めだまやき






 充分過ぎるくらい愛を確かめ合った次の日の朝、食卓にはパンとサラダと卵料理が乗っていた。


「……ふん。お前はやはり醤油派か」
「は?」
 ハボックが自分の皿の上の目玉焼きに景気よく醤油をたらしているのを見て、ロイは言った。
「目玉焼きだ。目玉焼きに何をかけて食べるかで、昔言い合いをしたことがあってな」
「言い合い…ですか? その相手ってもしかしてヒューズ中佐ですか?」
「ああ。なぜわかる?」
「だって、あんた友達少ないってゆーかいないし……って、いてっ」
 テーブルの下、ロイの足がハボックのベンケイノナキドコロを蹴り上げた。
「……で、ヒューズはソース派だった」
「へえ。じゃあ、その中佐と言い合ったてことは、あんたも俺と同じ醤油派っすか」

「いや、塩派だ。もしくはマヨネーズだ」

 一瞬返答に困ったハボックである。
「シンプルに塩をかけて食べる。味塩ならなおいいぞ。卵の味が引き立っておいしいんだ。卵とマヨネーズの相性は今更私たちが論じることではないな。文句なしにおいしい」
 うんうんとロイはうなずきながら語る。
「…や、大佐。醤油だってすごいおいしいですよ?俺は子供のときから醤油で食べてて、俺のお袋も親父も、いやうちの家系は代々醤油です。俺の実家がある地方ではみーんな醤油でソースかけて食べてるやつをみかけると、そりゃもう馬鹿にしたもんです」
「む?では塩も馬鹿にするのかね?」
 きらんと、剣呑な光をたたえてロイの切れ長の眼が光った…ように見えた。
 やべえ。
 ハボックは慌てた。ロイの機嫌は今ちょっと斜め下に向かっている。
「し、塩はフツーです。でもソースは邪道ですよね!」
「私はそこまでソースを邪険にはしていないぞ。ただヒューズのヤツはそのときしつこくてな。塩なんてだめだ、信じられないやつだ、ソースをかけろ!って無理矢理人の目玉焼きにソースをドバドバかけたんだ。人にはそれぞれ好みというものがあるだろう!それなのにあいつときたら……、朝から凄くむかっ腹が立った!」
「………ははは、そりゃなんてゆーか…、中佐妙なところで熱くなるとこありますもんね…って、え、朝?」
「馬鹿者、邪推をするな。士官学校時代の寮の食堂でのことだ。あいつは私の塩に納得がいかなかったらしく皆の同意を求めて次には大勢の前で鬱陶しいくらいの熱弁を始めてな。あれは馬鹿らしかったな」
「えーと、それを言っちゃったら身もふたもないですよ……」
「それ以来ヒューズの前では目玉焼きは食べないことにしている」
「はははは」


 ハボックは皿の上の目玉焼きを、フォークで一口大に切り取り、それをロイの前に差し出した。
「はい、大佐」
「ん?」
 その欠片には醤油がたっぷりとかかっていて、白と黄色のみずみずしい艶をぬりかえている。
「塩派の私に食べさせる気か!」
「ほら、口あけて」
 ロイの口許に近づける。
 ロイは、一瞬の逡巡の末、おずおずと唇を開いた。その口の中に卵が消えていく。
「………」
 咀嚼するさまをハボックはじっと見守った。
 ロイは探るように、用心深くそれを味わっているようだった。

 ごくり。

「ね?醤油も案外おいしいでしょ?」
 にっこり。
 ロイは上目遣いにハボックを見た。唇が少しとがっている。
「………やっぱり塩がいい」
「素直じゃないですねえ」
「な、なんだと!」


 仲良く朝ごはん。
 でも今日はもうすぐタイムリミット。
 出勤時間に遅れると、ほら、怖い雷が……、ね?





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20060428up 少なくともアメストリスにしょーゆはないですよね…アイタ。