鷹の眼に勝てるか。いや勝てるわけがない。






 のどかな昼下がり。
 東方司令部司令官であるロイ・マスタング大佐の執務室。 
 リザ・ホークアイ中尉。
 ジャン・ハボック少尉。
 ロイの副官であり護衛官である2人が対峙していた。
 2人の間を流れる空気は当然甘いものではなく・・・むしろあまりよろしくない。
 その2人が自分の執務机の目の前でなにやら始めそうな雰囲気。
 はっきりいって、ロイは許されるならば今すぐここから逃げ出したい気分でいっぱいだった。


「ハボック少尉、私は確か先週にも同じことをあなたに言ったはずです。大佐の送迎はきちんと時間厳守するようにと」
「はあ……、努力はしています」
「努力なら誰にでも出来ます。あなたが迎えに行く日は遅刻が多すぎます。現状が続くようなら他の者を任につかせたほうが良いと思います。そうお思いにはなりませんか、大佐」
 突然話をフラれてロイはあわてた。
「え、あ、ああ、まあその遅刻と言っても30分かそこらで、そんなに大げさな……」
 遅刻。
 元はといえば、自分の寝汚さとか、ハボックに対する甘えが原因だ。なのでロイは強くは言えないのだった。
「大佐!大佐がそれでは困ります。上に立つ者としての威厳や立場をお考えください」
「は、はい………」
 ロイ・マスタングはイシュヴァールの英雄として、また“焔の錬金術師”として名高く、凄い人だと巷では思われているが、その実は竹を割ったような性格のこの副官に頭が上がらなかったりする。
「今朝の出勤では、後世まで語り継がれそうな醜態を司令部内に広めたそうですね、お2人とも」

 ぎく。

 肩をこわばらせたロイとハボックである。
「少尉が大佐を荷物のように肩に担ぎ上げて、廊下を走ったとか。目撃者が多数。昼の食堂ではその話題でもちきりでした」
「あ〜っと、あれはですね、大佐がちょっと体調がすぐれなかったようなのでお運びして…」
 苦しい言い訳だ。
 ハボックはふやけた笑みをその頬にのせて、ちらりとロイを見た。
 ロイも慌てて言った。
「さすがに私もレディを抱え上げるような「おひめさまだっこ」はご免こうむりたかったのでね。不本意ではあったが、仕方なく麻袋のような扱いを甘んじて受け入れたわけだよ」
 ははははは、と笑うロイ。その口元はひきつっている。
 じろり、とホークアイが探るような、呆れているような視線を送ってくる。


 そしてロイとハボックは互いの心の中で互いに罪をなすりつけあっていた。
(今朝遅刻したのは貴様のせいだぞ、ハボック!!朝っぱらからなにをサカってんだか、人の寝込みを襲うし、やめろと言ったのにしつこいし!おかげで足腰がくがくで満足に立てなかったんだ!あれがなかったらちゃんと始業前に司令部の門をくぐっていたし、かつがれもしなかったさ!!)
(大佐があんまり色っぽいカッコで寝てるからいけないんすよ!最近忙しくて2人の時間なかなかつくれねえし、こっちは溜まってるってのに、あんたは無意識でもフェロモン全開で「食ベテクダサイ」オーラを朝っぱらからむんむんと!不可抗力です!あんたが悪い!)
(私か!?私が悪いのか!?ただ寝ていただけの私のどこが悪い!?)
(だって途中時間ヤバイって俺が言ってもあんた、自分からかわいく抱きついてきちゃって「もっと」っておねだりしたじゃないですか!あんたに誘われたらそりゃもう俺いっちまいますよ!)
(ななな、なんだと!だって、お前、それは、つまり……っ)


「お2人とも」
 2人の以心伝心アイコンタクト会話の間に、冷ややかな声が割って入った。
 振り向くと、がちゃりと銃をこちらに向けて構えるホークアイがいた。
「ちゅ、中尉……」
 鷹の眼がきらんと、剣呑な光を宿す。
 ハボックとロイは内心でひいいいいいと悲鳴を上げた。

「私はお2人の私生活をどうこう言いたくはありません。ですが」

 司令部内で密かに最強といわれている女性は、にっこりと笑って言った。

「ハボック少尉。送迎の時間は厳守するように」
「イエス、マアム!」
「大佐。戯れはほどほどになさってください。仕事に支障をきたすようなことにでもなれば、私にも考えがありますのでそのおつもりで」
「わ、わかったよ、中尉」
「では私はこれで失礼いたします。通常勤務に戻ります」
 ホークアイは銃をホルスターにしまってから、ぴしりと踵をただし、背中を伸ばして綺麗に敬礼するとさっさと執務室から出て行った。
 残されたのは………。


「………なあ、ハボック、中尉はその…、どこまで私たちのことを………」
 2人の人には言えない関係に気づいているとは、正直思いたくない。
 でも「2人の私生活」って……「戯れ」って………。
「こえぇ……。なんかいろいろ見抜かれてる気がするっすよ、大佐………」

「……………」

 2人は彼女が去っていった扉を見つめ、身震いをしたのだった。





               
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