day7:dance under the stardust





 そうしてクラウドとザックスの二人は、各々適当な武器を携えてミッドガルの廃墟の中に立っていた。
「なあ、だから何も今じゃなくたってさ〜」
 刀身の幅が普通のものよりも広い大振りの剣を地面に突き刺し、両肩をぐるぐると交互に回しながらザックスはまだぶつぶつ言っている。
 二人の為にある二人だけの新居と生活が目の前に用意された今日という日に。
 こんなに嬉しくて幸せな日だというのに。
 こんな時に愛を確かめ合わないでどうすんだ勿体無い!とザックスは至極真面目にそう思うのだが、なぜか目の前のクラウドは色気も何もない顔をしている。
「久しぶりだから色々なまってるんじゃないか。手加減してあげようか?」
 クラウドは指を通した皮手袋の感触を確かめてから剣を引き抜いた。それを軽々と操って構えてみせる。
 その挑発するような物言いにザックスが眉をしかめる。指の関節をぱきぱきと鳴らした後、剣の柄に手を伸ばした。
「分かったよ、仕方ない、付き合いましょ。実感薄いけど一応おまえソルジャーの後輩なんだし、俺も先輩としては負けてらんないで―――、っ!?」
 何の前触れも合図もなく、唐突にそれは始まった。
 風が動いた、と感じたときにはクラウドはもうザックスの懐に飛び込もうかという距離に迫っていた。
「!」
 クラウドの剣の切っ先が右下から左斜め上へと振り抜かれるよりも先に、ザックスは手にした剣でそれを止めた。重さを感じる衝撃が刀身から伝わり柄へと響いてくる。
「…いきなり本気モード?」
 ザックスは口許をにやりと歪めた。
 今の一撃で、平和にゆるんでいた自分の感覚や細胞が音を立てて覚醒していくのが分かった。戦いの本能を思い出す。
「ザックス、手加減しようとか思わないほうがいいよ」
「言うようになったじゃねえか!」
 ザックスが力でクラウドの剣を押し切った。後ろに跳びすさったクラウドが着地するのを待たずに剣を振りかぶる。しかしそれもクラウドの剣に器用に受け止められた。
「止めるだけじゃ甘いって!」
「っ!」
 空中では重さのある剣の衝撃を逃がせる場がなかった。クラウドはその威力を諸に受けて後方に吹き飛ばされる。
 突き出た鉄骨に身体が打ちつけられる前に体勢を立て直したクラウドが顔を上げると、もう眼前にザックスがいて、身体ごと回転させるようにして真横から剣を振り回してくる。竜巻のような風が起こった。
「もーらい!」
 クラウドは咄嗟に地面に手をついて体をかがめると、下から目の前の無防備な腹を靴底で蹴り上げた。宙に浮いた身体をザックスはくるりと身軽に回転させて少し離れたところに着地した。二人の間に距離ができる。
 ザックスは息を大きく吐き出し、剣を再び両手で構えた。口許に笑みが浮かんでいる。
「……おまえスジはいいって思ってたけど、ホントに強くなったなあ」
「本気出してないだろ」
「んなことないって。でもなんかさ…、うん、こういうの悪くねぇな。俺嬉しいよ。おまえとこんなふうにやり合えんのってすっげえ楽しい、感動する」
「………」
 剣の切っ先をザックスの方に向けたまま、クラウドは片足を後ろに引き、いつでも動けるように腰を落とした。
「アンジールあたりにおまえ見てもらったら面白かったかもな。あ、アンジールってソルジャーの先輩で俺すっごい面倒見てもらった…って、あれ、クラウドもアンジール知ってるか?」
「……今はおしゃべりの時間か」
「俺が昔使ってたバスターソードな、ほら刀身がこれより広くてでっかい包丁みてぇなヤツ、あれ実はアンジールから譲り受けた剣だったんだ。なんか色々…って、クラウド?」
「………」
 クラウドの表情が曇った。視線が落ちる。
「どうした?」
「……何でもない」
「何でもないってことはないだろ。どうした?」
「………。今は、」
 しばらくの沈黙の後、俯いたままクラウドがぼそりと零す。不意に顔を上げ、彼の足が地面を蹴った。ザックスもそれに反応して踏み出した。
 刃と刃のぶつかり合う音が辺りの空気を振動させた。
「勝負に集中しろ」
「怒った?ごめん、はしゃぎすぎてんの自覚してる」
「だったら!」
 目にも止まらぬ速さで次々と繰り出されるクラウドの剣をザックスは全て受け止めていく。負けじとこちらからも仕掛ければ、クラウドもザックスの剣を受け流した。
(スゲ。互角かも。つうか…)
 彼の剣の軌跡を目で追い、観察する。
(俺はどっちかっていうと力押しが基本だけど、クラウドは力っていうより…)
 力の入れどころと抜きどころを心得ているというか、無駄のないスマートかつ最小限の動きで剣を繰り出してくる。
(どうしよ。ホントにこいつ、すげえよ)
 昔神羅にいた頃、やはり彼と手合わせをしたことがあった。まだ少年のあどけなさを外見に残していたあの頃のクラウドは、今の彼より背も低く体も細く薄っぺらかった。あの時、彼は細い腕で剣を握り向かってきた。ソルジャーの自分に敵うべくもないが、武器を扱うセンスはあの頃から良かったように思う。がむしゃらな気負いと負けん気の強さはひどく記憶に残っている。
(努力したんだろうな)
 頑張り屋のクラウドのことだから、きっと凄く努力して自分の夢を叶えたのだろうと思った。


 星空の下、二人はまるでダンスを踊るかのように跳ね回った。
 空気が、大地が、二人が風や砂塵を起こすたびに、歓喜に震えた。
(このままずっとこうしていてえな)
 実際いつまでもこの時間が続くのではないか、とザックスの昂ぶった心はそう感じた。
 だけど、とも思う。
 何度かクラウドと打ち合ううちに、微妙な違和感を感じ始めた。時折彼の剣が「ぶれる」ような気がするのはきっと気のせいではないだろう。
 例えば足を踏み込んだとき。微かにしかめられる眉と揺れる身体。コンマ数秒、動きが鈍っていると感じた。
 自分の剣を受け止めたときも同様に、自分が予想したものより、ほんの数秒ほど相手の動きが遅いような気がする。
 剣をしばらく交えれば、その経験上ザックスは相手の力量も推し測ることができた。故にクラウドのその「ぶれ」が気になった。
(これは……)
 その理由、原因をザックスは考え、ある答えに突き当たった。自分としたことがすっかり失念していた。
(……そうだよな。俺のせい、か)
 クラウドに無理させたのは自分か、と自嘲した。

(そういうの、分かっちゃったらどうしようもねえな)
 だったら、とザックスはクラウドにかわされた一振りから自分の体を回転させ、続けて振り向きざま、下部から渾身の力をこめて上へと剣を振り上げた。クラウドの剣の鍔の辺りを打ちつける。強い衝撃にクラウドの手から柄は離れ、跳ね上げられた剣はくるくると回転しながら少し離れた地面に突き刺さった。
「!」
 はっとしたクラウドが、腰を下げ手早く腰の後ろに隠すようにしてさしてあった短剣の柄を掴み引き抜こうとしたところに―――ザックスの剣の切っ先がクラウドの顎の前にひたりと据えられた。
 そうして勝負はついたのだった。


「……やっぱり俺の負けか」
 ザックスが剣を引いた後、クラウドは溜息をつきながら立ち上がった。
 顔を上げれば、ざく、とザックスが地面に剣を突き立てるのが見えた。
「帰ろう。クラウド」
 ザックスの手が目の前に差し伸べられたが、クラウドはその手を取る気持ちにはなれず、自分の剣を拾いに向かった。鞘におさめてから背中に戻し、また溜息をつく。
(昔からザックスに勝てるなんて思ったこと、そういえば一度もなかったな)
 なぜだろう。無条件に、自分は彼に負けている、といつも思ってしまっている。彼の背中はいつだって自分が追いかけるべきものだった。自分はこうありたい、と願うもの。多分それは今も変わらないような気がする。
 そして実際クラウドはザックスに何事でも勝てた試しがないのだった。
「ごめん、クラウド」
 背中からザックスが腕を回してクラウドを抱きしめてきた。
「……別に謝ることじゃないだろ。俺が弱いだけだ」
 謝られると惨めな気持ちになる。それでも背中に感じる体温を嫌だと思わないのが不思議だった。
「そうじゃなくて、また今度ちゃんとしようぜ。仕切りなおし」
「?」
 ザックスの言っている事の意味が分からずクラウドが振り向こうとしたら、ザックスが体をわずかに後ろに引いて腕の中の体を更に深く抱きこんたので、クラウドは少しよろめいた。左耳、シルバーピアスが鈍く輝く耳朶の下辺りをザックスの吐息がかすめ、途端にクラウドは後ろの男の存在を強く意識する。
「今度はおまえの体調が万全のときにやろう」
「え…」
 別に体調なんて、と言い返そうとするクラウドをザックスは遮った。
「昨日無茶苦茶したもんな。悪ィ、すこんと忘れてた。今日だって昼頃まで、おまえ起き上がれなかったのに」
「……っ!」
 ザックスがやんわりと遠まわしに言っている事の意味を、さすがのクラウドも正確に理解した。かあっと顔に血が上るのがクラウド自身にも分かった。
「な、なに馬鹿なこと言ってんだ!俺はもう全然平気だっ!」
 明らかに目に見えてうろたえている腕の中のクラウドは、じたばたと手足を動かして抵抗しだした。
「こら、暴れんな」
「こんな屈辱…っ、じゃあ今のも俺を気遣って手を抜いてくれたって訳か!?」
「バカ、それは断じてねえって。俺の背中預けられると思うくらい、おまえは強くなったよ。すげえよ」
「………」
 腕の中のぬくもりが抵抗をやめて急に静かになった。しばらくしてから、ぽつりとクラウドは呟いた。
「………嘘言うな」
「嘘じゃねえって。だから今度はちゃんとおまえが全力出しきれるときに、俺としてはもう心置きなくやりてえな、とか思うわけ。フェアにさ。な、クラウド、どうだ?」
「………」
 ややあってから、こくんと小さくクラウドは頷いた。
 その仕草がかわいくて、ザックスは首筋にキスをした。意地っ張りで負けず嫌いでどうしようもなくかわいらしい、このぬくもりを今日も腕に抱いて眠ろう、と思った。





 星空を眺めながら二人は手をつないで家までの道を歩いた。
 手を離して欲しいとクラウドは訴えたが、ザックスはそれに笑って返すだけで受け入れなかった。手を引っ張ってどんどん先に歩いていく。
 そしてエッジの建物が見えてきた頃、ザックスは呟くように言った。
「……ティファに、謝んねえとな」
 クラウドは俯けていた視線を上げた。相変わらずザックスは自分に背を向けたままだったので、一瞬それが自分の空耳かと疑ったが、続けて彼の声が聴こえてきた。
「俺今日すっげえ嫌なヤツだったかも。でも俺クラウドのことだけは譲れねえから」
「……?」
 ザックスの言いたいことが分からずクラウドがぼんやりしていると、反応が返ってこないのを気にしたのかザックスが肩越しに振り返った。
「ティファ、おまえのことが好きだったんだろ?」
「ああ…」
 そういうことか、とやっと納得する。
「俺も…ティファに酷いことした……」
 辛いときに側にいてくれた彼女の優しさに甘えていた、とクラウドは自覚している。曖昧な態度を取って彼女を振り回してきた。どれもこれも自分の脆弱な心のせいだ。
「ちょっとだけさ…、いや物凄くかな、俺ティファに嫉妬してるのかも」
「嫉妬?」
「彼女の方が俺よりもおまえの近くにいるような気がして、そんな彼女が羨ましくて…、焦りとかさ」
「……あんたが焦ることなんて」
 ザックスはうん、とひとつ自分に言い聞かせるように頷いて、クラウドと手をつないでいない方の肩に担いでいた剣を軽く動かした。空を見上げる。
「頭では色々分かってんだけどさ、まあどうしようもないこともあるわけだよ。記憶が中途半端なのも関係あんのかな。でも全部思い出してもやっぱおんなじような気もすっけど…、あ、そっか、要はクラウドがモテるのがいけないんだな」
 俺のクラウドなのにな、とザックスは唇を尖らせて言った。
「……んで、聞かないんだ」
 クラウドが足を止めた。彼の手に引かれて、ザックスも止まる。
「ん?」
「どうして俺に何も聞かないんだ。聞きたいことあるだろ。まだ思い出してないこと、気になってること沢山あるだろ」
 それはクラウドがずっと気になっていたことだった。
 ザックスは何も聞かない。
 ミッドガルがなぜこんなふうに壊れてしまったのかということさえ聞いてこない。
 周囲にいた同僚や友人たちが今どうしているのか、気にならないはずがないだろうに。
 そして自分のことでさえ。
「聞かれたら、俺ちゃんと答えるよ」
「……うん」
 重ねた掌からクラウドが緊張しているのが伝わってきた。唇を引き結んで顎を引いて、何かを堪えているような表情だ。
(クラウドにそんな顔をさせてるのが俺なのか)
 だから聞けないのだ、とは本人には言えない。
 本当に、知りたいことなら山ほどあった。それでも。
「放っといたって、そのうち思い出すんだろ。だったらいいよ。今分かんないことがあったっていい」
「ザックス、だって…」
「俺はおまえがいてくれればいいんだ、クラウド」
 手を、強く握った。

「俺の傍にいてくれ」


 本当は知りたい気持ちと同じくらいに不安が心に渦巻いている。
 アンジール。彼はもういない。
 ジェネシス。俺は彼と決着をつけることができたんだろうか。
 セフィロス。俺が憧れた英雄。彼は今どうしているのだろう。
 エアリス、シスネ、ツォン、レノ、ルード、カンセル……。無事でいるんだろうか、今どこにいる?
 だけどごめん。何よりも、誰よりも、どんなことよりも大切なのはクラウドなんだ。クラウドだけいれば、きっと他の事は耐えられるから。


「……うん。あんたが俺を必要だって言ってくれるなら」

 クラウドが俯きながら言った。
 なぜそんな顔をするんだ、と聞きたくても聞けない。
 自分のせいだろうか。自分が彼に辛い思いをさせているのだろうか。答えを聞くのが怖い。
(だけど今の俺にはおまえだけなんだ)
 自分を不安にさせるのも安心させてくれるのもクラウドだけだ。
 だからどんなことがあっても彼を手放すつもりはない。これだけは誰にも譲れない。ただの自分のエゴかもしれないけれど。
 握り返される手のぬくもり。こんなにも愛おしく感じる彼を、手放せるわけがない。

(……ごめんな、ティファ)
 もう一度、ザックスは心の中で彼女に謝った。


 遥か上空で星がひとつ、流れた。





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