prologue





 星の命に包まれている、と感じる。
 淡い翠色の光の洪水。
 その圧倒的なエネルギーの中を彼女と彼は漂っていた。
 それは生きとし生けるもの全てが回帰する場所。
 無数の魂が集まり、また解けては流れ続ける場所で。


「もうダイジョウブって手を振ってさよならしたのに、まだ気になってるんだ?」
「ん〜。気になってるって言うかさ…」
「未練タラタラって顔、だね?」
「ひさしぶりに近くで顔見れたら、なんつーか…」
「ここで飽きもせずにずうっと彼を見下ろしてばっかなんだから。そんなに好き?」
「………」
 お見通しかよチクショウ。彼はそう言って決まり悪げにそっぽを向いた。
「あなたっていっつも調子のいいことばかり言う明るくて子供みたいな人だった」
「俺年上なんだからさ、子供って言うなよ…」
 声がすねている。
「気まぐれに人を照らしたり隠れたり、太陽みたいな人だって思ってた」
 そして、わたしの初恋だったんだよ、と彼女は続けた。
「……嬉しいよ。生きてもう一度あの後に会ってたら全然違ってたかな、俺たち」
「どうかしら。だってもうあなたは彼に会ってたんでしょ。わたしの入り込める余地、ないんじゃないかしら」
「んーーー……」
 真剣に考えている彼に、彼女が苦笑した。
「酷いな。ここはお世辞でも「そんなことないよ」って言ってくれたっていいのに」

 もう何年も前のこと。束の間共有した時間に思いをはせる。
「一緒に花売りのワゴンを作ったの、楽しかったよな…」
「壊れちゃったワゴン、あなたになおしてもらいたくてずっと待ってた」
「俺も色々あったわけだけど、手紙…、いっぱい書いてくれたんだよな。ごめんな」
「デート1回、の約束覚えてる?」
 瑞々しい思いが胸によみがえる。あの頃の自分たちはまだ幼くて何事も手探りで必死だった。
 あれから時が流れ、自分を取り巻く環境も全く違ってしまった。
 もう、あの頃には戻りたくても叶わない。


「……わたしも、彼のこと、好きになりかけてた」
 思い出話も途切れて、しばらくしてから、ふと彼女が呟いた。
「不思議だね。あなたと同じように、教会の屋根を破って上から落ちてきたの」
「あいつが?」
「最初はね、仕草とかがあなたにそっくりで凄く気になったの。でもだんだんそうじゃなくなって」
「……なんか複雑な気分」
「ふふ。ゴールドソーサーの観覧車に彼と乗ったの。二人で見た花火、わたし忘れない」
「………」


 地上を見下ろした。
 彼はまた、あの荒野の丘に独り立っている。
 もう振り切れたのだと思った。彼の心を縛り続ける罪の意識から解放してやれたと思った。
 なのに彼はまだあの場所に立っている。
 カダージュの一件がひと段落ついたとき、彼はぎごちないながらも笑顔を見せた。
 それを見て、ああもう大丈夫だ、そう思ったのに。

 以前の彼は、少なくとも一緒にいた神羅時代の彼は、自分の横で笑顔を見せてくれていた。
 不器用でぶっきらぼうな彼が、ときおり覗かせる気を許したようなその表情が好きだった。

「彼の笑顔、もっと見たいよね」
 自分の心を読んだかのように彼女はそう言った。
「わたしも、見たい。彼の笑顔、取り戻したい」
 俺だって、と思う。俺だってそれを願ってる。いつだってどんなときだって。

「たぶん、できると思うんだ」
「どうやって?」
「あなたが彼の側にいてあげればいいんだと思うの」
 心はいつだって彼の側にいる。でも見守ることしかできない自分がどうやって?

「還りたい?」
 地上に還りたい?

 そんなことできるわけないだろ。
 だって俺はもう。

「絶対成功するって断言できないけど、みんなの力を借りれば、できるかもしれない」

 星の力。
 圧倒的な力の奔流。その力を借りて。


「わたしだって一生に1回ぐらい我儘言っても罰当たらないよね。だからね」
 勝手に独りだって決めつけて、泣いている困ったさんに、わたしからのとびっきりのプレゼント、贈りたい。

 大好きな2人が幸せになれますように。
 もう、泣かなくてもいいよって。

「エアリス……?」
「ばいばい、ザックス」


 直後、彼の体は幾千幾億もの温かく力強いエネルギーに包まれ、落下していった。





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