勝負




 切欠があればなあ、とザックスは考えていた。
 親友という関係も悪くないけれど。





 売り言葉に買い言葉。
 クラウドは勝負の勝ち負けに非常にこだわる。
 ザックスには自分がこう言えば彼が食いついてくるだろうことは容易に想像できた。


「負けるもんか!」
「んじゃ、クラウドが負けたら、今度のオフに俺と1日デート、な?」

 意表をつく条件に、クラウドが一瞬顔を引きつらせた。更に顔を赤くする。
「デ、デートって何だよ!?俺のこと馬鹿にしてんのか!」
「するわけないだろ。デート。映画でも見にいこっか。それから食事して…」
「いつものオフと何が違うんだよ!?」
「クラウドの1日、俺にチョーダイ」
「い、意味分かんな…」
 ワケが分からないが、目の前のザックスの何か得体の知れないようなにっこり笑顔に不安になる。
 だって最近よく一緒に自分たちは休日を過ごしたりしている。
 それと何が違うというのだろう?
「いいだろ?だってクラウド、負ける気ないんだろ?」
 煽る物言いにグ、とクラウドが詰まる。
 勿論だ。
 負けん気の強さがクラウドの背を押す。
「じゃあ俺が勝ったらザックス、今度のオフは1日中……」
 1日中俺の言うことを何でも聞くこと、なんてかわいらしい内容。
 それもなんだかいいかもしれない、なんてザックスは思った。
 勝っても負けても、自分に損はない。

 無論、ザックスは負ける気なんて全然しなかったのだが。





 そしてついにその日がやってきた。
 神羅ビル。ソルジャーフロアのトレーニングルームに2人はいた。
 ソルジャー・クラス1stザックス・フェア。そして一般兵のクラウド・ストライフ。
「どうした、クラウド?」
 身体を軽く動かし、腕や足の筋を伸ばしながらザックスは目の前のクラウドに声をかけた。
「俺、ここに来たの初めてだし…」
 ガラス張りの部屋の向こうでは、2ndや3rdクラスのソルジャーや研究員が、面白そうにこちらを見ている。
 ソルジャーフロアなんて一般兵士のクラウドには縁のない、敷居の高い場所だった。
「別にここじゃなくたって良かったんじゃ…」
「んー、でも見物人がいるほうが勝負って燃えるだろ」
「恥ずかしいよ!」
「勝負の行方をたくさんの人に見てもらって、証人になってもらわなきゃな」
「どうせ俺が負けるって思ってんだろ!?ソルジャーに適うわけないって…、俺のこと馬鹿にして!」
「してないって。よし、んじゃ始めるぞ。頼むな、カンセル」
 カンセル、と呼ばれたクラス2ndのソルジャーが、任せとけと向かい合って立つクラウドとザックスの前に立った。ちらりとクラウドのほうを見る。
「おまえがクラウドか。確かにチョコボ頭…いや、ザックスから色々聞いてるよ。うん、確かにかわいいなぁ」
「カンセル、余計なことは言うなよ」
「ははは」
「………」
 かわいいってなんだ。クラウドは無言で唇を突き出し、ザックスを睨み上げた。
「さ、じゃあ1発勝負だ。制限時間は1分。用意はいいかい」

 足を肩幅に開いて。拳を軽く握る。
 目の前のザックスがにやりと笑った、ような気がした。
 負けられない!

 スタートを知らせる合図。

 勝ち負けを決めるのは至極簡単。1分間でスクワットを何回できるか。回数が多いほうが勝ちだ。

 いざ勝負!





 分かっていた。
 分かっていたけど、それを認めるのは癪だった。
 案の定、勝負はザックスの勝ち。
 でもクラウドだって物凄く頑張った。
 回数でいったら、2回しか違わなかった。
 でも勝負を終えた後、息も切れ切れのクラウドに対して、ザックスは余裕の表情で息もほとんど乱れていなかった。
 それがまたクラウドの心を逆なでする。
「やっぱおまえ、結構頑張るなあ」
 そんなふうに言われたって全然嬉しくない。
 俺もソルジャーだったら絶対負けないのに、なんて思ってしまう自分がさらに嫌だった。
「……俺の負けだ」
「デート、楽しみにしてるからな」
 デート…。あれだろうか。いつも一緒に遊んだり食べたりするときは、大抵ザックスがお金を払ってくれていた。ザックスが言っている「デート」というのはそれがクラウドの役目、という意味かもしれない。
(今月の生活費、あとどれくらい残ってたかな…)
 月末はかなり厳しくなるかもしれないな、と思う。切り詰めるのはやはり食費か。
 だが仕方ない。それが約束だった。
 酷使した大腿にだるさを感じながら、よろりとクラウドは立ち上がった。







「おまえ、本気なのか」
「んー?」
「や、確かにちょっとそこらじゃ見ないくらいには綺麗つーかかわいかった…ような気はするけど、でも男じゃん」
「俺もさー、そこら辺は俺なりに結構悩んだけど、なんて言うかさ」
「何だよ」
「親友、ってポジションも悪くないけど、俺としてはもうそれじゃ我慢できないとこまで来てるっつうか。夢にまで見るし…あ、ただの夢じゃねえよ。ピンク色なやつな」
「……まあ、夢は深層心理を表すとか言うけどな」
「俺の夢は色つき匂いつきでものすっごくリアルだぜ」
「………。約束の『デート』は明日だっけか」
「どきどきすんな〜」
「その…あれだ。犯罪だけはやめてくれよ。頼むから……」


 その頃、クラウドは自室の冷蔵庫の裏にこっそり隠してあったヘソクリを引っ張り出して、溜息をついていた。









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