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CALL ME 08
「ザックス、これ以上あんたを困らせるつもりはないよ。話、ちゃんと聞くから、俺」
クラウドは深く息を吸い込んでから、ザックスと正面から向かい合った。
どんなに嫌だと思っていても、そのときはやってくる。
それが今だというのなら、自分は受け止めるしかないのだとクラウドは覚悟を決めた。
なぜか自分でも驚くほどに心は穏やかに凪いでいた。
こんな風に終われるのなら、きっと悪くはない。よかったとさえ思える。少なくともザックスの前でみっともなく醜態をさらさなくてもすみそうだったから。
「ああ、そうだった、話…、話な」
ザックスの表情に、にわかに緊張感がさした。真剣な顔でクラウドに向き合う。
二人の間に冷えた風が吹きぬけた。今夜は大分気温が下がっているのかもしれない。
クラウドが固唾を呑んで次の言葉を待っていたとき、勢いよくザックスの頭が降り下げられた。
そして辺りに響き渡るような大きな声が続く。
「あの晩は本当にごめんクラウド!!!」
クラウドは驚いて思わず一歩後ろに下がってしまった。
ザックスはそう言ったきり、頭を下げたまま動かない。クラウドもどうしていいのか分からずに戸惑った。
「…あ、うん。それは別に……」
「ごめん、ごめんなクラウド!!」
「分かったから。それは俺が悪かったんだし、いいって言っただろ…」
「クラウドは悪くないっ! 俺が…っ」
「もういいって。それはいいから、それで…?」
もう本題に入ろうよと促すクラウドに、ザックスは少しだけ頭を上げて上目遣いにクラウドを見た。眉をしかめながら首を傾げる。
「それでって、…何?」
「え…、だからそのあと…」
「そのあと? あとに何があるんだ」
「……」
怪訝な顔でザックスがクラウドの顔を見つめ返す。
ザックスが今夜クラウドに話したかったことが、本当にその謝罪の言葉だけだったとはクラウドは信じられず、自分が予想していた別れの話を自ら持ち出した。
「…友達はもうやめるとか…そういう話…」
俯きながら言いにくそうにクラウドがそう言うのに、ザックスはぎょっと目を剥いた。
「えっ!? やめたいのかクラウド!?」
「………」
やめたいわけじゃない、決して。
でもそうなっても仕方がないことを自分はしてしまったのだ…。
クラウドは目をぎゅっと瞑り、唇を噛み締めた。
別れの話を本人と面と向かってするのは、やはりいい気持ちがしないのは誰だって同じだろう。クラウドが話を切り出したことで、ザックスにとっては少し喋りやすくなったかもしれない。そうであればいいとクラウドは思う。
「…まあ、トモダチ…、は確かにやめたいかな…」
閉じた視界の中、ぼそりと呟いたザックスの声がやけにはっきりとクラウドの耳に飛び込んできた。
トモダチ、ヤメタイカナ
「……っ」
心臓に冷水を浴びせられたような衝撃がクラウドの身体を駆け抜けた。
自分の身体なのに、全身が重たくなって息をするのも苦しくて、自分の身体じゃなくなったみたいだった。
分かっていた言葉なのに。
覚悟していたはずのに、やっぱり悲しい。
でも仕方がない。
彼に嫌な思いをさせたのは自分。
自分が悪いのだから…。
意識をしていないと両足から力が抜けそうに頼りなかった。握り締めたクラウドの手のひらにじわりと嫌な汗が溜まる。
「………」
でも、いつまでも俯いているわけにはいかない。
黙っているわけにはいかない。
最後ぐらい、彼をなるべく困らせないように。そうしたいから。
そう思うのはザックスのためでもあるけれど、それはクラウドの小さなプライド。意地だった。
顔を上げよう。
―――最後だから。
「……今まで」
声が震える。だけど言わなくちゃいけない、彼に言いたい言葉。
「…今までありがとう、ザックス」
俺はちゃんと笑えてる?
涙が溢れてきて邪魔をする。視界が歪む。彼の顔がぼやけて見えない。
最後なのに、覚えておきたいのに。
洟が垂れそうになってクラウドが咄嗟にすすり上げると、その拍子にこらえきれずに溜まった涙が目尻から溢れた。一度頬の上を落ちてしまったそれは、堰を切ったように次から次へと流れ続けた。
「く、クラウド、お前何…っ」
慌てているザックスの声。
ごめん。泣くなんてみっともないけれど、涙が止まらない。
だけどこれだけは伝えたいから言わせて欲しいんだ。
クラウドはひきつる筋肉をどうにか動かし、涙に濡れた顔で精一杯彼に微笑んで見せた。
「ありがとね、ザックス。俺なんかと今まで付き合ってくれて。友達だって言ってくれたこと、本当に凄く凄く嬉しかったんだよ」
―――今でもどうしてザックスが自分と友達になってくれたのかクラウドには分からない。
ザックスと会う以前、それまで自分はこの先もずっとひとりなんだと思っていた。
幼い頃、故郷では同年代の子供たちが楽しそうに笑い合い遊んでいるのをいつもクラウドは遠巻きに見つめているだけだった。
あんなどうでもいいことを話したり幼稚でバカみたいな遊びばかりしてる彼らをくだらない、そう思いながら、あの輪の中にもし入れるのなら…とも思っていた。ただその方法がクラウドには分からなかっただけだ。自分から寄って行って、声をかければいいのか。でも皆に変な顔をされたらどうしよう、受け入れてもらえなかったら…ずっとグルグルそんなことばかりを考えて、結局クラウドはその場から動けず、彼らとの間の実質的な距離を自分から縮めることは出来なかった。
ミッドガルにひとり出てきて、何かが変わるかもしれない、自分を変えられるかもしれない、そんな期待もあったけれど、石や鉄に固められた町の印象は冷たくて、そこに住む人間もどこか冷めていた。
その中で生活していたら、ひとりであることもさほどクラウドは気にならなかった。
挨拶を交し合う程度の同僚はいる。
宿舎で同室のカインや先輩のスティーヴのようにクラウドを気にかけてくれる人もいる。
昔と比べれば、今、クラウドの周囲には人が沢山いた。
心を開いて話せる人はいなかったけれど、自分が孤独だと感じることはなくなっていた。
それでいいじゃないかと感じ始めた頃―――クラウドはザックスに出会った。
任務の際のちょっとしたアクシデントのおかげで彼と話す機会を得た。
目的地まで長く遠く続く白いばかりの雪道を歩きながら、互いの出身地の話題で盛り上がった。
彼に話を突っ込まれたり、笑われて肩を叩かれたり、ヘルメットを脱いでいた頭を髪の毛がくしゃくしゃになるまでかき回されたり。それらはクラウドにとって今までほとんど体験したことがない他人とのやりとりで、少し戸惑ったが全然嫌な気はしなかった。
普段は接点が少ない、ソルジャーである彼とのそんな親しみの混じる接触は、ほんの一瞬、その場限りのことだとクラウドは考えていたが、その日が過ぎても、驚いたことにザックスはプライベートでクラウドに接触してきた。
彼がそうしてくれたことが、今日までの彼との楽しい日々に繋がっている。
どこで調べたのか、クラウドが住んでいる一般兵用の宿舎にザックスが前触れもなく現れ、クラウドの部屋のドアの前で待ち伏せしていたことがあった。真夜中、宿舎の外壁をよじ登ってきたらしい彼に窓から誘い出されたこともある。休日に誘われて外を連れまわされたり、一日中ザックスの部屋でだらだら共に過ごしたり…一冊のバイク雑誌を二人で覗き込んで、額を突き合わせながらバカみたいに熱く語り合ったりしたこともあった。
幼い頃、遠巻きに見て馬鹿にしていたあの子供たちと同じことを自分はしているのかもしれないのに、クラウドの心はやけに弾んだ。あのとき、彼らの中に自分から入っていたのなら、こんな風に楽しかったのだろうか。それとも相手がザックスだから…?
「だってトモダチだろ、俺たち」
いつだったか、ザックスがそう返してくれたことがあった。
トモダチ。
その四文字が心の中に沈んでクラウドの心にぽわんと温かい火をともした。素直に嬉しいと感じた。
ザックスはクラウドに、それまで知らなかった様々な感情を教えてくれた。
それだけでも十分――クラウドにとっては十分すぎるくらいありがたいことだった。
誰かと共に過ごす時間、誰かと分かち合う喜び、驚き、悲しみ、怒り。
くだらないことなんかじゃない、とても素敵なことなんだと彼に教えてもらったから…。
だから最後は笑って、彼にありがとうという気持ちを伝えたかった。
「……っ」
こんなときにザックスとの様々な思い出が脳裏をよぎり、涙が止まらない。
顔を上げていられなくなってクラウドは俯いた。
足元のコンクリートにクラウドが落とした涙が次々と落ちて黒いシミをつくった。
「…そんなにイヤだったのか、クラウド…」
低く沈んだザックスの声がした。溜息が聞こえてくるようだった。
「…え?」
言われた言葉の意味が分からず、涙を手の甲で拭いながらクラウドは再び顔を上げる。
ザックスは目を伏せていた。額に落ちた前髪が冷たい風に吹かれて揺れている。その肩が幾分下がっているように感じられた。
「…ザックス…?」
「俺から離れたいって…やっぱりそう思ってんのか」
何かを思いつめているような声音だった。
「何言って…、だって友達やめたいってザックスが言って…」
ザックスは力なく頭を横に振った。
「やめたいよ。俺はその言葉に縛られて、動けなくなっちまったから」
「……?」
やはり何を言われているのか理解できなくて、クラウドが彼の俯いた顔をじっと見ていると、ザックスが不意に顔を上げた。その表情には悲愴感さえ漂っていて、クラウドは驚く。
ザックスは、まるでどこかが痛むとでもいうような顔で、唇を真一文字に引き結び、クラウドを見つめる。
クラウドは泣くのも忘れ、涙で濡れた目を大きく見開いた。真剣な彼のその表情から目が離せなかった。
「聞いてくれ、クラウド」
「う…、うん」
「…本当は言うつもりじゃなかった。お前を困らせるだけだって思ってたから…、だけどあの夜のことがあって…」
びくりとクラウドの体が揺れた。それを見てザックスは微かに目を細めた。
「悪かった。俺、お前のこと傷つけて…、お前が俺のことイヤんなったり、さけたりしたって、それは自業自得だ。自分でも分かってる、最低だった」
そんなことはない。イヤになったりなんかしていない。ザックスは最低なんかじゃない。
クラウドはすぐさま否定しようとしたが、ザックスがそれを遮った。
「だけどクラウド、それでも俺は、お前を手放すつもりはないんだ」
伸ばしたザックスの手がクラウドの肩に触れる。
衣服の上からだったのに、彼の指先の熱がクラウドの肌に伝わったかのような錯覚を覚えた。
「はなさない」
肩を掴むザックスの指に力がこもる。
クラウドは目の前の顔をただただ見つめ返した。
こんな風にふざけたところがまるでない表情、眼差しを彼に向けられたのは、思えば初めてのことだった。
蒼い双眸に偽りのない光と静かに燃えるような熱を感じて、クラウドの胸はざわめいた。
「一緒にいて欲しい。これからも」
微塵の迷いもない、真っ直ぐな響きがクラウドを貫く。
聞きようによっては、まるでプロポーズのようにも聞こえる言葉をザックスはクラウドに告げた。
だけどクラウドはその言葉の真意をはかりかねた。
一緒に? この先も?
「…どういう意味? 友達やめても一緒にいるの…?」
それは何のために?
「友達じゃなかったら、何のために俺はザックスの側にいればいいの?」
友としてでないなら、仕事の仲間として? 部下として?
だけど何の取り柄もない、平々凡々な一般兵の能力しか持っていないクラウドが、彼の何の役に立てると言うのだろうか。
「違うんだ、クラウド。そういう意味じゃない」
ザックスは伸ばしていた腕を引き寄せた。
混乱していたクラウドは、自分が彼に抱き締められたのだということに気づくのが遅れた。
「…っ」
クラウドに覆いかぶさるようにして彼の背中に両腕を回し、力をこめてザックスは小柄な身体を抱き締めた。
左頬に当たるザックスのシャツの感触にびっくりしてクラウドが体を離そうとするが、がちりとザックスに捕まえられていて逃げられない。
密着した二人の身体。ザックスから伝わってくる熱が、改めてクラウドに肌寒さを思い出させた。思わずぶるりと身体を震わせると、「怖がらないでくれ、頼むから」という声がクラウドの耳元でした。クラウドの身体の震えを、自分を拒絶してのものだと誤解したらしい。
「ざ、ザックス今のは違…」
「好きだ、クラウド」
「、…え?」
「好きなんだ、愛してる」
矢継ぎ早に言われた言葉にクラウドは目を瞬いた。自分の耳を疑った。
ぎゅうぎゅう力のこもった腕に胸が苦しいほどに抱え込まれる。
鼻先に、どこかで嗅いだ記憶のある匂いがした。それがザックスの匂いだとクラウドは思い出した。
「だからお前に拒まれるのは…、避けられるのは辛い。離れていくなんて許せない」
思いがけないザックスの告白にクラウドの頭の中は真っ白になる。
好きだ、愛してる、それらの言葉が鈍くクラウドの中に響いて、ゆっくりじわじわと全身に広がっていく。
「あ…い……?」
言われたことの意味が理解できても、自分に向けられた言葉だとは俄かには信じられなかった。
「これだけは信じてくれ、クラウド。あの日あの晩、俺は確かに寝ぼけてたけど、俺はお前を、他の誰でもなくお前をちゃんと抱いたんだ。誰かと間違えたわけじゃない」
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