CALL ME 01





 見えない。
 顔が見えない。
 暗くて何も見えなくて怖い。
 あんただって分かってる。
 でも、心が震えてどうしようもない。





 明かりのついていない部屋。
 何の前触れもなくベッドに引っ張り上げられて。
 騙されてちょっとだけ飲んでしまった酒のせいで、クラウドはそのとき少しだけほろ酔い気分で上機嫌だったかもしれない。だからいつもの調子でザックスがふざけているのだと思った。
 体の上に覆いかぶさってきた影に、クラウドは笑って手を伸ばした。
 だけど。
 無言でその影が動き、身体を押さえつけられて。
 ベッドのスプリングがきしむ音がやけに大きく耳に届いた。
 シャツの裾から彼の手が入り込んでくる。
 躊躇うような仕草で最初、脇腹に指先が触れてから、掌で腰をなぞられた。
 湿った熱い感触が伝わってきて、クラウドはその時になって始めて様子がおかしいことに気が付いた。

「ザックス…?」

 呼びかけても影は動きを止めなかった。
 掌が腰から足の付け根の辺りをさまよい、それから腹に上ってくる。
 くすぐったさに身体をひねってもぴたりと指先は肌にくっついたまま追いかけてくる。
 薄暗い部屋の中、ベッドの上、この行為の意味が分からずにクラウドは目を凝らして見上げた。
 ザックスの顔は暗く影になっていて表情が分からない。
 クラウドは急に怖くなった。
 果たして自分を見下ろしているのが本当に彼なのかどうなのか、分からなくなってくる。

 シャツの下で何かを探るように、確かめるように指は動き、胸の上で止まった。
 左胸の中央にある突起を爪先がかすめたと思ったら、上からくにくにと指の腹でもまれた。
 クラウドは驚いて息を呑んだ。そんな場所を他人に触られたことなんて今までなかったからだ。
 ざらりと…指で弄られたあと、そこに柔らかい感触が続いて…信じられない思いで自分の胸の上にある頭の動きをクラウドは凝視した。
 シャツを上のほうまでめくり上げられて。
 まさか、そんな場所を舐められるなんて。
「あ…、や……」
 羞恥と混乱にクラウドの身体が震えだした。
 濡れた胸の上に吐息がかかり背中にぞくぞくとした寒気が走る。再びそこを今度は唇で食まれた。
「や、やだ…え? な、何してるの、やめてよ…っ」
 訳が分からなかった。でも行為の意味は分かる。
 俺は怖くなって上に圧し掛かる身体をどけようともがいた。
 腕を突っ張って肩を押したがびくともしなかったので、拳を固めて叩いた。動く足をバタつかせた。
 自分たちがこのまま続けてもいい行為ではないということは分かったから、何とかして彼の動きを止めたかった。
「ザックス、やめて…っ」
 闇雲に暴れるクラウドに、影から舌打ちする音が聞こえた。
「……んだよ、ゆ…んな…でも抵抗されんのかよ」
 呟くような声音のそれは、所々が不鮮明でクラウドは全部を聞き取れなかったが、その声にこめられた感情は理解できた。
 苛立ち、だ。
「っ!」
 のびてきた手に容易く両腕を掴みあげられ、ベッドの上に張り付けられた。
 容赦のない力で押さえられ、真上から顔を覗き込まれる。
 影になった暗い顔の真ん中で、青い魔晄の輝きだけが浮かび上がり、自分をひたと見下ろしていた。
 仄暗い、得体の知れない感情が見え隠れする双眸に囚われる。
 そして。

「おとなしくしてろよ」

 低く、唸るように、嘲る響きさえ含んだその一言を投げかけられて。
 クラウドはそれだけで、動けなくなってしまった。










 何でこんなことをするの?

 肌の上をぬるつく汗だとか、かかる吐息だとか、熱い、狂気にも似た熱だとか。
 こんなのは、知らない。知らない。

 俺を誰かと間違えてるの?
 こんな風にあんたが俺に触れてくることなんて今まで一度もなかったじゃないか。匂わせもしなかった。
 こんな感情を向けてくることなんて、ただの一度も。



 いつか同僚が言っていた。
“ソルジャー・ザックスは女だけじゃなくて男にも手が早いんだってさ”
 関係が広くて節操なしでだらしがない、と。
 そんな噂、クラウドは信じなかった。
 真実は近くで彼のことを見ている自分が一番分かっていると思ったからだ。噂は所詮噂に過ぎない。
 クラウドはザックスから彼女の話をきいた事もあった。
 少し照れくさそうに、でも凄くその人のことを大切に想っているんだなというのが話を聞いていても伝わってきた。不誠実な印象なんてどこにも感じられなかった。
 クラウドはその外見のせいか、神羅に入ってから同性の同僚にそのテのモーションをかけられる事が多々あった。そういう人たちが自分を見る目は大抵皆、同じような色合いで、ザックスが自分に向ける視線とは全然違っていた。
 彼の目は、真っ直ぐで、裏表のない性格そのままの目だと感じた。いやらしい色などどこにも見当たらなかった。
 ザックスのことを、こんな自分とだって友人になろうなんて言ってくれる勿体ない位いい人だとクラウドは思っている。


 だからきっとこれは何かの間違いだ。
 間違いであって欲しい。
 だってこれは、自分たちには不似合いな、必要のない、意味のない行為じゃないか。


 ザックスは無言でクラウドを暴いていく。
 普段はうるさいくらいの彼なのに、その夜は驚くほどに無口だった。
 クラウドの心は凍りつき、置き去りにされたまま。
 しかし勝手に反応した身体が熱を生み、吐き出した。
 痛かった。
 熱かった。
 苦しかった。
 気持ち悪かった。
 身体を割って入り込んでくる、彼の熱。
 卑猥な音を立てて内部を行き来する。
 引き裂かれてしまう。身体だけでなく、心が。
 何度も擦られ、痛みが麻痺してくる。
 いやだ、こんなのいやなのに。
 自分でも認めたくない感覚にも支配される。


 自分の身体の上で獣のように腰を動かしている影をクラウドは熱に浮かされた頭でぼんやりと見上げた。

(あんたは今どんな顔してるの?)
(この行為に意味はあるの?)

 彼にとっては意味があるのかもしれない。
 ただし、その相手が友達の自分ではないという事実とともに。
 自分を誰かと…彼女と勘違いしているのだろうか。
 彼は酒を飲んでいた。見た目はいつもと変わらなかったけれど、もしかしたら結構酔っていたのかもしれない。
 酔って自分を彼女と間違えているのかもしれない。
 それとも、それとももしクラウドだと分かっていて、こんなことをしているのだとしたら。

 影がぼやけて見えた。
 涙が眦から落ちてシーツの上に吸い込まれていく。
 喉が詰まった。
 情けないのか、怖いのか、悲しいのか―――悲しい?
 ザックスが何を考えてこんなことをしているのかはっきりと分からなかったから、クラウドもどうしたらいいのか分からなかった。
 勘違いが一番ありそうな線だが、同僚の噂が正しければ…クラウドには信じられないのだが、もしかして…そうだったとしたら。
 クラウドだと知っていて抱こうとしているのなら、それを拒んだらどうなるんだろうと考えてしまった。
 彼の不興を買い、気まずくなるのではないか。
 そして彼が今までのように自分に接してくれなくなるんじゃないだろうかと思ったら急に怖くなった。
 その想像がクラウドの身体を石のように動けなくさせた。
(嫌われたくない…)
 だったら…。
 このまま自分がこの行為を我慢してやり過ごして、何でもないことのように振る舞えば…。
 勘違いだというのなら、彼がそれに気付いてしまう前にここから自分は抜け出せばいい。自分と彼の間に何もなかったようにすれば、そうすれば。

 そう考えている自分が、クラウドはおかしくて悲しかった。
 こんな意に添わない仕打ちを受けても彼の側にいたいと思っている自分が、その為にはどうすればいいのかを必死になって考えている自分が滑稽だった。
 彼という存在に、いつの間にこんなに自分は…。


 終わったら、一刻も早くこの部屋から抜け出して。
 そうしたら何とかなるような気がした。今はもうそれしか考えられなかった。
 時間を置いて、距離を作れば、自分の心の整理も出来る。
 この後のザックスの出方も冷静な目で観察できるし、対応できる。
 ザックスが何も覚えていなさそうなら、自分も忘れてしまえばいいだけだ。
 今夜のことは、何一つ。何も、なかったのだと。
 そうすれば何もかもが丸く収まるような、そんな気がしたから。

 だから、今は嵐が去るのをただただ待つしかないのだとクラウドは自分に言い聞かせた。








 だけど。
 心は矛盾している。
 怖くて、不安で、心が震えて仕方ないから呼んでほしかった。
 それだけでいいのに。名前を呼んでほしい。
 そうしてくれたら俺は。
(この胸の中の理不尽な悲しみや戸惑いをどうにかできるかもしれないのに)
 彼女と俺を間違えているんだったら、その彼女の名前でもいいから。
(俺は会ったこともないあんたの彼女のことを考えて、今だけ、俺は俺じゃないあんたの彼女になれるように努力する)
 本当は何でもいい、言葉が欲しいだけ。
(あんたの声が聞きたい)
 いつもの、優しい、大好きな声が。
 それだけできっとものすごく安心できると思う。この行為にも耐えられると思うから。
 声を聞かせて。
 抱き締めるこの腕が、熱がザックスのものだって確かめさせてほしい。

 身体の奥をえぐられる。熱い、熱い熱い―――。
(勘違いだって言うんなら、ねえ、名前を呼んで、俺を彼女と勘違いしてこんなことしてるんだって、ちゃんと分からせて)
 納得したら、自分を立て直せる。
 ザックスが自分とこんなことをしたがってたなんて、これっぽっちも思っていない。だって彼女がちゃんといる彼には必要ない。…ただの性欲処理だというのなら分からないけれど。

 痺れる。
 苦しくて、息が出来ない。
 人の熱が、こんなに凶暴で、凶器になるんだってことを初めて知った。
 奥へ、奥へ、奥へ入り込んでくる。
 支配される。
(呼んでくれないのなら、せめて)
 歯を食いしばる。声を出してはいけない。分かってしまう。
 彼女のために、殺せ、自分を殺して。
(気付かないで。最後まで俺だって気付かないでいて)

 一際深く貫かれた。身体の上で唸るような声が聞こえた。
「―――――っっ!」
 奥深くに熱情を叩きつけられる。
 じわりと広がるそれにクラウドは泣きたくなった。
 本来受け止めるべきではないその場所に放たれてしまった細胞を思うと悲しかった。
 出し切ったものを中に塗りこめるように、ザックスが突き入れたそれを動かしてかき回すようにする。
 結合した部分から聞くに堪えない恥ずかしい音がきこえてきた。
 自分のその場所が、昨日までとは別のものに作り変えられてしまったような気がしてクラウドは怖かった。
 痛みはもうほとんどない。
 ただ熱くて、じっといていられないみたいに熱で擦られるのを待ち望んでいるみたいになって…恥ずかしかった。
 まだ終わらないんだろうか、もうだめだ。もう我慢できない…。
 しかし、唐突にザックスに抱えられていた膝の間で揺れていた屹立を握られ、クラウドは悲鳴を上げた。
 中を硬いもので擦られているうちに何度か達してしまっていたので、それは自分の放ったものでしとどに濡れていた。
「や…っ、何で…っ!?」
 自分の気配すら今まで殺そうとしていたのに、思わず声を出してしまっていた。
 彼女にはそんな場所にそんなものは付いていないのにと、頭の中が恐慌状態になった。まさか触られるとは思ってもいなかった。
 じゃあザックスは自分を彼女と勘違いしたんじゃなくて…じゃあじゃあ……。
「、あ……っ」
 クラウドのそれを握り締めた指が明らかな意志を持って動き出す。
 体内に沈んだままの彼がまた容量を増すのが分かった。
 自分が抱いている人間が男だと理解したうえで、ザックスはその象徴に指を伸ばし、何の抵抗もなく愛撫を施しているのだ。当たり前のことのように。

 巧みで容赦のない指の動きと、再開させた腰の動き。
 今日のこの日まで経験したこともなかった強烈な感覚にクラウドが容易く翻弄されてしまうのは仕方がなかった。
 あっという間に我慢が出来なくなる。
 いけない、と思ってもどうしようもなかった。
 気持ちよくて、止まらない…。
 頂が見えた。脳裏が真っ白に塗りこめられる。何も考えられない、ただただ―――。


「………ウド…っ」
 意識を手放す直前、名前を呼ばれたような気がした。

 惑乱した頭が幻聴を聞いたのだと思った。





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