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day1:sunny
神羅カンパニーが生み出したソルジャーの中にセフィロスという男がいた。
彼が自分の出生の秘密を知ったのが、悪夢の始まり。
2年前、彼が引き起こしたメテオによる災害、ジェノバ戦役により、魔晄都市ミッドガルはほぼ壊滅した。
そのミッドガルの外縁に沿うようにして新しくできた都市エッジに、ジェノバ戦役時、セフィロスからこの星を救った英雄の一人であるティファ・ロックハートが開いた「セブンスヘブン」というバーがある。
晴れた日だった。
バーの開店までにはまだかなりの時間がある昼下がり。
「ねえ、どうしてクラウドはここに帰ってこないの?」
マリンは背伸びをしてバーのカウンターの向こう側にいるティファに思い切って聞いた。
マリンは早くに両親を亡くし、ティファと同じく星のために戦った仲間の一人であるバレットが引き取って育てている少女だ。
今は旅に出ているバレットからティファが預かって一緒に住んでいる。
「前みたいに一緒に暮らしたいよ。もう病気も治ったし問題ないのに」
「そうだよね」
ティファがグラスを丁寧に拭きながら、少し困ったように笑った。
「でも、いろいろ考えること、大人にはあるんだよ」
「大人っていう言い訳、ズルイ」
「うん。大人ってずるいんだ」
マリンは頬を膨らませた。そんな言葉じゃ納得できない、と賢い少女は不満顔だ。
カラン、と扉のベルを鳴らして一人の少年が入ってきた。腕に大きな紙袋を持っている。
「ただいま」
「あ、デンゼル!」
マリンよりも3歳年上の少年は、先日まで原因不明の奇病「星痕症候群」にその体を蝕まれ、苦しんでいた。
今は元気になり、今日もティファにお遣いを頼まれて近くのマーケットにまで買い出しに行っていた。
マリンがデンゼルに走りよる。
戻ってきた平和な光景にティファは目を細めた。
心はこんなに穏やかなのに。
(戻ってこないんだね、クラウド)
ティファの心に寂しさがよぎる。
数ヶ月前まで、そこには4人がいた。
ティファとマリン、デンゼル、そしてクラウド。クラウド・ストライフという青年。
家族だと思っていた。
でも今は微妙な距離ができたまま。クラウドは未だにこの場所に帰ってこない。
顔は見せてくれる。
クラウドはバーの食材調達のために各地を飛び回る傍ら、「ストライフ・デリバリー・サービス」という屋号で配達屋を営んでいた。
頼んだ食材を数日の間隔で店に届けにやってくるので、彼が元気でいるのかという心配はしていなかった。
今日も多分この後、店に顔を出すはずだ。
(私じゃ駄目なのかな)
自分といても、仲間といても、いつだって彼はどこか寂しそうで。
心を全て開いて見せてはくれない。
一人でいようとするのは、罪の意識から?
それとも?
冷たく突き刺さる感じが、好きだと思う。
風を全身に受けると、体の奥底に積もった暗い澱んだものが浮き上がり軽くなるような気がして。
だからバイクに乗って風を切るのは嫌いじゃなかった。
今日も無意識にあの丘に向けて走らせた。
荒野の一角、ミッドガルが視認できる小高い丘は特別な場所だ。
そこには一振りの大判な剣が突き刺さり立っている。
到着するといつものようにバイクを降りその墓標に近づいた。
年月と、さらされた雨風でその剣はところどころが錆びている。
もう感傷に浸りたいわけではない。
それでも何度も足を運んでしまうのは、ここに来れば『彼』に会えるような気がするからだった。
そうして、しばらくの間じっとしていた。
風が通り過ぎ、彼の金色の髪を撫でていく。
自分にとって『彼』は太陽のような存在だった。
笑う顔が好きだった。
自分を見放さずに、最期まで、一緒にいてくれた。
本当に大好きだった。
肩を叩くような気安さで、剣の柄をぽんと叩いた。
「……また来る。来るな、なんて言うなよ」
呟きは風にさらわれる。
(大分日が傾いたな。ティファが待ってる。早く帰らないと)
クラウド・ストライフはバイクにまたがり、ゴーグルをかけようとして、ふとその動きを止めた。
近くに自分以外の気配を感じたからだ。
「………?」
何だろう。声?泣き声?
小さな、ともすれば聞き逃してしまいそうな。
クラウドはそっとその岩陰を覗き込んだ。
「遅いね、クラウド」
「そうね。きっと寄り道してるのよ」
もうすぐ店の開店時間だ。
ティファはテーブルと椅子の位置を直しながら壁にかかっている時計をちらりと見上げた。
「ティファ、あたしね、クラウドに戻ってきてってデンゼルと一緒にお願いするんだ」
「その前に2人とも片付けの時間だよ」
「はーい」
カウンターの上で勉強の本を広げていたマリンとデンゼルは片付け始める。
扉の向こう、通りにバイクのエンジン音が近づき、止まるのが聴こえた。
「あっ、クラウドだ!」
片付けていたものを放り出して、マリンが扉口に駆け寄る。
「おかえりなさい、クラウド!あのね、あたし――――」
おぎゃあ。
開いた扉の前、マリンの目の前に飛び込んできたのは。
「え………?」
そこに立っていたのは確かに待ち人だったけれど、問題はその腕の中。
おぎゃおぎゃあ。
元気よく泣き声を上げる赤ん坊。
クラウドは自分の腕の中で大きな泣き声を上げる赤ん坊を見下ろし、それからティファを縋るような目で見た。
「……拾ったんだ。どうしたらいいかな…?」
本当に、心底困ったような顔をして。
赤ん坊なんて、どういう風に扱っていいのかクラウドには全然分からないのだ。
荒野に捨てられていた赤ん坊は、生まれてからまだそんなに日にちがたっていないようだった。
おしめを替えたときに男の子だということも分かった。
ひとしきり泣いた後、今は静かに眠っている。
そして、未だにクラウドの腕の中にその小さな体は収まっていた。
赤ん坊はどういうわけか、クラウドから離れようとしなかった。
ティファが代わりに抱っこしようとしたら、火がついたように泣き出す始末。
マリンやデンゼルが温めたミルクをやろうとしても駄目で、なぜかクラウドの手でやると嬉しそうに飲んだ。
ティファがからかって「この赤ちゃん、よっぽどクラウドパパが気に入ったのねぇ」と言い、クラウドを赤面させた。
赤ん坊のことがほとんど分からないクラウドが一人で面倒を見れるわけがないので、営業している店の一角で彼が赤ん坊を抱いていた。
「いつの間に?」なんてティファとクラウドのことを冷やかす常連客もいた。
その夜は偶然にも元タークスでクラウドたちと浅からぬ因縁もあるレノがセブンスヘブンに顔を出した。
クラウドと赤ん坊、という異色の組み合わせに面白がっていたレノだったが、捨て子や捜し人の情報を集めてきてやるよという、ありがたい協力を得ることもできた。
「今日は早くお店閉めるね」
「ありがとう」
最後の客が立ち上がるところだった。
客を見送った後、ティファが赤ん坊の顔を覗きに来た。
「よく眠ってるね」
「うん。やっと静かになった」
「ちっちゃくてかわいいなぁ」
「…明日の朝まで頼めるかな。眠ってるし大丈夫だと…」
クラウドが腕を動かし、赤ん坊をティファのほうに渡そうとしたら、赤ん坊の顔がむずり、と動いた。
「うわっ」
慌てて胸に戻す。それに赤ん坊は面白いように反応して、また再び健やかな寝息を立て始めた。
「……クラウド、もしかして私にこの子を預けて、自分は帰っちゃおうと思ってた?」
「………」
「クラウドがこの子を連れてきたのに、そんな無責任なことするの?」
「………ごめん」
ティファが仕方のない人、と溜息をついた。
「今日はその子もいるし、泊まっていくこと。夜泣きするかもしれないでしょ?その子もクラウドと離れたくなさそうだし」
「………」
「クラウドの場所、ここにはいつだってあるんだから。忘れないで」
帰ってきてほしい、という願いをこめて。
クラウドは俯いたまま答えなかった。
不意に赤ん坊が腕の中で身じろいだ。
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