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CALL ME 21
覚悟はしていた。
していたつもりだった。
何も知らない行為ではない。
混乱の中とは言え、一度はこの男に抱かれた。
触れた場所から溶け出してしまいそうな彼の熱。
内側から壊されてしまうかと思うような激しさ。
身体を引き裂かれそうな痛みを、今だってたやすく思い出すことができる。
でもこれは――違う。全然違う。
こんなのは、知らない。
ただただ彼に与えられる感覚に翻弄されるばかりだ。
気持ち悪いのか気持ちいいのか。
こんな感覚は知らない。
恥ずかしくていやなのに。
逃げ出したくてたまらないのに。
気持ちと身体がばらばらになりそうだ。
止まらない。
もっとしてほしい。
彼の手に、唇に、吐息にさえ、身体が震える。
勝手に熱を上げる。
やめて。
恥ずかしい。
でもやめてほしくない。
自分でも知らなかった自分自身の身体を彼に教えられる。
だけど。
だけど、こんな。
こんなのは。
*
「…そこばっかり…やだぁ…」
息を何とか整えながら、クラウドは力の入らない腕をどうにかこうにかシーツの上に立てて、少しだけ身体を起こし、涙に濡れた瞳で自分の膝元に張りつくようにしているザックスをしゃくりあげながら見た。
動いたクラウドにあわせて顔を上げたザックスの唇は、いやらしく濡れていた。
彼の唇や、彼の唇の奥で愛されていたクラウドの中心は蜜をまといつかせ、正視しがたい状態に熟れている。
ザックスは寝室にクラウドを運ぶなり、嵐のようなキスをクラウドの唇に、頬に、鼻に、余すところなく顔中にしつこいくらいにおくった後、彼のズボンと下着を引き下ろした。そして現れたクラウドのその場所をためらいなく手のひらで、指で、唇で愛した。
容赦のない年上の男の技巧に、性的な事に対して耐性が全くないクラウドは、ただ翻弄されるばかりで、唇から絶え間なく漏れそうになる惑いや甘い吐息を、唇をかみしめて必死に堪えることしかできなかった。
―――考えが甘かったのか。
記憶は確かに怪しいが一度は体験したことだ。だから全てをさらして抱き合うこの行為を恥ずかしくて少し怖いとは思うけれど、きっと大丈夫だとクラウドは思っていた。
ふたりの気持ちが通じた今なら、あの夜のようにクラウドの意思を無視するような一方的な酷いことをザックスがクラウドにするはずがないと、どこかで信じていた。
どんなときも優しく、クラウドのことを大切に思ってくれているザックスなら、と甘く見ていたかもしれない。行為の内容を深く考えもしないで。
下半身を剥かれ、クラウドばかりが乱されて、ザックスは風呂上がりのままの普通の格好なのがまた、クラウドには恥ずかしくてたまらないのだった。
泣いて、喘いで、身体を震わせて。
これでは自分だけがひとり、とてもいやらしいような気がする。
「俺だけこんなの…」
長い金色の睫が涙にしっとりと濡れて重そうに震えている。
「気持ちよくないか」
ザックスにそう問われ、クラウドは顔がかあっと熱くなる。ぶわりと新たな涙がまたこみ上げてきた。
「…わかん…な…」
ひっくとしゃくりあげる。
でも、気持ちいい、のかもしれない。
訳も分からずザックスのされるがままに流されてばかりだが、頭がぼうっとするし、下半身が自分のものじゃないみたいに勝手に反応している。
恥ずかしいけれど、たぶんもっと、してほしい。
ザックスにしてほしいと思っている。
そんなクラウドの心中を分かっているとでも言うように、ザックスはふっと笑うと手の中のクラウドの先端にキスをした。
クラウドの感じやすい弱いところを探し出すには十分すぎるくらいの時間、さっきからもうずっとザックスはクラウドのその場所をかわいがっていた。
再び口の中に含むと容赦のない口技で徹底的にクラウドの感じる場所をせめたてていく。
「…!! や、ぁあ…っ」
程なくして、切羽詰まった声がクラウドの喉の奥から漏れた。
びくびくと跳ねる腰を押さえつけて、ザックスは吐き出されたものを全て残さず飲み込んだ。
「ごちそうさん」
「…っ」
なんで…なんでそんなの飲むの。
信じられなくて恥ずかしくて、そして怖くて、クラウドの目にまた新たな涙がせり上がってくる。
それがどんな味なのかクラウドには想像もできない。そんなものを飲ませてしまって彼に嫌われないだろうかとクラウドは軽くパニックになる。どうして我慢出来なかったのだろう…。
ザックスは体を起こし、息を乱しながら力なくシーツの上に横たわるクラウドの泣き顔を上から覗き込んだ。
「いい子だ、クラウド」
優しい手つきでクラウドの上気して桃色に染まった滑らかな頬を手のひらで撫でながら微笑みかけた。
勿論ザックスには、クラウドにその行為をしたら、彼がどんなに恥ずかしがって戸惑うのかということもじゅうぶんよく分かっていた。
それでもザックスは自分の愛し方をクラウドにちゃんと知ってもらいたかった。
ザックスがクラウドを愛するということはこういうこと。そしてザックスはこうやってクラウドを愛したいのだとクラウドに分かってもらいたい。
勝手な言い分かもしれないが、これがふたりの思い出の中で、本当の意味での初めての夜になればいいとザックスは願っている。
「…も…やだ…」
「ごめんな」
謝りながらもザックスがとても幸せそうに笑うので、クラウドは何だか複雑な気持ちになった。胸にじいんと暖かいものが湧き上がってきて溢れそうなほどになる。それは甘やかな苦しさをクラウドにもたらした。
他人とのこんなに近い距離も、こんな気持ちも、クラウドは初めて知った。
彼が自分を愛してくれるというのなら、自分もそれに応えたいと自然にそう思えた。だって彼のことが大好きだから…そしてザックスが笑うとクラウドも嬉しい。
だからクラウドは決意した。
「…ザックス…」
顔を茹で蛸のように真っ赤にさせて、クラウドは自分から少しだけ足を開いた。そんな小さな動きだけでもクラウドには多大な勇気が必要だったが、心に迷いはなかった。
ザックス、いいよ。
ザックスにはそれだけでクラウドの決意が伝わるはずだ。
「クラウド…」
「……っ」
はしたないことをしているという自覚はあるので、クラウドは居たたまれない気持ちを目をぎゅっと瞑って自分から遠ざけ、ザックスが動くのを待った。
ベッドが小さく軋む。
クラウドの股の間にザックスが移動する気配がした。
クラウドの耳に、ばくばくと早鐘のように鳴る自分の心臓の音が響く。
そっ…と、秘所付近にたぶんザックスの指が触れた。
「…っ、」
肌の上をかすめるくらいの優しい感触だったが、それだけでクラウドの背中はわななき、無意識に体を震わせてしまった。
思わずクラウドが目を開くと、クラウドの足の間から顔を出したザックスの青い瞳とかちあった。少し困ったような顔をしている。そんな顔を彼にさせたかったわけじゃないのにとクラウドの胸は痛んだ。
「…無理すんな」
「無理なんて…っ」
「おまえを怯えさせてんのは自業自得だ。俺、本当にあの夜は最低だったし」
「ごめん違うんだ、今のは違う、ザックス」
「でも震えてる」
「違う、これは…だってそんなところを触られたり見られたら誰だって…っ」
「いいんだ。いいんだクラウド」
ザックスは体を伸ばしてクラウドの体を腕の中に閉じこめた。強ばってしまったクラウドの背をなだめるように撫でながら、彼の滑らかな頬に顔を寄せれば、クラウドも自分から手を伸ばしてザックスの背中にしがみつく。
必死に抱きついてくるクラウドの小さな頭をザックスは手のひらで受け止めた。
「急がなくていいよ」
優しい声がクラウドの心の中に落ちて溶けていく。ザックスの気持ちが申し訳なさと情けなさで強ばったクラウドの胸をほんわりと暖める。
声も、触れ合う場所からもザックスが自分を本当に大切に思ってくれていることが伝わってくる。それが嬉しくて、ザックスを想う愛しさでクラウドの胸はいっぱいになる。
クラウドは強く強くザックスに抱きついて身体を寄せて、身を引こうとするザックスに首を横に振ってさらに身体を密着させた。
ザックスの下半身がクラウドの腿に当たった。触れ合った場所から、クラウドの身体をずっと高めるばかりだったザックスの身体もちゃんと反応していることをクラウドは知った。何だか泣きたくなる。自分相手に、こんな自分が相手なのに、ちゃんとザックスが興奮してくれていたことが、とても嬉しかった。
「クラウド…?」
自分の想いを、気持ちをザックスに伝えたい。
本当に、本当に彼のことが好きだ。
何があってももう離れたくないと思う。
彼のことを独り占めできるなら、したい。
「怖いよ…本当は怖いけど、でもザックスだからいいんだ。ザックスじゃなきゃ駄目なんだ。だから」
あの夜。
クラウドに惑いと恐怖を与えたのはザックスだった。だからクラウドの中のその記憶をどうにかできるのもザックスだけだとクラウドは思う。
大丈夫、大丈夫だから。
「でも…」
「おねがいザックス」
腕をゆるめてふたり見つめ合う。
ザックスをまっすぐに見つめるクラウドの目に迷いはない。
「おねがい」
「……」
真っ直ぐな視線を受け止めてザックスは心を決めた。
それは色っぽい衝動に突き動かされた訳ではなく、恋人の本気の決意を無視することはできないと思ったからだった。
「―――わかった。けどイヤだったりダメそうだったら途中でもちゃんと言えよ。無理は絶対するな」
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