まどろむ朝、夢の中の君は 1





 白いシーツの上で身じろぐ。
 目が覚めた。
「……?」
 熱いくらいの熱がすぐ近くにあるのに気がついた。それすっぽり自分を包んでいる。
 視界がぼやけるくらいのすぐ目の前に何かがあって、ぼんやりする意識のままクラウドは視線を辺りにさまよわせた。そしてだらしなく口を半開きにして寝息をたてている友人の寝顔にたどりつく。
 そういえば、昨夜は彼と一緒だった。
 久しぶりに夕食をともにして、そのあともくだらない話で盛り上がり、彼の部屋へとなだれ込んだあと、いつの間にか眠ってしまったらしい。
 なぜか自分の肩の上に乗っかっている彼の、ザックスの腕をやんわりと外すと、クラウドは毛布の下から這い出してむくりと体を起こした。
 部屋の中はすっかり明るい光に満たされている。
 とても暖かく優しい空間だが、今何時なんだろう…と急にクラウドは不安になった。
 今日は休日でも何でもない、仕事に行かなければならない日だ。ここでまだすやすやと気持ち良さそうに眠っている彼がどうかは知らないが、少なくともクラウドはそうだった。
 時計を求めて壁やチェストの上を探したが、この部屋には置いていないのか、それらしいものは見つけることができなかった。仕方がなくクラウドはベッドをおりて寝室から出ようとしたが、そこでふと自分の格好に気がついた。
 ペールブルーのショートパンツにサイズの大きいだぼだぼのTシャツ。
 自分のものではない見慣れない服を着ている。
「…?」
 自分で着替えた記憶がないから、それでは彼が着替えさせてくれたのだろうか。首をかしげながらまだ眠っているザックスを見た。彼はまだ眠っている。
 …そうなると自分の服はどこにあるのだろうと寝室の中を見回すが、どこにも見当たらない。
 とりあえず時間を確認したいし、服を探さないとと思ってベッドからクラウドが降りようとしたとき―――ぬ、と何の前触れもなく後ろから伸びてきた腕に腰を捕えられた。有無を言わせぬ力で引っぱられ、クラウドはベッドの上にまた転がってしまった。
「っ、え…!?」
 伸びてきた腕、というのは当然ザックスの腕だ。
 クラウドが密かに憧れて、いつか自分もこうなりたいなと思っている男らしいむき出しの腕がクラウドの体を優しく包む。
 驚いたクラウドが目を丸くしている間に、彼の手はクラウドの後頭部を優しく引き寄せた。
 そして。

「!?」

 凄く近くにザックスの顔が近づいて。
 近すぎてぼやけて見える彼の黒い睫毛が。
 いや、そんなことよりももっとびっくりしたのは。

 キス、されたということ。

 合わさったそれが離れて、目を閉じたままザックスはふにゃりと優しく笑った。
「…おはよ……」
 彼の腕がクラウドの体を抱き締める。
 二人の体がぴたりとくっついて、伝わってくる体温と感触とで、ザックスが毛布の下、どんな格好をしているのかがクラウドにも分かった。手で触れた彼の裸の胸、ぶつかる膝同士の、さらりとした肌の感触。
 キスされてしまったことや、思いがけない直接的な熱の接触に意味もなく動揺してクラウドは固まってしまった。状況がよく理解できない。

 勝手に速まる鼓動。
 クラウドの耳元でうるさいくらいに音を立てている。
 そういえばこんなに間近で彼の顔を見るのは初めてだった。
 綺麗に真っ直ぐ通った彼の鼻筋が目と鼻の先にあって、吐息さえ触れそうな距離だ。
 あの唇が今さっき自分に…なんて思うとクラウドはどうしたらいいのか分からなくなって困った。
 キスなんて…そう、何も初めてのことじゃないけれど。母が昔ほっぺたや額にしてくれたことをクラウドは思い出す。おはよう、いってらっしゃい、よくやったわね、おやすみ…そう言って優しいキスをくれた。そうだ、今のザックスのキスだってそれに違いない。ただの挨拶で、別に変に意識するものじゃ…。

 …でもどきどきする。どきどきして仕方がない。

 そのとき、クラウドの腰にまわっていたザックスの腕が動いて、クラウドの背中をゆっくりと撫で上げた。少し力をこめてクラウドの体をさらに引き寄せると、その白い首筋に鼻先をこすりつける。肩口に柔らかいものが触れて本当に彼の息がそこにかかって…これにはクラウドも驚きに体を跳ね上げ、声を上げてしまった。
「え、わ…!?」
「…………ん?」
 色気も何もない大声に、ザックスがやっと片目だけを薄く開いた。
 蒼くぼやけた目が、腕の中のぬくもりを見つめる。クラウドが焦りながら汗の滲んだ手のひらで目の前の胸を突いて離れようとすると、容易くザックスの腕はクラウドを解放した。
「……あれ…?」
 かすれた声がその口から漏れる。
 ザックスは目をぱちぱちとさせて、自分の胸から逃げ出したクラウドを不思議そうな顔で見上げた。
 対してクラウドは羞恥に顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。
「…クラ…ウド…?」
 その間の抜けたザックスの表情を見て、クラウドは瞬時に理解した。
「…あ、あんた、寝ぼけんのも……っ」
「え…、俺……あれ? あれれ?」
 要するに寝ぼけてクラウドを誰かと勘違いしたのだ、この男は。おそらくは恋人と。
 朝同じベッドで起きて、おはようのキスを。
 恋人とは当たり前の、ザックスが自然にやっている習慣なのかもしれない。
 ザックスの方も、唇をごしごしと怒ったように手の甲で拭い、もう片方の手で首筋を押さえているクラウドを見ていたら、徐々に意識がはっきりしてきたらしく、自分のしでかした所業を何となく思い出したらしい。
「…って、俺、マジでやっちまったとか…? お前に…、え??」
「……っ」
「…ウソ、俺抱き締めて、キ…」
 眉を情けなく下げてゆっくり体を起こすザックスに、クラウドは枕を引っ掴んだ。彼に向けて思い切り振りかぶる。
「ねっ、寝ぼけてたんならそのまま思い出すなーっ!」
「おぶっっ」
 力いっぱい投げつけた枕は、ザックスの顔に見事に当たって跳ね返った。










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