて口に出しては言えないが、より深い快感を求めて震える下肢を、身体の上で好き勝手に自分を翻弄しているザックスの腰に近づけてこすりつけた。
ザックスは男らしい眉を少しひそめて笑った。
「……だめ。今日は」
「……だって……っ」
涙目でクラウドは訴える。
いつもみたいに中まで満たして欲しいのにと思う。
「…ん、もう一回だけな。終わったらちゃんと休もう」
「…俺もうだいじょう…、や、んんっ」
もうかなり前からねっとりとした液体にまみれているザックスの指がクラウドのそれを握りこむと、クラウドの身体は大袈裟なほどに跳ねた。
「うっ、ん、や…っ」
「俺の奥さん、すげぇキレイで色っぽい」
「お…、奥さんとか言うな…!あっ、んなにしな…で……っ」
「愛してる…愛してる、クラウド」
「俺、も、愛して、るから…っ」
クラウドは与えられる快感に乱されながらも背中をどうにか浮かせ、ザックスが掌から指先までを使うようにして愛している自分のものの向こう側で、勃ち上がり濡れているザックスのそれに手を伸ばした。脈打つ太いものは火傷しそうなほどに熱い。
「っ、クラウド」
「…俺だって、されてばっかじゃ…嫌だよ。くれないんなら、一緒に……」
クラウドの手の中で分かりやすくザックスのそれは反応した。
ザックスは眉を微かに下げて頬を染めると嬉しそうに笑った。
「えーと……、うん、じゃあ一緒、な?」
ザックスが少し身体を移動して、クラウドが握る手ごと、自分が握っているクラウドのものと一緒に上からまとめてあわせて二本の楔をこすりつけた。
クラウドは目をぎゅっと瞑って突き抜けた感覚に唇をかみ締めて耐えた。
自分もザックスのように自分の手で彼に快感を与えたいと思っていたクラウドだったが、大きな手に一緒くたに握られ擦られて、過ぎる快楽に頭の中は真っ白になって、それからはもう彼の手に翻弄されるばかりで、その後がいったいどうなったのか分からなくなってしまった。
気がつけばぼんやりと染みのある天井を見上げていて、ザックスが鼻歌を歌いながら傍らで適度に温かい濡れたタオルを手にクラウドの身体を拭いてくれていた。
静かだ。
ザックスの口から漏れる調子っぱずれなメロディ以外に物音は聞こえない。
窓を見上げた。隣の建物との距離が極端に狭くて、窓を開ければ隣の壁に手で触れるほどだ。その壁が薄闇色に染まっている。もう夕方なのかもしれない。昨日の夜から降り続けていた雨はいつの間にかやんでいるようだった。
穏やかな気持ちだった。
クラウドはこんなに心が安らいでいる自分がとても不思議だった。
意識しなくても、口許が自然と笑みの形になった。
「あー、もうすぐ暖炉の火、消えちまうな。どうしよっか。マットレス寝室に戻すか」
暖炉に視線をやれば、確かに火が小さくなっている。
「俺は別にここでもいいよ、寝られるし。あんたも今晩はここで寝……、」
(?)
もうほとんど消えかけている火を眺めていた視界の中、ふと何かがクラウドの意識に引っかかった。あれ、と思う。
暖炉の中で燃え尽き、炭になった塊。しかし端の方に、まだ全て燃えきらずに原形をとどめているものがある。
どこかで見覚えがある。記憶を手繰る。
あの周りの紙包みの模様、大きさ、どこかで……。
「!!」
凄い勢いでクラウドが跳ね起きた。
ザックスはタオルを取り落とすくらいびっくりして身体を引いた。
「な、なに、突然どうしたクラウド?」
それには答えず、クラウドは暖炉に近づくと何の躊躇いもなく手を突っ込んだ。むんずと今まで燃えていたものを掴み出す。
「わ、お前何してんの!?やばい、やばいって!!」
「あつっ、燃え、燃えちゃってる!なんでこれ燃えちゃってるの!?」
「それ放せ!火傷しちまうって、おい放せ!」
クラウドが堪らずその半分だけ燃えてしまっている塊を放り出すと、それがマットレスの上に落ちてしまった。
「おわっ焦げる!」
ザックスが足でそれを蹴ると、そのくすぶり続ける塊は部屋の隅まで転がってぐしゃりとぶつかる。
それを目で追うクラウドは、さっきまでの幸せそうな余韻はどこへやら、顔面は蒼白で涙目になっている。
「ど……どうしたんだクラウド?」
呆然としているクラウドを恐る恐るザックスは窺った。
「………あれ、頼まれた荷物」
「へ?」
「数日前に客から預かって」
喋りだしたクラウドの口調が、淡々としていて抑揚のない感じなのが、ザックスにはかえって不気味に思えた。
「間を置いて、明後日先方に届けて欲しいっていう依頼だった。大事なものだから、必ず届けて欲しいって」
「………」
「遠くに住む孫の誕生祝だって言ってた。初老の、凄く優しそうな人だった」
「…………」
「…………」
燃えてしまった、依頼人の荷物。壁にぶつかって形が変わったせいで紙袋の一部が破れ、中身が少し覗いている。いかにもハンドメイドだと言うような……。
「………どうしよう」
「ご、ごめん!この家ん中あまり物がなかったんで、燃えそうなもん手当たり次第暖炉に放り込んだの俺!!暖を取ることしか考えてなかった俺が悪い!責任取る!謝ってくる!このとーり、ごめんクラウド!!」
ザックスは額を床にこすりつける勢いで土下座して謝った。
「………いいよ。元はと言えば俺が悪いんだし。俺が謝りに行ってくる」
「いーや、それじゃあ俺の気がおさまらねえ!じゃあ俺も行く!連れてってくれ!」
「………」
クラウドは疲れたように溜息をつくと、がっくりと肩を落とした。
傍らにいるザックスの、床についた手の上に自分の指を重ねた。
「……じゃあ一緒に行こうか」
「クラウド!」
しかし、それに続いてクラウドが放った言葉に、ザックスは思い切り固まった。
「……言い訳、何か考えないと。正直に理由を話すわけにはいかないもんな……」
……ストライフ・デリバリー・サービス、大ピンチ…?
→epilogue
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