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夜が明ける
暗い部屋の中央、ベッドの上に転がっている小さな体を見下ろした。
力尽きたように昏々と眠っている。
力ずくで汚された、彼の身体。
ふと、かわいそうだなと思う。
傷つけ、汚したのは、他ならぬ自分だというのに。
*
友達だとうそぶき、人の良さそうな笑顔で近づいた。
打ち解けてきた頃を見計らって、職場ではなく外で会う約束をする。
笑顔を見せてくれるようになった。
はにかみながら笑う彼は、最初に感じた印象通り『上等』だった。
油断を誘い薬を飲ませ、意識の混濁した彼を介抱するふりをして家に連れ帰った。
すぐさまベッドに転がした彼の服をはぐ。
白くて、頼りなくて、美しい、身体。
想像した通りだった。
時折意識を浮上させ、手足を使って弱弱しく抵抗を見せる彼の身体を組み敷いた。
何も、誰も知らない身体を暴き、開かせる。暗い喜びを感じる。
ひねりあげ、おさえつけた。
やめろと叫ぶ懇願が、泣き声に変わる。
食いしばる彼の口許を、涙に濡れる目尻を、ひきつった喉を見つめた。
興奮した。
押し入り、何度も突き上げた。
いたわりも情も存在しない。ただ本能が命じるまま、快楽に身を任せた。
熱い。
熱が交じり合い溶け合う。頭の芯が焼けきれそうだ。
気持ち、いい。
彼は泣いていた。
もっと奥に入りたい。
視線はそらされていた。
あたたかい、その場所へ、届くように。
一方的な、その行為の果てに。
俺に長いこといいように揺らされ続けて疲れきった彼の虚ろな視線と目があったとき、俺は多分笑っていた。
*
あらわになったその白い額に指先を伸ばす。
いつもは金色の長めの前髪の隙間からチラチラとしか見えない場所だ。
右のこめかみの上、髪の生え際のあたりに薄っすらと淡い線が一本あるのに気がついた。
彼だって兵士のひとりだ。傷跡のひとつやふたつあってもおかしなことではないし、むしろあって当たり前のような気もするのに。
皮膚がひきつれて微かに盛り上がっている場所を指でなぞる。
真新しい傷ではなさそうだから、消えずに残ってしまったのだろう。何となくその存在に苛立ちを覚えた。
傷跡から指を動かし、まだ湿っている髪の毛を弄ぶ。自分でも驚くほど優しい仕草になった。まるで恋人にするように。おかしなことをしたと後悔する。
その軽い接触に彼は反応を返さなかった。疲れてよほど深い眠りの中にいるのだろうか。
ベッドの端に腰掛けて、何となく彼の顔を改めて見下ろした。
頬のラインに若干柔らかさが残っているせいか、幼さを感じさせる顔立ちだ。実際自分よりも二つばかり年下だと言っていたか。
初めて彼と会話を交わしたあの日、雪景色の中でもやけに白さが印象的だった肌の色。今まで余り見たことがない色だった。
肌の色と、優しげに光を弾く金色の髪の色。自分には眩しすぎる色だと思った。
そして澄んだ湖面のような、あるいは快晴の突き抜けた空のような瞳の色。魔晄で滲んだ自分の人工的な色とは違う、混じり気のない純粋な蒼だった。
最初は単純にその彼の容姿に興味がわいた。
交わした会話もそう多かったわけではなかったが、その控えめな態度の端々にソルジャーである自分に対しての尊敬や興味が感じられた。
田舎から出てきたばかりの、世の中のほとんどをまだ何も知らないガキ、なのだろうと思った。
ふと、暗い感情が心の中に生まれた。
暇つぶしにはなるかもしれない。
どんな風に変わるのだろう。この白くてきれいな存在を汚して引きずり回したら。
想像したら何だか楽しい気分になったので、その後も彼の周辺をうろつき、その機会をうかがった。
ある日、彼が本当に不思議そうな顔をしながら、なぜ自分なんかに構うのかと聞いてきた。
俺は笑う。
何でって、友達だろう?
そう返したら彼は俯いて黙ってしまった。その頬から耳にかけて、いつもは抜けるように白い肌がほんのりと淡いピンク色に染まっていた。彼を抱いたら、全身がこんな風に匂い立つような色に変わるのだろうかと考えたら、たまらない気分になって俺は興奮した。
彼が嬉しそうな顔で微笑む。
もうそろそろいい頃合だと思った。
俺は笑顔を作って彼を食事に誘った。
彼にはただの爽やかな笑顔に見えただろうが、俺の頭の中では食事から家に連れ込むまでの一連の流れが構築されていた。
それは明らかに自分に向けられるその笑顔を裏切る行為だ。
それを平気で算段する自分を他人事のように笑う。いつものように心は硬く冷たく、何の感慨も覚えない。
他人はそれを最低だとなじるかもしれない。
だが心は揺れなかった。
彼は多分自分にとっては獲物なのだろう。
騙される方が悪いのだ。そう思った。
そういえば、と先程のことを思い出す。
最初はただ彼の身体を自分に都合がいいように力で押さえつけ、自由を奪い、自分の思うがまま一方的に扱っていた。
いつもそう、自分が気持ちよければいい。やりたいようにするだけ、相手のことなんかどうでもよかったからだ。
だが今日は途中からなぜか…なぜか急に彼に優しくしてやりたいような、そんな不可思議な気分になった。
彼にとって、この行為が苦痛なだけのものでなければいいのにと思った。
彼の反応をうかがい、震える小さな身体を抱き締めて唇に優しいキスをすると、現実から逃げるようにずっと硬く閉じたままだった瞼が持ち上がった。濡れて真っ赤になった瞳が驚いたように瞬く。彼の心の動きが、そのまま彼の身体の反応にも現れた。俺を深く咥え込んでいるその場所がひくりと収縮した。
目を合わせたまま腰をゆっくり引いてまた戻すと、彼はまた目を閉じて歯を食いしばった。その隙間から堪え切れずに悲鳴のような喘ぎが漏れた。
視線を落とすと、彼のものが勃ち上がって小さく震えていた。
さっきまで全然反応する様子がなかったし、自分もそれに関心がなかったので放っておいたのだが、何となくそれに手を伸ばしていた。
手の中に握りこむと、途端に彼が息を呑んで暴れだした。どこにまだそんな力が残っていたのかという勢いに一瞬だけ驚いたが、握りこんだ指に力を入れるとびくりと背中をひきつらせて手足の動きを止めた。俺を飲み込んでいる彼の内側に力が入る。それをいじれば先程までの比ではない感覚を彼のその場所が与えてくれるのだということを知り、俺は笑った。
ためらいはなかった。
彼のまだ幼いといってもいいその場所を指で愛撫した。
彼は恐れと戸惑いに翻弄されて泣きながら胸を震わせていた。その胸で立ち上がっている淡い色のそれを指でつまみ、唇に食み、舌で転がすと細い腰をくねらせた。
次々と与えられる感覚に若くて何も知らない彼の身体は、かわいそうなくらいに敏感に反応を返した。
あっけなく上りつめ、精を放つ。
俺の手の中に吐き出しながら、彼の内部が俺をぎゅうぎゅうと締め上げた。俺はそれを食い破るように乱暴に突き上げ、奥へ注ぎ込んだ。
その気持ちのよさに頭の中が恍惚となる。じんとしびれて何も考えられなくなった。
夢中になって何度それを繰り返したか分からない。
腰を打ち続けていると下半身からぐちゅぐちゅと卑猥な音がした。
何度目になるのか、彼の身体をうつぶせて後ろから繋がっていた。結合部分から溢れ出した白濁の液が彼の内腿を伝い、シーツの上をぬらしていた。そこだけではない。辺りを見渡せばシーツのそこかしこがぐちゃぐちゃに汚れて乱れていて、見るにたえない状態だった。
そういえばいつの間にか彼の声も聞こえなくなっていた。さっきまで揺れていた腰も動かなくなっていた。体を倒して彼の様子を窺うと、気を失っているようだ。
意識がないのに、自分を咥えている彼のその場所が貪欲に反応しているのがなんだかおかしかった。
意識のない彼に遠慮もせず腰を使い、彼の中にまた注いだあと、結合を解いて彼を風呂場まで抱き上げて連れて行く。
少し熱めのシャワーをかけても、どろどろに汚れた股間の始末をしているときでさえ、彼は目を覚まさなかった。
洗い清めたあと、新しいシーツにはりかえたベッドへと戻した。
その寝顔を見下ろしながら、さてこれからどうしようかと思案する。
今日一日、仕事もプライベートも何も予定は入っていない。
彼はどうだろうか。仕事かもしれなかった。目を覚まして仕事に出かけようとしたら、引き止めようと思った。
今日は一日付き合ってもらおう。返したくない。
彼とのセックスを思い出す。
男を相手にしたのは初めてで他に比べようがなかったが、意外にも勝手がよかったように思う。いや、意外どころではないかもしれない。記憶の中のどのセックスよりもバカみたいに夢中になっている自分がいた。久しぶりに頭の芯を震わせるような何かに出合ったような気がした。身体の相性がよかったとでも言うのだろうか。
そもそも自分が男を抱いてみたいという興味を抱いたことも意外だった。彼は確かに綺麗に整った顔をしているが、間違っても女のように、とは感じられない。体つきも幼さをそこかしこに残してはいるものの、明らかに男のものだ。他に自分の性的な欲求を刺激する何かを彼が持っているのだろうかと考えたが、分からなかった。
だが、しばらくの間、彼を手放したくないと思っているのは事実だ。
暇つぶしの軽い気持ち、興味本位で近づいたが、案外いい拾いものをしたのかもしれない。
薄く開いた彼の下唇にそっと指で触れた。
薄桃色の花びらみたいな柔らかいそれに自分のものを今度は咥えさせようか。
彼はきっと抵抗して泣くだろう。テクニックなど全く期待できないが、彼の苦痛や嫌悪、屈辱に歪み涙で濡れる顔を見れば気分がよくなりそうだった。
睨み返してくるだろうか。
それともやめて助けてと下手に出て許しを請うだろうか。
俺をどんな目で―――
次に目を開いたとき、彼はどんな顔で自分を見るのだろう。
家に連れ込む前の時間の、こじんまりとした郷土料理屋、同じテーブルの上に出された食事を一緒に食べていたときのことを思い出した。
楽しそうに笑っていた彼の笑顔が浮かんだ。
合わせて俺も笑うふりをした。爽やかな笑顔、砕けた会話、なるべく「トモダチ」として不自然がないように演じた。だが途中から…、もしかしたら演じなくても自然に笑っていたかもしれない。作ったものではなく、皮肉な笑いでもなく、顔がゆるんでいたかもしれない。本当に、久しぶりに。
その意味は、理由は一体なんだろう。
すべらかな彼の頬に手のひらで触れる。
昨夜、笑っていた、彼。
さっきまで、泣いていた、彼。
笑顔がかわいかったと、今になって何となくそう感じた。
笑顔だけではない。
照れたようにそっぽを向いて俯いていた彼の赤くなった耳たぶ。
俺の誘いにぎこちなく頷くときの、喜びを隠そうとして失敗している微妙な表情。
俺の横を歩いているとき、チラチラと視線を寄こすくせに、目があうと驚いたように外して何でもないふりをする。
大きな目をぱちぱちと瞬いて、俺の話に興味深そうに耳を傾けていた。一言も聞き逃さないとでも言うように。
いつもツンとすましているクールなイメージを払拭するように、俺の前では色々な表情を見せていた。
だけど、次に目が覚めたとき、彼はもう俺の前では笑わないだろう。
俺を見るその目に宿るのは拒絶、嫌悪、失望か。俺に相応しい、心地のよい暗い感覚を呼び起こすものだ。
けれど。
少しだけ惜しいような気もした。
この先、自分よりも明るい場所にいる彼の光が自分に届くことはない。向けられることはない。その光のほんの僅かな欠片でさえ。
それを寂しく思う自分、そう感じる自分がおかしかった。
自分が招いたことだ。
後悔するのは馬鹿げている。
もう随分昔に、何が正義か、何が悪か、常識も良識も、判断することをやめた。考えることも放棄して捨ててきた。
今更だ。本当に、今更だった。
信じていたものに裏切られ続けてきた。
何を信じていいのか分からなくなって、そんなくだらないものに振り回され続けることに疲れ、目の前に差し出されたものを受け止めるだけに決めた。
どうせ自分は組織の中のひとつのコマにすぎない。
叫んでも吠えても噛み付いても、大きな流れの中では何も出来やしない。
いつからか諦めることを覚えた。
一度それを自分に許すと際限なく自分の中の何かが壊れ、崩れていくのを感じた。けれどそれにも時間が経つにつれて慣れ、何も感じなくなった。麻痺したように気にならなくなった。
目の前に与えられた仕事をこなす。
息をしていれば毎日が過ぎていく。それでも生きていける。
自分自身に対しても興味が薄くなった。
他人の都合や気持ちなどに気をかけなくなった。俺の気まぐれに付き合いきれないと、友人が周りから何人もいなくなっていった。孤独を寂しいと感じる気持ちはわいてこなかった。
けれど心はいつも乾いていたような気がする。その乾きが俺を唯一苛立たせた。
そんなとき、彼に出会った。
クラウド・ストライフ。
外見も、言動も、まだ少年と言ってもいいくらいの幼さが目立つ神羅の一般兵士だった。
会話を交わすきっかけとなった、ともに参加した任務先で、彼が銃器を扱う姿は目にしている。その容姿をいい意味で裏切るくらいの、なかなかいい腕前だった。
興味を持った。悪く言えば、癇に障ったのかもしれない。彼の白い、何も知らなさそうなその存在の白さを、汚してみたくなったのかもしれない。
汚して、堕として、世の中の汚さや理不尽さを教えてやろうという傲慢な思いもあったかもしれない。
目の前に横たわる、この小さな頼りない存在。
俺が汚した。
けれどなぜだろう。不思議とそんな風には見えなかった。
彼はとても綺麗で、儚くそこに存在しているように感じられた。
息をするたびに、胸が小さく上下している。
屈みこんで顔を近づけ、真上から彼の寝顔を見つめた。あどけない、子供のような寝顔だ。
俺なんかに囚われてかわいそうに。
口の端を歪めながら、戯れに触れるだけのキスを彼の唇に落とした。必要なかったからさっきは口付けなんて一度もしなかった。なら今なぜしたのかと問われれば、何となくしたくなったとしか答えようがない。
馬鹿なことをしていると自分でも思うが、不思議とその行為は自分の中で心の在り様を落ち着かせるものだった。
しばらく…しばらく彼と一緒にいたいと思った。
逃げられないようにしようか。
昨夜のことがあるから、当然おとなしく彼がここに留まるとは思わない。
逃げられないように繋ごうか。
手足を使えないようにして動きを封じるか。
ろくでもないことを頭の中で考えている。
彼に執着している理由が自分でも分からない。
最初の目的は遂げたのだから、いつもの自分ならもう興味を失っているはずだった。
なのに、今日一日、いやもうしばらくと、彼と離れがたく思っている自分がいる。
彼を裏切る行為をして彼の信用を失った自分には、彼を繋ぎとめておける手段は数少ない。強制や脅しといった方法しか残っていないだろう。
幸い、彼を屈服させ、思うとおりに出来る力が自分にはある。
押さえつけ、沈ませ、逃げ道を塞ぐ、力が。
じきに夜が明ける。
彼はいつ目を覚ますだろう。
その瞼を持ち上げ、蒼い瞳が俺を映したとき、どんな色に変化するのだろう。
日の光が窓から射し込み、部屋の輪郭を浮かび上がらせる時間がやってくる。
俺にとっては日常の始まり。
彼にとっては悪夢の続きか。
待ちきれない。
あたたかい、その場所を思い出す。
しょうこりもなく身体が反応した。
じきに夜が明ける。
懐かしい感情を揺り動かされた。
忘れていた、思い。
あたたかい、あたたかい場所に触れたせいだと自分に言い訳をした。
もう自分には残っていないはずだ。
過去に捨ててきた。もう何も心に響かない。響くはずがないのに。
「……ックス…? 泣いてる…の…?」
微かな声がした。
いつの間にか、目を開いた彼がぼんやりとした顔で俺を見つめていた。
彼の指先が持ち上がり、迷いのない動作で俺の左頬に触れた。
視線はそらされない。
そこには恐れも、拒絶もなく。
なぜそんな目で俺を見れるんだろう。不思議だった。
「おかしいの…ソルジャーは強いんだから、泣くのなんておかしい…」
ふわりと彼は微笑んだ。
彼に指摘された通りに泣いているのかどうか、自分では分からなかった。ただ胸に何かがつまったよう苦しい。息がうまく出来なくて歯を食いしばってその苦しさにたえた。彼の胸に額をこすりつけた。
永遠になくしたと思っていた彼の笑顔に、初めて己の行為を後悔した。
わからない。わからない。わからない。彼はなぜ笑えるのか。
けれど笑ってくれた、そのことに酷く俺はほっとしていた。
彼が夜明けを連れてきてくれる。
もうすぐ闇に覆われた夜が明ける、そんな予感がした。
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