02 友





 いくらなんでももうそろそろ来る頃だろうと思って、男は建物の外に出て来訪者を待っていた。
 この山道を登って本当に「彼」がやってくるというのだろうか。

 知人から来訪予定の連絡を貰ったのは数日前のことだった。
 しかも彼の口から告げられた言葉はなかなかに衝撃的だった。
 「彼」を連れてくるという。

「何言ってんの? からかうのもいい加減にしろって」
 「彼」は、二年前に死んだ筈だ。そう聞いている。皮肉にも自分の同胞、神羅兵の手によって。
 電話の向こうで彼にいくら事情を説明されても、いまいち要領を得ない。
 だって信じられないだろう。死んだ人間がどうやって戻ってくるというのだ。
 更に話を聞けば、彼はしばらく旅行に出かけるという。しかもその「彼」と二人で。

 …死んだ「彼」が戻ってきたということは、生き返ったということだろうか。
 おもいっきりうさんくさくないか?
 そんなヤツとのんきに旅行するって?
 連絡をくれた知人は、男にとっては昔同じ会社で働いていた後輩であり、つい一年位前にこの星を救ったという英雄でもある。しかしどこか少しぼやっとしているところがあって、こと人間関係に関してはかなり頼りなかった。とにかく押しに弱いし根が素直で真面目すぎるのか人に騙されやすそうだった。
 だから今回も酷く心配になった。

 その「彼」は偽物で、騙されているんじゃないのか…?

 男が神羅で働いていた頃、「彼」とその知人が犬猫のようにじゃれあっているのをよく見ていた。その当時は仲がいいんだなあと微笑ましく思っていただけだったが、後になって実は二人は…ということを聞かされたときには「ああ、なるほどな…」と妙に納得したものだった。目には見えないが、何か二人の間にある絆やつながりのようなものを意識せずとも感じとっていたのかもしれない。
 その後二人が辿った運命を思えば、残酷としか言いようがないが、亡くした者はもう二度と戻っては来ない。
 運命に翻弄され、大切な人を失い、心に大きな傷を負った知人の彼を、「彼」の友人として陰ながら見守っていこう、男は密かに心の中で誓っていたわけだが…。

 戻ってきた、という「彼」にもうすぐ会える。果たして本人なのか偽者なのか。
 男は記憶の中に残る「彼」を頭に思い浮かべた。
 調子が良くて人懐こくてちゃっかりしているところもあったけれど、笑った顔が印象的なイイヤツだった。

「遅いな……」
 山道を見下ろす。曲がりくねった未舗装の道は両側に生えた木々の枝葉に隠されて遠くまでは見えない。
 それでも目をこらして長いこと見ていると、程なくして何やら騒ぎながら歩いてやってくる二人連れを視認できた。

 ……男が…二人。ええと…仲良く手をつないで歩いているような……。

 神羅カンパニーが誇る元ソルジャー2ndのこの男、視力は人並み以上にいい。見間違いではないだろう。あの二人が自分の待つ来訪者だろう。
 二人連れの、前を行く黒髪の男に手を引っ張られるようにして歩いていた金髪の男のほうが足を速めて前を歩いていた男を追い越し、前に回って……え、何、ちょ、道の真ん中で何してんの。男はびっくりして思わず声を上げそうになった。
 金髪の男は体を離してから何事かを黒髪の男に向かって言い捨て、それから黒髪の男を置き去りにしてひとりで山道を駆け上がってくる。
 凄い勢いで走ってきて、おそらく目的地だろう男が立っている建物の前までの距離を大分縮めてから、金髪の男はようやく視線を上げた。男が顔を確認すると、やはり彼は待ち人だった。いつもは雪のように白いその顔が面白いくらいに真っ赤になっていて、男はそれを見て「ああ…」と思い出した。彼のこんなかわいらしい表情を昔は良く見ていた。「彼」と一緒にいるときに。


 連絡をくれた知人、クラウド・ストライフと目が合った。
 カンセルは確信した。この後彼を追うようにやってくるだろう黒髪の彼は、間違いなく自分の友人だろうと。
 奇跡でも何でもいい。
 クラウドのこんな表情を久しぶりに見れたことに、そして友人との再会に。
 カンセルは、信じてもいない神に感謝をしたくてたまらない気分になったのだった。



***



「カンセルさん」
「遅かったじゃないか、待ちくたびれたよ」
「外で待っててくれてなくても良かったのに…」
 クラウドはまだ頬を上気させたまま、そわそわした様子で背後の道を振り返った。
 カンセルもそれにならって道の向こうを見る。黒髪の男がこちらに気付いたのか走り出したところだった。
「そうですよね。一刻も早く彼に会いたかったですよね…」
「やっぱり実際目にしてもびっくりなんだけど。なんていうか…アレだよな。確かにヤツだよな」
「すみません。本当はもっと早くに連絡を入れるべきでした。色々ゴタゴタしてて…自分のことで精一杯でした」
「死んでたやつが戻ってくるって俄かには信じられないよな。…ゴタゴタ…色々、ね」
 カンセルが思わせぶりな視線をクラウドに向けた。それに気付いたクラウドが顎を引いてカンセルを見上げてくる。口をへの字に曲げたその表情はどことなく幼さを感じさせ、その頬がまだ赤いのがかわいく見えて…あ、またデジャヴだ、とカンセルは思う。久しく忘れていた彼のこんな表情に、まるで神羅時代に戻ったかのような気分になる。
 だからカンセルは昔のようにからかう口調で続けた。
「ま、幸せなのは分かるし離れてた時間を少しでも取り戻したいってのは痛いほど分かるけど」
「え?」
「そりゃもう二人でいちゃつく時間のほうが大切で忙しかったよな」
 カンセルが指でクラウドの唇を指差すと、クラウドは絶句して更に顔を赤くした。
「………っ!」
 金髪のこの後輩は、さっきのアレを他人に見られていたとは露ほども考えていなかったらしい。
「い、今のは違います…っ、いちゃついてなんか、そんなにしてませ…っ」
 嘘つけ。じゃあその襟から覗くキスマーク…、ん?違うな、歯形か?に見えるソレはなんだろうなあ。あいつの独占欲丸出しなところは相変わらずか。
 そしてこうやって彼をからかっていると…、カンセルはにこやかに笑いながら視線を動かした。途中から猪突猛進の勢いでこちらに近づいてくる黒髪の友人は自分の想像どおりの行動をとるだろうか。

「カンセルっ!!」
「う、わっ!?」
 ヌッと後ろから伸ばされた男の片腕がクラウドの腹の辺りを抱え込み、彼の身体を後ろに引っ張った。バランスを崩したクラウドがよろめいて悲鳴を上げた。
 カンセルは男に向けられた視線を満足げに受け止める。クラウドとカンセルの間に距離を作るために引き離して。
 予想通り、昔と寸分も違わぬ自分達のやり取り。
 再会の感動はないのかよという感じだけれど。

「お前、いつも言ってるだろ!クラウドに変なちょっかいかけんな!」

 腕の中にぎゅうぎゅう愛しい者を抱き締めて、ムキになって見当違いのジェラシーを向けてくるこの男。
 カンセルが最後に会ったときの彼よりも幾分大人びて…悔しいがより男らしく格好良くなっているような気がした。
 …でも相変わらず、子犬のようにきゃんきゃん食いついてくる。



 ああ、彼だ。
 本当にあのザックス・フェアだった。



***



 ヒーリン・ロッジ。
 今は廃墟と化したミッドガルからそれほど遠くない山中にある療養所だ。
 大規模な施設はないが宿泊所、温泉などを利用できる。
 しかし療養所というのは表向きで、建物の内部には「神羅カンパニー」の社章が掲げられていて、メテオ災害後には今はほとんど解体されたといっても過言ではない神羅の残党が身を寄せ合い拠点としている場所でもあった。彼らはかつて神羅の都市開発部門の統括だったリーブ・トゥエスティが創設したWRO世界再生機構の活動にも密かに協力していると聞く。

 施設の南側にある離れの建物、その二階の一室に久しぶりの再会をした三人はこっそりと身を隠すようにして移動することになった。カンセルが借りて住んでいる部屋だ。カンセルは普段この療養所の細々とした雑事を仕事にして生活しているのだが、今日は二人が訪ねてくるということで休暇を取ったのだという。

「なんでこんなのしなきゃなんねえの?」
 変装用の黒いサングラスを少しずらしてザックスが口を尖らす。
「お前は俺たちの間では死んでるんだよ。ここにはお前の顔を知ってるやつがいるんだ。元ソルジャーで体調の悪いヤツもいたりさ…お前の顔見て「ついにお迎えが来たか」なんて気落ちさせたくない」
「お迎えって…そんなに深刻なのか? 俺の顔見て逆に元気になったりとかするかもじゃん。俺の知ってるやついんの、他に」
「……ああ、いる」
「誰、誰誰? 会いてえよ」
「ザックス」
 後ろを歩いていたクラウドがザックスの腰の辺りの服をつまんで引っ張った。振り向いたザックスに彼は無言で首を横に振る。その表情が暗く沈んでいたから、何か事情があるのだと察し、さすがのザックスも浮ついていた表情を引きしめた。
 前を歩くカンセルの右足が微妙にぎこちない動きをしていることにも気がついていた。
 カンセルが苦笑しながら言った。
「…お前は俺たちを複雑な気持ちにさせるヤツだからな…。お前は戦死したって最初は発表されたのに、大分あとになってからポロポロ噂が流れてさ。実験体として生きてたとか脱走後に神羅の手によって殺されたとか…極秘事項扱いだったそれが内外に漏れ出て、なんか凄かったし。クラウドに災害後に再会して、話を直接聴いたときは俺だって泣きたくなったよ」
「………」
 建物に入り二階へと続く階段を上りきると、さほど広くない廊下に横にずらっと並んだ一番手前の扉の前でカンセルは足を止めた。そこが目的地のようだった。鍵を取り出しながらおもむろにカンセルはザックスを振り返った。
「…お前は、どこもなんともなさそうだな」
「え?」
「元気ならいいんだ」
 カンセルはそれだけ言うと、開いたドアから来訪者の二人を部屋の中へと招き入れた。





 部屋の中に入ったあと、改めてカンセルとザックスは再会の喜びを確かめ合った。
「会えて嬉しいよ」
「そんなこと言って俺のことなんかすっかり忘れてただろお前、今の今まで」
「んなことねえって。何言ってんだよもう」
 ザックスは抱き寄せていた体を離して、ばしばしカンセルの身体を叩いて笑った。
「懐かしいな〜、うんうん、カンセルだ、本物だ」
「何だよそれ。お前こそ死んだやつが戻ってくるってなんなんだよ。実は幽霊でクラウドに取り憑いてるなんてオチじゃないだろな」

 小突き合い笑い合っている二人を、クラウドは少し離れた部屋の入り口近くで見ていた。
 二人とも嬉しそうで、ここに来て良かったと思う。でも自分は今二人の間に入れないような気がクラウドはした。
 昔、神羅で働いていた当時のことを思い出す。
 あの頃も二人が話している場には何となくクラウドは入っていけなかった。上司と部下という立場の違いもあったかもしれないが、カンセルと対するとき、クラウドはなぜか少し緊張した。実は少し苦手だった。カンセルとザックスが二人でいるのを見るのは少し嫌な感じがした。
(…今思えば凄く子供っぽかったと思うけど…)
 実際子供だった。
 同じソルジャー同士、二人が対等に渡り合っているという感じが羨ましかったのかもしれない。
 そして、……認めたくはないが、二人の仲の良さに単に嫉妬していたんだろう。
 ザックスを独り占めしたいなんて、つまりそんな気持ちが根底にあって。
 自分の心の狭さが嫌になる。それは今も相変わらず。
「………」
 クラウドは再会を喜ぶ二人を見ながら知らず唇をかんでいた。
 …ここにいたくないな、と思ってしまった。
「…あの、話割ってごめん、ザックス、カンセルさん、俺ちょっと外出てくるから」
「え」
 遠慮がちな声のトーンでクラウドがそう告げるのに、二人が振り向く。
 クラウドはなんとか口の端を持ち上げて笑って見せた。
「二人だけで色々話したいこともあるだろうし、俺はしばらく外してる。ゆっくり話しなよ」
 ザックスが目をパチパチさせながらカンセルから離れてクラウドのほうへ近づこうとするのを手で制す。クラウドは今、近くで顔を見られたくなかった。きっと変な顔をしていると思ったからだ。
「クラウド?」
「その辺で時間つぶしてる。話し終わったら携帯に連絡してくれれば戻ってくるから。…そうだ、どうせだから温泉にでもつかって…」
「おんせ…、カンセル、温泉て露天か!?」
 ザックスが「温泉」に反応し、カンセルに向かって何やら力いっぱい確認しようとする。
「え…。いや、露天も屋内も両方あるけど…」
「個室じゃなきゃダメ! 危険だ! どうしても入りたいんなら俺も行く! お前一人じゃぜーったいダメ!」
「危険って…ただの温泉…」
 何を心配しているというのだ、この男は。
「あ、そうだ、いいこと思いついた。カンセルもどうよ? 三人で温泉…」
「ま、待ってザックス、じゃあ温泉はやめとくから。とにかく、俺は出てくるから二人でゆっくり話してて。久しぶりなんだからいっぱいあるだろ、話したいこと」
「ん…? や、でも別にお前がいたって話は出来る…」
「鈍いなもうっ、俺が一人になりたいんだ!」
「え…、ちょ、クラウド…!?」
 慌てるザックスを無視し、クラウドが踵を返して部屋を出て行こうとするのを絶妙なタイミングで引きとめたのはカンセルだった。
「ちょい待ち、クラウド」
 ドアノブにかかっているクラウドの右手の、腕から肩にかけてがびくりと震えたのは気のせいではないだろう。
「外に出る前にその背中の荷物は下ろしていきな」
 背中の荷物というのは例のティファからの餞別枕だ。
「それ使って外で昼寝でもしたいんなら別だけど」
 そのカンセルの言葉にザックスの叫びが間髪入れずに続いた。
「ひとりで昼寝も危険だからダメーー!」
 ……だから、何を心配しているのだろう…。





「相変わらずだな、クラウド」
「んー?」
「言いたいことを我慢して呑み込む癖」
 窓側においてある小さな丸いテーブルセットに移動したザックスの前に淹れたてのコーヒーの入ったカップを置きながらカンセルが言う。ザックスの視線は窓の外に向けられていた。建物の前に広がてっている小さな中庭を横切っていくクラウドを目で追っている。
「クラウドも俺もカンセルも知らない仲じゃあるまいし、今更変に気を遣わなくてもいいのにな」
 カップを受け取ってから再び視線を外に向けたザックスは、中身を確かめもしないで無造作にそれを口に運び「あちっ」と舌を出した。それを呆れ顔でカンセルは眺めた。
「…お前も相変わらずだな」
 舌を出したまま涙目になっているザックスに向かって、カンセルはテーブルに身を乗り出して手を伸ばした。
 カンセルの指先がザックスの顎にかかり、顔を上向かせる。至近距離でじいっと観察するような目でザックスを見つめた後、顎にかけていた手を動かして頬の傷痕や耳や黒髪を触った。
「お…い、カンセル?」
「……少なくとも実体はあるみたいだな」
 真面目な顔でぺたぺた触ってくる。ザックスは照れた。
「俺に触っていいのはクラウドだけなんだけどな、まあ今日は特別に許し…」
 ばちん、といきなり頬を平手で力いっぱい叩かれた。喋っていたザックスは危うく舌をかみそうになった。
「いたっ、な、何すんだっ」
「触れるし感覚も異常なし。よし、幽霊じゃないな」
「意味分かんねえってっ、だから今更何の確認だっての!」
「クラウドのためだ。死んだ人間が生きて帰ってくるなんて相当怪しいだろ。あいつはあの通りお前に対しては盲目的なところがあるから、姿かたちがどうであれそれが『お前』だというなら何でも受け入れちまいそうな気がするし。心配して当然だ」
「俺は俺、正真正銘ザックス・フェア!! オーケイ、パーソナルデータから他人が知らないような思い出話まで今話そうか!?」
「きゃんきゃん喚くなよ、分かった分かった。でも叩いたのは謝らないからな。それはクラウドの痛みだ。お前があいつを置いていなくなったりしなかったらって思うことが幾つもあったからな。もう一度お前に会う事ができたなら一発殴ってやろうってずっと思ってた。本当は拳で思い切り吹っ飛ぶくらいやってやりたいとこだっての」
「……う、」
 ザックスは言葉を詰まらせた。


 もしも…もしも自分があの時うまいことやってクラウドと一緒に逃げ延びることができていたら…、もしも、もしももしも。考えたらキリがないがザックスとて考えないことではない。
 命を張ってクラウドを助けたことは後悔していない。微塵もだ。しかし一人生き残ったクラウドがその後に辿った運命を考えれば、果たして自分がしたことは正しかったのか、ただの自己犠牲の上に成り立つ自己満足でしかなかったのではないかと。
 今はこうして二人でいられる幸せを掴んだが、これまでクラウドを苦しめ続けていたのが他ならぬザックス自身であるということは痛いほど分かっている。自分の死が、クラウドの中に抜けない棘となって突き刺さり血を流させていたのをザックスは遥か高みのライフストリームの中で感じ取っていた。

 俺のことなんか忘れて、幸せになっていいんだよ。

 本当はそう願ってやりたかった。でもできなかった。綺麗事なんて言いたくない。だって好きだった、側にいたかった。本当は離れたくなんてなかったから。
 またこうして戻ってこれて彼と寄り添うことを許されたが、クラウドの中に刺さった棘は未だにまだ彼を苦しめ続けているのを知っている。
 彼は時折、夜中にうなされる。どんな夢を見ているのか、ザックスが軽く揺すって目を覚まさせれば、彼は酷く頼りない瞳でザックスの存在を探し、身体をすり寄せてくる。
 クラウドが恐れているのは再びの喪失だろう。唯一無二の存在を失うことへの恐怖、一度体験したことは彼の脳に刻まれて消えない衝撃となって残っている。そしてそのクラウドの恐れの原因となっているザックスという存在は、同時に彼の心を癒しもする。
 後悔したって、もしもなんて考えたって、どんなことをしても過去を書き換えられやしないから、自分はクラウドの側にいようとザックスは思う。これからのことを考えたい。放っておけば足踏みして同じとこをぐるぐる回っている彼の手をとり、共に前に進むために自分は還ってきたのだから。


「…お前にも色々心配かけたよな。クラウドのこととかも…ごめんなカンセル」
「俺にじゃなくてクラウドに謝れよ」
「うん、でもお前にも言っときたい。そんで、ありがとな」
「………ああ」
「俺もう絶対あいつの側を離れないよ。この先どんなことがあっても、迷惑がられても。それが帰ってきた俺の存在意義だと思う。あいつのために生き返ったんだから、あいつのためだけに生きたっていいだろ」
 ただ一人、愛する者のためだけに生きる、と彼は言う。
「…くさい。そもそもどうやってお前が生き返ったのかとか最大の謎なんだけどな」
「愛が奇跡を起こしたんだぜって言いたいとこだけど、まあ半分は彼女の我儘とみんなのおかげ、それに頑張ったクラウドへのご褒美ってとこだな」
「彼女?」
「俺たちの女神サマ」
 喉の奥で笑ったザックスに、カンセルは首を傾げる。一度死んで戻ってきたという非現実的な人間だから、地上をただ生きる人間には知るよしもない世界を覗いてきたのかもしれないと思い、深く追求するのをやめた。





「ああ、やっぱり俺クラウド連れ戻しに行ってくる」
 ほどなくしてザックスが椅子から立ち上がった。
 カンセルと会話を続けながらも彼の視線は窓の外へと向かいがちだったので、出かけていったクラウドを相当気にしているんだということには気付いていたから、むしろいつ探しに行くと言い出すだろうと待っていただけに、カンセルは笑った。随分長いこと彼にしては我慢したのではないだろうか。
「何笑ってるんだよ、カンセル」
「いや、お前の心配性なとこも相変わらずだと思って。ことクラウドに関してだけはそりゃもう過保護なまでに」
「日が大分傾いてきたから心配だろ」
「電話すればいいだろ。戻ってくる」
「や、直接迎えに行きたいんだ。あいつ俺たちに気ぃ遣ってくれて出てったんだし」
 今にもドアから…というよりも窓から飛び出していきそうなザックスだ。カンセルは肩をすくめた。
「止めないけど、あいつがどこにいるのか分かってないだろ。どこ迎えに行くつもりだよ」
 それに…とカンセルは続ける。
「俺たちに気を遣って、だけじゃないと思うぜ、出てった理由」
「え?」
「俺たちが仲良いとこ見てたくなかったんだろ。何も相手を独り占めしたいって思ってるのはお前だけじゃないってことさ」
 ザックスは一瞬虚をつかれたような顔をして、それからややして眉尻を情けなく下げたあとに頬を染めた。普段はきりりと凛凛しい男前が台無しな表情だった。
「え、そんな、クラウドが…? だ、だって俺たち別に…っ」
 そこで妙にうろたえられても、こっちも気持ち悪いだろうがとカンセルは思う。
「昔からそうだっただろ。俺とお前が一緒にいると、あいつ無言で俺に牽制かけて不器用な嫉妬心向けてきてたし。気付いてなかったのか?」
「んにゃ、全然……」
 ぽりぽりと頬を指でかくザックスの顔は満更でもない様子だ。いや、むしろ嬉しそうだった。控えめで消極的で感情を表現することが苦手なクラウドが、他人にそれと分かるような嫉妬心を表に出していたなんて、そう思うと。
「迎えに行ってやれ。ここ真っ直ぐ行って敷地を出て前の道を登っていくと、広場みたいなとこに出るから多分そこにクラウドはいると思う。何にもないけど見晴らしがよくて、遠くまで見渡せる彼のお気に入りの場所だ」
「お、おう、分かった。行ってくる」
 ザックスは少し立て付けの悪い窓をがらりと開ける。やはり手っ取り早くそこから出て行くつもりらしい。
 窓の外へと黒い背中が軽々と跳躍する。
 地面に降りるや否や走り出し、あっという間に背中が遠ざかって行く。それを窓枠にもたれて眺めながらカンセルはまた笑った。
「本当にお似合いの二人だよ、お前ら」


 ザックスとクラウドの二人が部屋に帰ってきたのは、それから大分時間がたってからで、日は沈み辺りがどっぷり暗くなってからだった。いつもより赤く見えるクラウドの唇とか二人の服についた枯れ草とか乱れた髪の毛とか、そんなものに気付かないふりをしてカンセルは二人に用意していた夕飯を勧めた。




***




 その日は時間が遅くなったこともあり、結局カンセルの部屋に二人は泊めてもらうことにした。
 電気を落とし、いざ眠ろうとした三人だったが…。
「………」
 部屋は1K、必然的に三人は同じ部屋で寝ることになった。壁際にあるベッドと、その横の床に並べたマットレス。
 そしてベッドの上には壁にぴったりくっつくようにしてクラウド、その横にカンセル、床にザックス。
 床で一人横になったザックスが、ベッドを見上げて暗闇の中呟いた。
「……なあ、カンセル起きてる?」
「…起きてるけどもうすぐ寝る。おやすみザックス」
「……なあ、なあなあ」
「なんだよ。静かにしろよ。話ならまた明日にしろ」
「なんでお前が真ん中で寝んの。俺たちの真ん中に」
「くじで決めたんだろ。今更文句言うな」
「だってさー…」
「それに俺が間に入ってないと、明日の朝一番に見たくないもん見せられそうで嫌なんだ。お前らに第三者の目なんて何の抑制にもならなさそうだし」
「俺クラウドにくっついてないと寝れねえ…」
「一晩くらい我慢しろよ。子供みたいなこと言ってんな。さっきだって充分いちゃついてきたんだろ」
「あ…やっぱりバレてた?」
「クラウドはともかく、お前は隠そうともしてないくせによく言うよ」
「なあ…カンセルぅ。部屋の主をベッドから追い出そうなんて大それたことは言わねえから、お前とクラウドの真ん中にちょーっと俺を入らせてもらえれば…」
「シングルベッドに大人三人で寝れるか馬鹿っ」
「頼むよ〜なあなあ」
 そのとき、ぎしり、とベッドのスプリングがきしむ音がして壁際で寝ていたクラウドがむくりと身体を起こした。
 小声で会話をしていたつもりだったが、どうやら起こしてしまったか。
「クラウド?」
 クラウドが枕(例の餞別)を掴んで、無言のまま闇の中を動いたのが分かった。ベッドで横になっているカンセルの身体の上を膝で跨ぎ、床に下りる。それからマットレスの上に枕を置いてザックスの隣に横になった。
 突然動いたクラウドにザックスもカンセルもびっくりして思わず起き上がる。
「く、クラウド!?」
 今度は壁ではなくベッドの側面に顔をくっつけているクラウドは、ザックスに背中を向けたままぼそりと低い声で言った。
「………寝る。おやすみ」

 クラウドの隣で寝られるのならザックスには文句はない。
 クラウドが自分でその場所を寝る場所に選んだというのならカンセルも何も言うことはなかった。
 ただひとつカンセルが今訊きたいことがあるとすれば…その存在を思い出したのがクラウドが持ってきて今使っている例の枕のことだった。なぜにそれを?と大いに疑問に思うのだが…まあそれは明日になってから改めて訊いても遅くないだろう。
「おやすみザックス、おやすみクラウド。また明日」
 変な夜だが、まあ悪くないとカンセルは笑って目を閉じた。
「おやすみな、カンセル」
 それから小声で「クラウド〜」という声がして直後にガツッという鈍い音が続いた。それからザックスの「いたっ」という声。その後は朝まで静かだった。





 翌朝、誰よりも早く目が覚めてしまったカンセルは、ベッドの下で仲良く寄り添って寝ている二人をばっちり見てしまった。ザックスが…というよりもクラウドがザックスにしがみついているような格好で、独り身のカンセルは朝から大いに当てられて何ともいえない不機嫌な気持ちになったのだった。





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