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day8:cloudy(afternoon)
クラウドとザックスがセブンスヘブンの扉をくぐったのは正午を過ぎようかという時間だった。
「マジ!?お前あのザックス・フェア!?スゲー、マジで!?」
開店前のカウンター席を陣取っていた二人のうち、赤い髪の男の方がザックスの姿を認めるや否や、彼の元に駆け寄ってきた。目を輝かせながらザックスの周囲をぐるぐる回って「信じらんねー」を連発している。
ザックスはその赤毛の男の少々露骨な視線に若干顎を引いた。じろじろ見られるのはあまり気分のいいものではない。
「えっと、あんた確か…」
顔や黒いスーツは覚えている。もう一人の、席に座ったままこちらを見ているスキンヘッドにサングラスの男のことも覚えているのだが、名前は……。
「タークスの……」
バン、と気安く背中を叩かれた。
「レノだぞ、と。あっちはルードな、思い出したか?」
思い出すも何も、顔をちょろっと見たことがあるくらいで、会話を交わした機会もあまりなかったように思うのだが。
「それにしてもホントにか?お前マジで何日か前にクラウドの腕ん中にいた赤ん坊なのかよ。そんなミラクルありなわけ?」
レノとザックスのやりとりを横目で見ながら、クラウドはカウンターの向こうのティファを見た。ティファがそれに気がついて首を少し傾げて笑った。いつも通りに自分を迎えてくれた彼女に、身勝手だとは思ったが安心したのも事実だ。
クラウドはザックスをその場に置いて、ルードの席からひとつ空いたところに座った。
「何か食べる?」
「食べてきたから…」
「じゃあ何か飲み物用意するね」
クラウドは礼を言ってから、ルードを見た。彼は寡黙な上にいつもサングラスをかけているせいで、表情を読み取りづらい。
「…相棒がうるさくしてすまない」
ルードがぼそりと言った。
「……いや」
「こちらの勝手な感傷かもしれないが、俺たちの遅い仕事のせいで、彼の命を助けられなかったという負い目が心のどこかにあった。だから奇跡でも何でもいい、今彼がこうして存在しているということを素直に嬉しく思う」
普段口数の少ないルードが、今日はやけに饒舌だった。奇跡としか言いようのないザックスの姿を実際に目で確認して、彼もレノ同様心を昂ぶらせているのかもしれない。
「それと一応報告しておくが、捜索願いの出ている乳幼児はいなかった」
「すまない、世話をかけた。礼を言う」
クラウドが赤子姿のザックスを荒野で拾って帰ってきた約一週間前のその日、偶然セブンスヘブンに顔を出したレノに捜索人や気になる情報の収集を頼んだのだのだった。その結果を伝えるために今朝レノとルードは店に寄ったのだが、ティファから思いもしないザックスの話を聞かされることになった。驚いた二人はクラウドとザックスに会うためにここで待っていたのだ。
ティファがクラウドの前に飲み物を入れたグラスを置いた。
クラウドは条件反射のようにそれに手を伸ばしてから口許に運ぼうとして、しかし動きが止まった。中に注がれていたものが意外だったからだ。濃密な白い液体、それは間違えようもなく。
「……牛乳?」
「しっかり飲んで栄養とってね、クラウド。男二人の生活なんて栄養偏りそうで心配だから、せめてここに来たときぐらいは、ね?」
にっこり笑うティファだった。
「………」
素の牛乳をグラスになみなみ注がれて出されたのは初めてだった。
なんだろう。これは遠回りな意趣返し…?
クラウドが何ともいえない顔をしてグラスと睨めっこをして固まっているのを、ティファは舌をぺろりと出して笑って見せてから、ルードのほうを見た。
「私からもお礼を言うわ。色々ありがとう」
「……いや、どうってことは、ない」
なぜかどもりながら、ルードは慌てて手元のグラスに手を伸ばし、それを口許に運ぶ。ピアスがいくつも飾られている彼の耳朶が赤く染まっている…のは気のせいではないだろう。
クラウドは白い液体の上に映る自分の目を見つめながら言った。
「……ルーファウスやツォンに、ザックスのことは…」
「まだ報告していない」
「…しないでほしい」
クラウドの沈んだ声音が気になって、ルードは顔を上げる。そのとき、俯くクラウドのニットから覗くすんなりと伸びた白い首筋に目が行って、そこに明らかに誰かが意図して残したと思われる赤く変色した跡があることに気がついて、ルードは慌てて目をそらした。
「…お、俺たちが報告しなかったとしても、じきに分かることだ」
「分かってる…。狭い街だから噂になったら、あっという間に広がる。ソルジャーの目は目立つし…」
「WROにもか?」
WRO、すなわち世界再生機構。かつてクラウドたちと共にメテオ災害の際、星を救うために戦ったリーブ・トゥエスティが局長を務め、今は星の再生の為に活動している団体だ。クラウドも配達業のかたわら、要請があれば時折その活動に協力している。
「まだリーブにも、他の仲間にも話していない」
「なぜだ?」
ザックス自身の意思がどうかは分からないが、クラウドのほかにもソルジャーの力を持つ者が仲間として一人増える、ということは何かと心強いことなのではないだろうか。
それに何より悪い報せではない。
「……なぜって…、なぜかな……」
クラウドは少し笑った。
「…そっとしておいて欲しい、と思うのは我儘かな……」
「………」
ルードは口を噤んだ。
まだ入り口の辺りではしゃいでいる赤毛の相棒と奇跡の男を見遣る。
静かに。穏やかに。何ものにも煩わされずに。
何かと注目をあび続けてきた星を救った英雄たちを比較的側で見ていたから、ルードにもその気持ちが分からないでもなかった。
店の裏口の扉が開く音がした。
時計を確認したティファが「もうこんな時間」と呟く。
裏の物置場を通って店内に現れた少女は、カウンター席に座っている人物の中に彼の姿を認めると、手に持っていた荷物を放り投げ、走り寄ってその腰に抱きついた。
「クラウド!」
「…マリン、おかえり」
マリンが学校から帰ってきたのだ。
クラウドがすがりつく小さな頭を優しく撫でると、彼女は顔を上げてその大きな瞳を泣きそうに歪めてクラウドを見上げた。
「ティファから聞いたよ。もうここに戻ってきてくれないって。あたしたちのこと嫌いになったの?」
「……そんなわけないだろ」
クラウドはゆるく首を横に振った。
「じゃあどうして?どうして一緒じゃダメなの?ザックスと一緒でもいいじゃない。ここにいてよ、クラウド」
「………」
どう答えればいいのだろう。クラウドは迷う。
「マリン。クラウド困ってるよ」
「ティファだってクラウドと一緒に……」
カウンター席のすぐ側の木製のテーブルに腰を乗せるようにして、ザックスは目の前の二人のやりとりを見ていた。手の中のグラスには飲みかけの、やはり白い液体が入っている。
その隣で椅子に腰掛けてふんぞり返っていたレノがザックスの脛を軽く蹴飛ばして小声で言った。
「大人には大人にしか分からない事情があるんだぞ、と」
ザックスはすました顔をして容赦なくレノの足を踏みつけてやった。
その時になってもう一人、マリンに続いて店に入って来た少年の姿をザックスが見つけた。デンゼルはただいまの挨拶もなく、無言で二階へと続く階段の方へと歩いていく。
ザックスの視界からデンゼルが消える一歩手前で、ちらりとほんの一瞬だけ、少年がザックスを振り向いた。目が合う。
「よ、おかえり〜」
ザックスが笑って片手を上げたが、デンゼルは表情一つ変えずに、そのまま階段を上がっていってしまった。
無視、されたのだろうか。
「………えっと…もしかして俺、嫌われてる?」
意味が分からず後頭部をかくザックスにティファが言った。
「ごめん、難しい年頃なんだよ」
靴を脱いで足の甲をさすっていたレノが見上げる。先程ザックスに踏まれた足がかなり痛むようだ。
「きっとあいつ、クラウドをザックスに取られそうなんで面白くないんだぞ、と。モテる男は罪作り〜ってな」
「…そーいうんじゃないような気がするけど…」
ザックスは首を傾げている。
デンゼルの視線はもっと暗くて自分を突き放すような…。
しばらく考えていて、あ!と声を上げた。
「何日か前に“セフィロスみたいな英雄になるのが夢!”って俺が言ったのが原因か!あん時すっげえ怒ってたし!」
「セフィロスみたいな英雄?おまえそんなこと言ったのかよ。そりゃあ大した失言だぞ、と」
「だって、昔は誰だって思ってただろ。セフィロスは憧れの的だった、目標だった。俺だってニブルヘイムであんなことになる前までは……」
ザックスは目を伏せるクラウドやティファ、そして最後に眉を寄せて自分を見上げるマリンの表情に気づいてから、がっくりと肩を落とした。自分の記憶が完全ではないとはいえ、自分の失言であることは明確だ。
「………知らなかったんだ。今じゃもうセフィロスは英雄でも何でもないってことなんだな…?じゃあ今セフィロスは…?」
「もういないよ」
答えたのはマリンだった。
「クラウドたちがやっつけてくれた。そして星を救ってくれたんだよ」
クラウドの服を掴んだ小さな手にぎゅっと力を入れてマリンはそう言うと、口を真一文字にぐっと引き結んだ。
大人たちは無言だった。
レノとルードが先に帰っていった。店をもうすぐ開けようかという時間で、クラウドたちも帰ろうとして腰を上げたときだった。ティファが「忘れてた!」と声を上げた。
「クラウド、そういえば朝の早い時間に仕事の依頼の電話がかかってきたの。二階の電話の横のメモ。ごめん、すっかり忘れてた」
「分かった。急ぎのじゃなかったんだな?」
「うん。それは大丈夫だと思う」
階段に向かうクラウドにティファが言った。
「…電話、近いうちに引きなおしなよ。そのほうが面倒くさくないよ、きっと」
「……そうだな」
頷いて壁の向こうに消えるクラウドに向かって、もう一度ティファは声をかけた。
「でも居留守はダメだからね」
二階に上がる。上がりきってからクラウドは廊下の奥の扉を見つめた。そこは子供部屋で、中にはデンゼルがいるはずだった。
「………」
クラウドは小さく息を吐いてから視線を外し、手前の部屋に足を踏み入れた。机の上の電話の横に置いてあった紙片に手を伸ばす。ペーパーウェイトのすぐ下の一枚を抜き取った。
内容を確認してから、クラウドは天を仰いだ。
(……。今日中って書いてあるんだけどな……)
依頼主はエッジに住む馴染みの店主だった。これから依頼主のところに行って隣のカームまで…と頭の中で今後の行動を組み立てる。まだ日暮れ前だから今からでも充分間に合うだろう。
「どうだった、仕事」
後ろから声をかけられてクラウドが振り返る。いつの間に二階へ上がってきたのか、ザックスがドアに寄りかかって立っていた。
「今日中の依頼だ。これから行ってくるよ」
「じゃあ俺は家でメシ用意して待ってる。すぐ帰ってこれるんだろ?」
「うん。……?」
何か違和感を感じてクラウドは目を瞬いた。
自分が彼を置いてどこかへ行こうとしたら、いつもの…、今までのザックスならば。
「……今日は付いてくるって言わないんだな」
クラウドの率直な疑問にザックスは笑った。
「仕事なんだろ。邪魔はしない。俺だってそれなりに大人になってんだって。色々…、一人でちょっと考えたいっつーか頭ん中整理してみたい気もするし。……何?もしかしてクラウド、寂しい?」
寂しい…確かに少し寂しいのかもしれない。
「……そうか、大人になるって寂しいんだな……」
本当に寂しそうにそう言うクラウドに、ザックスは「え」という顔になった。「俺が付いていきたいって言わなくて寂しい?」というくだりは、クラウドをからかうつもりで付け足したものだったので、彼がそんなふうにしんみりと本音をこぼしてくれるとは予想もしていなかったのだ。
「え、ウソ、マジで!?クラウド、俺とそんなに一緒にいたいの!?そんなかわいいこと言われたら俺おとなしくなんてしてらんないって!喜んでどこまでも…っ!」
嬉しくて興奮して、クラウドの体に抱きつこうとしたら、足の裏で思い切り蹴り倒された。
「調子にのんなバカっ」
顔を真っ赤にした愛しい人に怒鳴られた。容赦のない愛のムチだった。
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