溶けるチョコレート





 今日は仕事も任務もない完全なるオフ。うおおお、すっげ久しぶりの休日だ。
 電話したらあいつも今日は偶然仕事が休みで部屋にいるって言うから、おっしゃラッキー、俺はいつものように菓子を手土産に持って、あいつの部屋に上がりこんだ。
 彼の「今勉強中なんだけど」という言葉はあえて気にしないふりをする。それもいつものことだ。



「なんか最近のお前、付き合い悪くなったな」
 以前は休日になると、割合つるんで遊んでいた同じソルジャー仲間の友人に先日言われた言葉だ。
 自分ではそんなつもりはなかったのだが、言われてみると確かにそうかもしれないなと思う。
 だって、今はこいつと一緒にいるのが楽しいから、どうしてもそっちを優先してしまうのだ。
 暇になると彼の、クラウドの顔が自然と脳裏に浮かんだ。
 今頃何やってるのかなとか、元気かなとか。
 いや、もしかしたら暇じゃなくても、ふとした瞬間に彼のちょっと眉を寄せた不機嫌そうな顔とか、はにかんだ顔を思い出しているかもしれない。そして、急に彼の顔を見たくなる。会いたくなる。
 だから時間が自由になると自然な流れで彼に連絡を取っていて、会えそうなら会いに行く。最近そんなことばかりを繰り返している。
 会いに行ったって、そこにとても大事な用事があるとか、特別な何かがあるわけでもなく、同じ部屋の中にいても各々別のことをしていたりもする。だけど一時間や二時間会話がなくてもへっちゃらで、ただ一緒の空間にいると安心したり嬉しかったりするのだ。

 クラウドとはフィーリングが合う…とでも言うのかな?
 よく分からないが、そんな貴重な存在だ。
 数いる友達の中でも、微妙に自分の中で他の奴の位置付けとは違っているように思う。じゃなければ、こんな風に自分が入れ込むことはないだろう。

 ……そういえば、それまで付き合っていたカノジョと先月いつの間にか自然消滅という形で別れた後、自分としては珍しく新しいカノジョを作ろうという動きに出ていなかった。自然消滅なんてことになったのも、結果的にはこいつと一緒にいる時間が増えたせいだった。カノジョとのデートや買い物に付き合うよりも、こいつといるほうが楽しく感じられて、ついつい彼女への対応が疎かになってしまった。自業自得だったが、そんなことも気にならないほど、こいつといると……。

 …………。

 こいつといると楽しい?
 気の合う友達だから?
 でも性格だけとったって、お世辞にもこいつは付き合いやすいヤツとは言えない。意地っ張りだし、時々ネガティブだし、素直じゃないし、俺とは大部分が正反対なんじゃないだろうか。なのに気が合う?本当に?


 今もほら、クラウドは俺に完全に背を向けて机に向かったまま。
 俺は少し離れたところで、床に幾つかのスナック菓子の袋を広げてその前にどっかと座り込んでいる。
 彼と相部屋の男は今は勤務時間なのか、単に外出中なのか、今は不在で部屋の中にいるのは彼と自分のみ。
 とても静かな部屋だ。テキストでもめくっているのか、彼の手元で時折紙がたてる乾いた音がする。それ以外には自分が菓子を咀嚼する音だけ。

 だけどこれは今日に限ってのことじゃない。むしろ、いつもと変わらない。思い思いに過ごして、好き勝手やっているお互いのことをそれぞれ一定のレベルで許しあい妥協しあい、だから互いの性格が大方違っていてもうまく付き合ってこれたんだと思う。



 俺は口の中に菓子を放り込みながら、クラウドの背中を何となく見つめた。
 今日の彼の服装は、少しくたびれた感じの黒のニットにデニムパンツ。
 ニットの襟からすんなりと伸びた白い首は、まだ少年らしさの残る頼りないラインを描いている。

 ……こいつって、ホントに色白いよな。北育ちのヤツってみんなこうなのかな。あんまり女のコでも見たことないような白さっつうか…、うん、綺麗だと思う。思わず触りたくなるっつうか…、や、あくまでも好奇心とか純粋な興味とかそういうのでだけど。変な意味じゃないけど、絶対に。
 …っと、あれ、そういえば、昔、友達の中に北生まれのヤツがいたっけ。あいつの肌は…、どうだったかなあ、思い出せない。印象にないってことは、そんなに目にとめて感心するほどの肌の色じゃなかったということなのかな。

 更に彼の後姿を観察する。首から上…耳、髪……。
 菓子を指先でつまもうと袋の中に手を突っ込んだら、あれ、もうなくなってる。
 もうひとつあった違う菓子の袋に手を伸ばした。今度のは全粒粉入りのビスケットにチョコレートがかかっている菓子…カロリー高そうだなあ、なんて思いながら豪快に袋の口を引っ張ったら、パーティー開けみたいに破れてしまった。これはこの間、クラウドがやけに気に入って、ほとんどひとりで袋を空けてしまった菓子だったので、今日もチョイスして持参したのだった。
 ビスケットをつまんで鼻先に持っていくと、甘い匂いがする。
 このチョコレートの匂いが彼に届いたら、もしかしたら彼の背中が振り向くかもしれないと考えながら、口の中に放り込んだ。チョコレートは彼の好物のひとつなので、匂いには敏感だ。チョコレートを食べすぎた日の翌日に、顔にぷくりとした小さな吹き出物ができてしまい、少しそれを気にしている彼を見たことがある。

 抜ける様な白さの肌にできた吹き出物。
 赤くぷくりと、そこに何か異質なものが存在しているようで、それを見たときに俺は何ともいえない複雑な気持ちになったことを思い出す。
 そのコントラストが視界に入ったとき、なぜか首の後ろがむずっとして、気がつくと無意識にその小さな突起に指を伸ばして触れていた。何の前触れもない俺の行動にクラウドはびっくりして身体を引いたが、俺自身もあの時はびっくりした。人のニキビを触る日がこようとは思っていなかった。
 あのとき、感じたアレは何だったんだろう。なぜ手を伸ばしたんだろう。今でもよくわからない。



 ……このビスケット、確かに美味い。
 甘いものが余り得意ではない俺でも、なるほど、一度食べだすと止まらないかもしれない。ビスケットのしょっぱさとチョコレートの甘さ加減がいい感じでバランスが取れている。

 さて、気を取りなおしてクラウドの観察を続行する。

 細い首の上に小さめの頭が乗っかっている。
 両サイドは長めの髪なのに後頭部は短めにカットされていて、毛先がツンツンしている。
 チョコボ頭、とはよく言ったもんだ。あの黄色い鳥の色に似た明るくて綺麗な色の髪の毛、その髪型、確かにチョコボ頭と言われても仕方がないだろう。
 あの髪型…何か自分ではこだわりがあるんだろうなあ。個性的、といえなくもないけど、でも彼にはよく似合っている。

 肩から首にかけてのライン、首から耳の付け根、うん、俺、このライン好きだな。
 細い首がちょっと女の子みたいで、こうして見てると色の白さにも誘われてか、思わず口付けたくなるような…。



 ……………………………は? 口付けたくなるような?



 って、おいおいおいおい、待て、待て待て待て!
 キスしてどうするよ、しっかりしろよ俺っ。
 こいつ男だから!

 確かに線は細いかもしれない。年齢的にもまだまだ(多分)発展途上中の彼の体はまだ薄っぺらい印象だが、兵士として人並み以上に訓練も勉強も頑張っているし、決して女の子のように非力なわけじゃない。
 そこそこ筋肉だって身体についているし、前に何かのときに彼の身体を胸に抱きとめたことがあったが(街中で何かに躓いたかしてよろけたクラウドを咄嗟に受け止めたんだったか)、あのときに感じたのは確かに女の子のような優しく柔らかくほわほわしているような感触ではなく、硬く骨ばった自分と同じ性別の持つそれだった。確かに間違いなく同じ男のものだった。


 どんなに首が細くても。
 どんなに色が白くても。
 確かに顔だって笑うと殺人的にかわいいけど…、…そういえば顔の作り、俺の好みかも…って、いやいやいやそうじゃなくてっ!
 男にキスしたくなるとか、俺全然そーゆー趣味ないから…!!


「あ、俺にもそれ頂戴」
「うひぇっ!?」

 不意にかけられた言葉に、俺の口から間抜けな声が出てしまった。自分でもびっくりするくらい大きく体がびくっと跳ね上がった。クラウドのほうを改めて見やれば、彼が振り向いてこちらに腕を伸ばしていた。

「えっ、な、なな何クラウド!?」
「? 何そんなにびっくりしてんの?」
「え、えっ、や、そんなことない、俺全然、全然フツー!」
「………」
 手と首を大袈裟にぶんぶん振り回す俺を、クラウドは胡乱な目をして見ている。
「勉強、もう終わったのか!?」
「まだだけど、いい匂いがしたから。…何?ホントにあんた大丈夫?」
「ああ、これな!これお前好きそうだったから、今日も持ってきたんだ。食べるか、これ…」
 俺は慌てたまま、床の上の菓子の袋をひょいと持ち上げ、クラウドの前まで運ぼうとした。が、その前に、袋の中からぼとぼととビスケットが転がり落ちてしまった。
 しまった。袋がパーティー開け状態だったのを忘れてた。
「わ、わわわっ」
 ほとんど…というか慌てた拍子に中身が全部、床に落ちてしまった。
 俺は急いで床からビスケットを数枚拾い上げる。
「あーあ。何やってんだよ、もう」
 本当に何やってんだ俺。
「だ、大丈夫、落ちてから三秒たってないし!」
 俺が力をこめて言うと、更に呆れた声が返ってきた
「三秒ルール適用って、あんた子供かよ…」
「食べれねえかな?俺はフツーにこんくらいなら食べちゃうんだけど…」
 手の中にある拾ったビスケットの一枚をつまみあげて、表と裏、顔に近づけてよく調べてみる。見たところ、埃のようなものは見当たらないので、大丈夫…だと思うのだが。
「…まあ俺もそんなに神経質なほうじゃないけど」
 椅子の背もたれに肘を乗せて、クラウドが溜息まじりでこちらを見つめている。
「ごめん、クラウド。俺そそっかしくて…、怒ってるか?」
「…別に。あんたがそれ持ってきたんだから、俺が怒んのってなんか違う気がするし」
「……うん、ごめんな」
 俺はがっくり肩を落として手の中のビスケットの表面を指の腹で埃を払うように動かした。
 全くもって間抜けなことをしてしまったと思う。この菓子はクラウドのために買ってきたようなものなのに。



「しょーがないなあ」
「?」
 顔を上げるとクラウドが少し笑ってこちらを見ていた。
「俺やっぱそれ食べたい」
 食べたくても、今ここに食べることが可能なビスケットは一枚もない。
「じゃあ、俺今からひとっ走りしてもう一袋買ってくるよ」
「いいよ」
「でもそれじゃあ食べるもんないし…」
「それでいい」
 クラウドは俺の掌の中のものを指さした。
 え、と思う。
「これ、たった今床に落ちたヤツ…」
 お前の目の前で盛大に落っことしてダメにしちゃったヤツだけど。
「三秒たってないから大丈夫なんだろ?」
「えっ、あれはその…っ」
「くれないの?心配だったらもう一回さっきみたいにあんたが埃をはらってよ。だったらもっと安心だろ」
「えっと、うん、でもホントにいいのか?俺代わりのちゃんと買ってくる……」
「それでいいって。ほら早く」
 クラウドはそんなことを言って椅子から身を乗り出して、こちらに顔を近づけると口を開いた。
 え、それって、つまり「あーん」?食べさせてくれってこと??
 口を開けた目の前のクラウドの顔をぽかんとした顔で俺が見つめていると、彼が少し眉を寄せて頬を赤らめた。自分でもその行動が唐突だったかもしれないということに気がついたらしい。
「だって、ザックスの手の中で、なんかもうチョコが溶けてそうなんだもん。手汚したくないし…」
 だから「あーん」なわけ…か。
 ……あれ、俺今ちょっとこれって甘い雰囲気かもしれないなんて期待してなかったか?
「ねえ、くれるの、くれないの?」
 頬を赤らめたまま、ムとしているクラウドの顔に、やっぱこいつかわいいなあ…なんて思っている場合じゃなかった。
 俺は慌てて手の中のビスケットの表面を指先でもう一度埃をはらうように撫でた。
 ヤベ、ビスケットの片面にコーティングされているチョコレートがホントに半分溶けかけてベタついている。いつの間にか俺の掌に汗が滲んでいて、それももしかしたら菓子の表面に………。
 えーと…、いいんだろうか…ホントにこれ食べさせてもいいんだろうか俺………。
「…これ食べて腹壊しても俺知らねえぞ…」
「そうなったらあんたのせいだって言うし。責任とって貰うからいいよ。それより早くー」
 せ、責任てどう取ればいいんだろうか…。

 口を開けて彼が催促する。やっぱり「あーん」なのか。そんなに赤い顔して恥ずかしがってても、俺に食べさせてくれーな気分満々なんだなお前。

 手が汚れるから「あーん」をせがむ彼もどうかと思うが、それ以前に俺の体温で溶けてるかもしれないチョコレートを食べてもお前は平気なのかとか訊いてみたい。反対の立場で俺だったら…どうだろう。クラウドが溶かしたチョコレートを食べても抵抗はないかと想像してみる。

 ……あれ? これって思っていたより割と平気かな。俺が過剰に変な方向に意識しすぎなだけ??
 ええい、だったら変にどぎまぎしてたら俺のほうがおかしく思われるじゃねえか。
 もうどうにでもなれだ。欲しいって言ってんなら食わせとけばいいじゃん、そうだよな。



「ほら」
 俺は体を伸ばしてクラウドに手が届くくらいの距離に詰め寄った。指先でつまんだビスケットを彼の口許近くに持っていくと、クラウドは至極当たり前のことのように目を瞑り再び口を開ける。白くて清潔そうな歯がちらりと唇の間から覗いた。
 桜色の唇と白い歯。
 こんなに彼のその場所をじっと見つめたことは今まで一度もなかった。
 胸が急にむずむずと疼いたその意味を余り深く考えないようにする。
 今日の俺はどうかしている。絶対どうかしている。だってこんなの、女の子を前にしたときだけだ。今までそうだった。こんな風に―――。

 開かれた口から目を離せない。
 閉じられた瞼。無防備すぎるだろうと思う自分が多分おかしい。
 ビスケットをゆっくりと彼のその開いた口へと運ぶ。ガラに無く自分が緊張しているのが分かった。
 クラウドの口の中にビスケットが半分ほど入ったときに、不意に予想外のことが起きた。
 なかなかビスケットが口に入らないのを、不審に思ったクラウドが目を開いたのだった。その拍子に少し頭が左右に揺れた。
 びっくりした俺が目を上げ、彼と目が合ったそのとき。

 ぷにゃり、と。

 ビスケットをつまんでいた人差し指の先に柔らかい感触と、生温かい湿った風を感じた。
 それがクラウドの唇の感触と口から漏れた呼気だと数瞬後に理解して―――。

「うわ、お、おうわわわわわっ!!!???」

 飛び上がって驚き、ばたばたとそこら中にぶち当たりながら、俺は後退してクラウドから慌てて離れた。俺の奇声にか、それとも大きなリアクションに驚いたのか、クラウドは目を丸くしている。その口にはしっかりと先程のビスケットが挟まっていて、半分ほど飛び出ているそれを唇を動かしながら全て口内に収めてしまった。
 もぐもぐと口を動かしながら、俺を不思議そうに見ている。
 た、食べちゃったよアレ。そいでもって触っ…!
「ん、やっぱおいしい、ありがとう。…けど何してんのザックス」
 だってお前、今お前の唇がぷにゅって、触っただろ…!!と言いたかったが声にならない。
「? 変なの」
 よく見ると溶けたチョコレートがぺたりとクラウドの下唇の淡い桜色の上を汚していた。
 非常に怪しくうろたえながらも、俺がそこをじっと見ているのに気がついたのか、クラウドが眉を寄せる。
「ヤダな、もしかしてチョコついてる?」
 ぺろっと、歯の間から赤い舌が出てきて唇を舐める仕草が……仕草に何というか。


 色気を感じた自分が、信じられない。
 けどそれが真実で今の俺を表す全て。





 ふらりと俺は立ち上がった。
 身体中の血液が目覚めて動き出す。目標は決まった。もう目の前の獲物しか見なくていい。
 俺はいつも直感とか本能とか結構大切にしてる。実際そんなに大きく外れないし、自分の感じたもの、信じたものを、何より自分自身を信じているから。

 心を落ち着かせようと、大きく息を吸い込む。
 一息入れたい気分だ。入れないと何かしでかしちまいそうな気がする。とりあえず今は一拍置いて冷静になったほうがいい。

 あれだ。おかしいなとかそんなはずは無いとか、頭の中でぐちゃぐちゃ考えているのは最初から俺の性には合っていなかったんだ。
 簡単じゃないか。いつものように、心ん中にストンと落ちてきたモノをそのまま受け止めればいいだけだった。
 感じたままに受け止めれば、こんなに簡単に。

 少しでもこいつと一緒にいたかった理由とか。
 側にいたい、いて欲しいなんて思ったのは。



「クラウド」
「何?」
「俺やっぱもう一袋新しいの買ってくるよ」
「え、いいよ別に。また次に来るときにでも」
 次に、の言葉に俺の口許がゆるんだ。そんな付き合いを彼は俺に許してくれている。
「次も持ってくるけどさ、今日も買ってくる」
 どうしよう。物凄く嬉しい。
 きょとんとした顔のクラウドを部屋に残して俺は外に出た。
 でも寮の長い廊下を歩きながら、浮き立つ心を抑えられずに思わず叫んだ。
「よっしゃあ!!」



 それを自覚すれば、こんなにも心が軽くなった。

 好きなんだ。
 あいつのこと、クラウドのこと、俺好きなんだ。

 すんなりと意識してしまうと、悩んでいたことがバカに思える。
 指に触れたあの唇に、他の場所で触れてみたいとか。塞ぎたい、閉じ込めたい、抱き締めたい。
 性別なんてポーンと飛び越えた。俺ってそこんとこ割と柔軟性があるかもしれない。
 ……でもあいつは?
 俺のことをこれっぽっちもそういう意味で意識なんてしていなさそうなあいつに、俺の気持ちを告げても、困惑するだけのような気がする。それで距離を取られたら俺も困るし、あいつは根っこんとこがちょっと神経質に感じるくらい生真面目なとこもあるので、モラルとか人の目とかそういうの凄く気にしそうな気がする。

 だから。
 まずは外堀から埋めていこうか、と思う。
 ゆっくり、確実に、仕向ける。
 でも彼にじっくり考える時間は与えてやらない。流れに巻き込んで絡め取る。
 一緒にいて、過ごして。自慢じゃないがムードを作るのは得意だ。伊達に今まで沢山の女の子と付き合ってきたわけじゃない。付き合う上での押したり引いたりのテクニックやパターンは経験上取得済みだ。それらを駆使して、あの何も知らなそうな真っ白な彼をどう落とそうか―――これからゆっくり作戦を練ろう。

「まずは好物で釣るか」
 彼の好きな菓子を買いに行こう。



 指先にはまだ熱がくすぶっている。
 淡い恋の始まりに生まれたチョコレートを溶かすほどの甘い熱―――。










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