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CALL ME 16
好きだと告げた。
他にどうしたらいいんだろう。
抱きついたまま動けなくなってしまった。
彼からの反応はまだ、ない。
何年か前、淡い想いを抱いた少女には自分の気持ちを伝えずに故郷を出た。
だから後にも先にもクラウドが他人に好きだと告げたのはザックスが初めてだ。
告白はした。好きだと伝えた。
次はどうしたらいいんだろう。
クラウドには他に経験がないから、勝手が分からなかった。
ただ目の前の体に抱きついて彼からの反応を待っている。
自分よりも遥かに体格のいい男の身体に両腕を回してじっと待っていることしか出来なかった。
思え返せばここ数週間は、クラウドにしてみれば急転直下の展開だったと思う。
親友だと思っていた彼とセックスをしてしまったせいで、関係がぎくしゃくしてしまった。そんな彼に、前からお前が好きだったと告げられたのもクラウドをこれ以上ないくらいに驚かせ混乱させた。事故のおかげと言ってはなんだが、先日やっと自分も彼のことが好きなのだと気づくことができた。しかし彼に想いを伝えようとしたら今度はそれを拒まれて――。
もし、あの夜のことがなければ、ザックスは何も言わないまま以前と変わらずに今でもクラウドの隣に友達として立っていたのだろうかと考える。
本当に自分のことをそういう意味で好きだと言うなら。ザックスは胸に抱いた想いを巧妙にクラウドの前で隠して見せないで、クラウドの友達でいようとしたんだろうか。
…もしそうだったら、それはザックスにとって、とても辛いことになったのではないだろうかとクラウドは思う。それが例えば反対の立場で、もし言えない想いを抱いてクラウドがザックスの側に…と想像する。胸が痛い。片想いの相手の側にずっと居続けなきゃならないなんて我慢できそうになかった。…ザックスに対しての気持ちを意識している今ならば、それがクラウドにはとてもよく理解できた。
抱きついても振り払われない。
でも彼は何のリアクションも返さない。
なぜ彼は何も言ってくれないのだろう。
クラウドの告白は、もしかしたら彼に届かなかったのだろうか。声が小さかった?
それとも、どう返事を返そうかと悩んでいるのだろうか…。
意味があるのかないのか分からないこの静かな時間がクラウドを不安にさせる。
もう一度…もう一度ちゃんと言わなければ駄目なんだろうか。
ザックスの目を見てちゃんと言う必要が…でも今、腕を解いて彼の顔を見上げるのが無性に恥ずかしかった。そもそも自分から抱きつくなんて、なんでこんな大胆なことが出来たんだろう。自分が信じられない。でもさっきは、うまく言葉に出来ないもどかしさに背中を押され、そうすることが彼に自分の気持ちを伝える最善の手段のような気がしたのだ。
今日彼に抱きついたのは二度目。人目に触れるかもしれないこんな公共の場所で。
さっきのバイクの上では後ろからだったけれど、今度は正面から飛び込んでしまった。
抱擁を解いたら、すぐ目の前にきっとザックスの顔が待っているだろう。
(どうしよう…、このままもう一回言う…?)
好きだ、ともう一度言うべきだろうか。
密着した身体から彼の熱が伝わってくる。彼の衣服に押し付けた鼻が彼のにおいを拾う。それらはクラウドにいつかの夜を思い出させるけれど、その行為の明確な意味や理由が分かった今ならば、不思議なことに以前は怖くておびえる心もあったはずなのに、それらも薄く遠のいていた。
クラウドはやはり顔を上げられなくて、ザックスの硬い胸に自分の頬を押し付ける。二人の間の隙間がなくなるくらいに、彼の背中に回した腕にも出来る限りの力をこめる。
もう一度クラウドが好きだと言おうと口を開きかけたとき、ザックスの右手が動いた気配がした。クラウドはどきりとして息をつめ、ぎゅっと瞑っていた目を開いて彼の気配に全神経を向けた。
ザックスの右手は、クラウドの背中に触れ、それからゆっくりと優しい手つきでぽんぽんと三度叩いた。それに続いて呟くみたいな声が聞こえた。
「……ク、クラ…」
両手で肩を掴まれた。その仕草から、ザックスがクラウドの腕を解きたがっているのだと感じ、クラウドは仕方なく両腕から力を抜いた。ザックスの手に促されて、一歩後ろに下がる。クラウドは俯いたまま二人の間に出来た足元の隙間を見つめた。やっとザックスが何かを言ってくれるんだとドキドキする。
しかし彼の口から出たのはクラウドにとって全く予想外の言葉だった。
「…な、クラウド。お…、俺のほっぺたちょっとつねって」
…ほっぺた?
「じゃなかったらどこでもいいから殴ってくれ。いや蹴ってくれてもいい。頼む、クラウド」
意味が分からない。
訝しく思い顔を上げるとザックスが真剣な顔をしていた。
「…な、なんでそんなこと…」
「いいから、頼む」
そこまで頼まれると、やるしかない。
クラウドは首を傾げながら、そろそろと右手を持ち上げてザックスの左頬の肉を遠慮がちにつまんだ。
「もっとぎゅうーって力入れてくれ」
「う…うん」
今までとは違った意味で涙目になりながらクラウドは指先に力を入れた。端正なザックスの顔がびみょーんと伸びる。でもザックス本人はいたって真面目顔だ。ちょっとやりすぎたかなというくらい彼の頬を引っ張ってやると、ザックスは「いたい…」と呆然と呟いて自分の頬を手でさすった。
「ご、ごめん…」
なんだか意味が分からないが、話をそらして、クラウドの告白をなかったもののようにザックスは誤魔化そうとしているのだろうかとふと思う。告白の返事を待つドキドキ感なんてどこかに行ってしまいそうな流れだ。ほっぺたの伸びたザックスの顔は間抜けだった。
頬をさすりながらザックスはぽつりと呟いた。
「…夢じゃない…」
「…え?」
「今、お前確かに言ったよな…? 俺の幻聴じゃないよな…?」
「……」
ちゃんとクラウドの告白は届いたらしい。
ザックスは誤魔化そうなんて思ってないとクラウドは確信する。そう思うと、おかしなことに見つめあう二人の視線の間に熱が生まれていくような気がする。眩暈がした。
ザックスがクラウドの肩を掴んだ。
「自分に都合のいい幻聴か、もしくは何かもっと違う意味の…」
クラウドは首を横に振った。
「違うよ。…好きって、言った」
「で…でも、それって、俺の好きとは違うんだよな…?」
「違わない」
「だって、さっきは友達以上には思えないって言った…」
一度嘘をつくと信用をも失うことになると身をもって知ったクラウドだった。
「…嘘ついて、ごめん」
「嘘?」
「返事はいらないって言われて、ザックスは俺の想いにはもう応えてくれないんだと思ったから…」
そこまで言って、クラウドは言葉を切った。後ろ向きな自分を振り切るように、顔を上げてザックスに改めて向き合う。いつもそうやって、ちっぽけな自分を守るためにたくさんの言い訳をしてきたように思う。もうたくさんだった。
「ちゃんと言うよ。俺の本当の気持ち」
伝わるまで何度でも言おう。
「好きだよ」
もう後悔したくないんだ。
信じてもらえるまで何度だって。
「ザックスのことが好きなん――」
「クラウドっ!!!」
最後まで言わせてもらえなかった。
ザックスが満面の笑顔になって、なったと思ったら抱き寄せられて、苦しいほどの力であっという間に彼の胸の中に抱き込まれた。
耳元で何度も何度も名前を呼ばれる。
「夢じゃないっ、聞き間違いじゃないっ! ホントに!? ホントにかクラウド!?」
「え…、あ、うん…っ」
「嘘っ、夢みたいだけど夢じゃねぇっ! でも…でもっ、もういっぺん確認していいか!?」
がばりと体を離されて、ザックスの指がクラウドの顎を取る。
次の瞬間、クラウドの唇にふにゃりと柔らかい感触がした。
ザックスにキスされたのだとクラウドが理解したのは、互いの唇が離れた後。それが凄く自然な流れで、これが彼と自分との経験の差なのかとも思うが、余りに手際のいいザックスに、クラウドはただただ目を見開いているばかりだった。
「……っ」
少し背を屈めて、ザックスが正面からクラウドの目を覗き込む。その顔に、はしゃいで声を上げていた一瞬前の気配はどこにも残っていなかった。彼の真っ直ぐな目でそうやって真正面から見つめられると、何も疚しいところがあるわけでもないのに、クラウドはいつも居心地が悪くなる。我慢できなくなって泳いだ視線が、ザックスの唇にたどり着き、さっきの柔らかい感触はこの唇と…なんて先程のキスを思い出して、更に落ち着かない気分になってしまった。
どうしよう。どきどきが止まらない。今日はいつもの倍以上に心臓が働いているような気がする。寿命が縮まったかもしれない。
「クラウドの『好き』は、本当にこうしてキスしても構わない『好き』か?」
そんなことを確認したいがために、不意打ちのキスをするなんて卑怯だと思うけれど。
…でも嫌じゃない。
恋愛なんて全然念頭になかった一ヶ月前の自分が今の自分を見たら、卒倒するんじゃないかとクラウドは思う。ついこの間までは彼と友達同士だったのだ。それが今は抱き締めて、抱き締められて、キスして、狂ったように胸を高鳴らせている。信じられない。けれど嫌じゃない。
「クラウド…?」
なかなか答えないクラウドに、ザックスの顔が曇る。「やっぱりお前、俺に気を遣って…」なんて言い出して、クラウドは慌てて首を横に振った。
「し、してもいい好きっ!」
「…本当に? だって今お前答えにためらっただろ」
いつもは周囲に対して細かい気配りが出来て、他人の機微に敏感で要領よく立ち回ることができる男なのに、今日はそうではないらしい。顔といわず全身を真っ赤にしている様子や、恥ずかしがりながらも必死に言葉を紡いでいるクラウドの表情や態度を見れば、クラウドが嘘を言ったり言いつくろったりしているのか、それとも本気で告白しているのか分からないはずがないのに。
これはもしかしたら意地悪されているのだろうかとクラウドは勘繰ってしまう。
「…そ…んなこと聞かれても…、は、恥ずかしいんだよ。キス…してもいい好きとか言われても…」
頷いたら、自分からザックスにキスして欲しいって思っていると受け止められそうな気がして恥ずかしいのだ。
「俺だって訳分からねぇ。さっきは友達だって言ったのに、急に好きとか言われるし」
「…やっぱり伝えなきゃって思ったから…」
「その“やっぱり”ってどこにかかってんだ? うーん…、もっと俺に分かるように説明しろって言いたいけど…まあ、今はいいか。クラウド、顔上げて?」
「え…」
再びザックスの顔が近づき、キスをされた。
クラウドはやっぱりうまく対応できなくて、まあるく目を見開いたままだった。
ザックスが目を細めて笑う。それはクラウドが今まで見てきたどの彼の笑顔よりも幸せそうで、見ているこちら側の胸をぎゅうっと掴んで甘くさせるような表情だった。
「ありがとな、クラウド」
「…喜んで…くれるの…?」
「なんで? すっげえ嬉しいよ。天に昇っちまいそうなほど嬉しくて舞い上がって、なんか色々暴走しちまいそうで困るくらい」
「暴走…?」
「例えばこんな風に」
腰に回された腕をぐいと引っ張られた。
「…っ」
唇を塞がれる。
さっきの二回のキスとは明らかに質の違うそれ。
互いの歯が当たるくらいザックスが深く唇をあわせてきたので、びっくりしてクラウドが思わず口をあけてしまうと、にゅるんとした柔らかいものがクラウドの口内に入り込んできた。内側で好き勝手に動き回るそれがザックスの舌だとようやく分かると、クラウドは焦って口を離そうとしたが、首の後ろを大きな彼の手に掴まれて動けなくなる。
「…う、ん…っ、ん…っん…っ」
キスと言うよりは、噛み付かれているような気分になる。
クラウドはこんなに深く交わるようなキスを知らない。知らないというより、よくよく考えれば誰かとキスをすること自体、今日この日が初めてで、つまりファーストキスの相手がザックスだったということになる。ちょっとした行き違いで、かなりフライング気味に、それよりももっと深い行為をもう済ませてしまっているわけだが。
どう応えていいのか分からず、未知の行為におびえて反射的に奥に縮こまってしまったクラウドの舌をザックスは追いかけてきた。ザックスの顔が動く気配がして、やっと解放されるのかと思ったのに、唇は離れず、あわせる角度を変えただけでザックスはまだキスを続けるようだ。
息ごと飲み込まれ、呼吸をうまくできないクラウドは苦しくなってきた。
クラウドの背中に回されたザックスの手のひらが腰の辺りに下りてきて、意味ありげに撫でる。背筋に何かが走り、びくんとクラウドが身体を揺らすと、ザックスは唇を合わせたまま笑ったようだった。腰を押し付けられて、どきりとする。ジーンズ越しでも、ザックスのその場所が反応して硬くなっているのが分かった。クラウドにそれを知らしめようとしているかのように、ぐ、ぐと押し付けてくる。
情熱的なキスに、熱に、クラウドは早々に白旗をあげずにはいられなかった。足から力が抜けそうになる。ザックスにしがみついて、ほんの少しでもザックスに応えようとするのだが、いかんせん経験値の低いクラウドには限界があった。
何よりも息が苦しい。色っぽいはずの行為が次第に命の危機を感じるような展開になってくる。
「…んーっ、んんーっっ…っ」
離して欲しくて、しがみついていた手を拳に変えて、どんどんとザックスの身体を叩いて抗議した。このまま続けていたら苦しくて死ぬと本気でそう思った。
ザックスは苦笑しながら、やっとクラウドの唇を解放した。
キスに翻弄されて、ふにゃふにゃに身体の芯を抜かれてしまったクラウドはザックスに凭れながら一生懸命息を吸い込んだ。
唇や舌にこんな使い方があるだなんてクラウドは初めて知った。
「……く、るし…って…」
顔を真っ赤にして涙目で息を整えているクラウドにザックスは笑って、唇の上にちゅ、ちゅ、と今度は軽く音を立てて何度か口付けた。
「ごめん。でも俺がどんなに嬉しいかって分かってもらえただろ?」
「……」
確かに、思いのたけをそのまま相手にぶつけるような情熱的なキスだった。
今だって、クラウドを見つめる彼は優しげな笑みを浮かべてはいるけれど、いつものそれと微妙に違って見えるのは、その瞳の中に情欲の炎が揺らいでいるように感じられるからだろう。
分かる。彼がどんなに喜んでいるのか。なぜだろう、全身でそう感じる。キスして、触れ合った場所からザックスの気持ちが流れ込んで来ているみたいに、一切の疑いもなく彼がどんなに喜んで興奮しているのか、クラウドには感じ取ることが出来た。
見つめていると気恥ずかしくてクラウドは俯く。
クラウドだって本当はとても嬉しい。ザックスが喜んでくれていることが嬉しかった。
ザックスはクラウドの右手を取って握り締める。
「しっかりお前の“好き”、聞いたからな。一度聞いたら絶対忘れないし、なかったことになんてならないぞ。これからは遠慮しない。覚えとけよ」
「う、うん…」
遠慮しないって、何を遠慮しないつもりなのだろうか。ちょっとどきどきする。
「帰ろう」
握り締めたクラウドの手を引いてザックスはバイクが停めてあるほうに歩き出した。途中で地面に落ちているクラウドの鞄を拾い上げて肩にかける。
さっきのキスで酸欠になったせいか、クラウドは足元がふわふわと覚束なく、時折よろめきながら何とかザックスの後をついていく。
駐輪場の入り口の辺りに見慣れた神羅の制服を着た男がいるのに気がついた。クラウドと目があうと明らかに男はうろたえる。いつからそこにいたのだろうか。もしかしたら…もしかしたらザックスとキスしているところを見られたのかもしれない。
「ざ…ザックス、ひ、人…っ」
「気にすんな」
ザックスは振り向きもしないでさらっと言う。その様子から、彼は大分前に第三者の存在に気がついていたようだった。だとしたらクラウドにとっては大問題だ。人目があるとザックスは知っていたのに何てことをしたんだとクラウドが泣きたい気持ちになって文句を言おうとしたとき、ザックスが首をひねって振り向いた。その頬に男らしい笑みを浮かべて。
「行く先は俺の部屋でいいな?」
さっきはクラウドを部屋にあげたくないようなことを言っていたのに、今はもう平気らしい。
クラウドは言をひるがえしたその理由をザックスに問いたかったが、彼がそう言うのなら部屋に行っても良いのだろう。
当初の、ザックスの部屋で告白の返事をする、という予定からは大きく変更したが、勿論クラウドに拒む理由はなかった。
クラウドは答える代わりに握られた彼の手を握り返した。
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