104 探す





 人の部屋に入るなり、その男はベッドの下を覗き込んだ。
「…何やってるの?」
 クラウドはその男、友人のザックス・フェアの背中に向けて困惑した声をかけた。
「ない」
 ザックスはベッドの底板に両手をかけて軽々と斜めに持ち上げると、ベッドの下の床を端から端まで真剣な目で見ている。
 そういえば最近ベッドの下を掃除していないので埃がいっぱいたまっているだろうなあとクラウドは思ったが、ザックスが埃をチェックしているとは思えないので、クラウドには彼が何をしているのか想像もできずに首をひねった。
 ない、と言うからには、彼は何かを探しているらしい。

 今日は外で待ち合わせのはずだったのに、約束した時間の随分前に突然ザックスがクラウドの部屋に押し掛けてきたのだった。
 一般兵のぼろぼろの宿舎にきらきらのソルジャーが乗り込んで来るだなんて、建物の敷地に入ってからクラウドの部屋に来るまでの間に、彼の姿はさぞかし目立ったことだろう。

「…何を探してるの?」
 クラウドの問いかけにやっと振り向いたザックスは、とても不満そうな顔をしていた。
「ここは男の聖地だろうが!」
 ここ、ってつまりベッドの下か?
「せいち?」
 クラウドは意味が分からず聞き返す。
「じゃあお前はいったいどこに隠してるんだ。ていうかむしろ隠してない? それはそれで男らしいけど。じゃあいったいどこなんだ」
「…? 何のことを言ってるんだか分からないんだけど…何を隠すんだよ、そんな狭い場所に」
「何って、勿論エロ本だろ、エロ本!」
 えろほん…とは、つまりあれか。
 クラウドは一瞬絶句し、それからたちまち顔を真っ赤にして眉を吊り上げた。
「だ、誰がそんなの…っ!」
「その辺の本棚にしまってあるのか。それともそこに積んである雑誌の間か。いやいやクローゼットの中とか…」
 黙っていればザックスは勝手にその辺を探し出しそうだったので、クラウドは慌てた。…いや、探られたら困るものが見つかってしまうからという理由からでは決してない。
「俺はそんなの持ってない!」
「持ってない…?」
 ザックスの眉間に皺が寄る。
「いくら探したって、そんなのこの部屋にはないから!」
「嘘」
「嘘じゃない!」
「何も恥ずかしがることはないんだぞ。俺だって」
「持ってないったら!!」
「………」
 ザックスは声を荒げるクラウドの顔を凝視して、なんとも言えない顔をする。
 なおもまだ何か言いたそうにザックスは口を動かしかけたが、それをやめて一瞬天を仰ぐと、クラウドのベッドとは反対側の向かいの壁に隣接して置いてある、クラウドと同室の男のベッドへと向かい、先程と同じようにまたベッドの下を覗き込んだ。そして床と底板のわずかな隙間に指を入れて、何かを引っ張り出した。
 今度は満足のいく結果を得ることができたらしい。ザックスは嬉しそうな顔ですごく威張りながら、手の中のものをクラウドに見せる。
 それは確かにザックスがこの部屋に入ってから探していたであろうもの――あられもない姿の女性が悩ましげなポーズをとっている表紙の冊子と、なんだかこてこての胡散臭いタイトルがついているパッケージのプラスチックケースだった。おそらくタイトルに負けないくらいの淫らな映像が納められたディスクがその中には納められているのだろう。
「そ…それ…」
 クラウドは同室の男の涼しげな顔を思い出す。
 まさか彼がそんなものを持っているだなんて思わなかった。もちろん彼がそれらを見ているところなんてクラウドは見かけたこともない。
「クラウドだって男の子なんだから、興味がないってことはないだろ」
 そりゃあクラウドも年頃なので、興味がないということはないけれど、かと言って飛びつきたいというほどのものでもなかった。
 故郷にいた幼なじみに抱いた淡い想いが初恋だったというのなら、クラウドの異性に関しての経験はそんなほんのりとしたもので止まっていた。
 故郷を出てここミッドガルに来てからは、日々の生活に精一杯で女の子に気を向ける余裕なんてなかったし、第一、職場とねぐらの行き来が主体の生活では、異性との出会いなんてほとんどといっていいほどに無い。
 まあでも、出会いが無いというのはもしかしたら言い訳で、モテるやつはどんなに忙しくたって余裕が無いとか言ってたってモテるのだろうし、そういう意味ではクラウドがとんとその手のことに縁がないのは、単にモテないから女性にスルーされているだけということなのかもしれない。
 現に目の前のこの男だって、毎日を忙しく過ごしているはずなのに、やれ誰々とデートしただの二股三股かけているだのという噂が、第三者の口からクラウドの耳に入ってくる。当人に直接真相を問いただしたことが無いので、本当のところ彼がどれほどモテるのか、どんな女性と付き合っているのか、また噂の真偽がどうなのかは知らないのだが。
 でもまあザックスはモテるんだろうなあというのはクラウドにも容易に想像できる。
 かゆいところにも手が届くような、マメで気が利く男だ。彼のさりげない優しさに触れると、クラウドでさえ時折背中がむずむずするくらいに胸がときめいてしまうこともあるのだから。
 異性や性的なものにまったく興味が無いとは断言しないが、しかし目の前のこの男にそれを正直に打ち明けるのも何だかためらう…のはなぜだろうとクラウドは思いながら口を開いた。
「…俺は別にそういうのは…」
 動揺して目を泳がせていたクラウドが、ザックスに視線を戻すと、彼は手にした雑誌を嬉々とした様子でめくっていた。
「うあー、こいついいモン持ってんなあ。クラウド、これ、これ見てみ!」
 とか何とか言って、豊満な胸を持つ女性がカメラに向かって挑戦的な視線を投げている写真のページをクラウドのほうに向けて開いて見せた。女性は大股開きの格好で下着が少しずれていて…おくてのクラウドには少々どころかかなり刺激が強すぎた。
「み…っ、見せないでよそんなの…っ!」
 とか言いながらも、ついチラチラと見てしまうクラウドだった。やっぱり気にはなるのだった。
 ザックスは手の中の物を次々と見ている。
「これはどこで手に入れたんだろ。すげー、もしかして無修正?」
 ザックスはかなり楽しそうにパッケージを眺めている。それをまたためらいもなくクラウドの前に突きつけた。
「こういうの、クラウドは見たいとか思わねえ?」
 そこに印刷されていた写真を一目見ただけで、クラウドは卒倒しそうになった。記録されている映像の中身を紹介する小さな小さなワンシーンのカットだったが、明らかにそれらしい行為の最中の女性の写真だった。
 見ていられなくて、クラウドは目をぎゅっと瞑り、ザックスにパッケージを押し返した。
「やめろよ、俺は見たくない…っ!」
「えー」
「興味ない興味ない興味ないんだから!」
「クラウド顔真っ赤でかわいいなあ」
「どういうつもりだよ、人の部屋に来るなり嫌がらせかセクハラかっ。待ち合わせ時間前に人の部屋来て何なんだよもう!」
 ザックスは、真っ赤に熟れたクラウドの頬を指先でぷにぷにと突いている。
「いやなー、この間トモダチと飲んだときに、なんでかベッドの下の話になったわけだよ。エロ本自慢とかして盛り上がったんだけど、そこでなんか俺、クラウドのこと思い出して、おまえはそういうのどうなのかなーって凄く気になっちまって」
「だから俺は持ってない!」
「えー、いやいややっぱりそれは嘘だろ」
「嘘じゃない!」
「そんなわけ…、でも、クラウドはどんなのが好みなのかなーって想像してみたけど、なんか出来なかったって言うか。どうもおまえとエロ本が結びつかなかったんだよな。で、実際はどうなのかなってそれからずっと気になってて、実際にこれは確認してみたいなあと…」
「おあいにくさま! どんなに俺の私物を探したって永遠にそんなの見つからないんだからな!」
「……」
 ザックスはクラウドの言葉をまだ完全に信じていないのか、疑りの目で見ている。
 そんなにクラウドがそういうのを持っていないことがザックス的には不満なんだろうか。
「な…なんだよ。じゃあ探したければ探してもいいよ。それであんたの気が済むなら。でもちゃんとそのあとは片づけろよ」
「……うーん、ホントに持ってないのか? 信じらんねえ。でもクラウドだしなぁ…アリかなぁ…」
 ぶつぶつぶつ。
 今度こそちゃんと納得してくれただろうか。
 ザックスは唸りながら顎に手を当てて考える仕草をしたあと、壁に掛かった時計を見上げ、ぽんと両手を打ち鳴らした。クラウドを見つめる。
 あ、嫌な予感がする。この「ぱあああ〜」って効果音が聞こえてきそうなザックスの表情の変化はやばい。
「よしクラウド、買いに行こう!」
「は?」
「今日の予定変更。男の子の必需品エロ本を俺も一緒に行って探してやる。お前の好みとか教えて」
 俺すっごいいいことを思いついちゃったとでも言うように目を輝かせ、今すぐにでもクラウドの手を取って部屋の外に飛び出していきそうな勢いのザックスに、クラウドは慌てる。
 ふたりで、エロ本探し?
 なんでそんな恥ずかしいことをしなきゃならないんだっ。
 そこに立っているだけでも、やけに存在感があって目立つザックスと一緒にエロ本漁りだなんて、確実に周囲からの注目の的になるだろう。冗談じゃない。ていうかそもそもそんな売り場には行きたくない。もし誰かに見られたりしたら恥ずかしいじゃないかっ。
「だから俺は別にそんなの欲しくないって…っ」
「恥ずかしがらなくたっていいって。俺とおまえの仲だろ」
「ザックス!」
 クラウドはザックスの手にまだ握られていた同室の男の秘蔵アイテムを取り上げると、それを元あった場所へ素早く戻した。
 振り向いてザックスを睨みつける。
「これ以上その話を続けるんなら、今日はもう帰って。しつこいし気分悪いから。今日はもうあんたとは出かけない!」
「えええええ」
「本気だよ!」
「く…クラウド…」
 やっとザックスも少しやりすぎたと気がついたのか、頭の後ろをかきながらしゅん…として背中を丸めた。
「悪い…」
 クラウドの返答は、つんとそっぽを向いての無言の態度だった。
「悪かったクラウド、機嫌なおして」
「……」
「クラウド〜」
 泣く子も黙るソルジャーが、年下のしがない一般兵を前にして、眉を八の字にしてしおれた犬のような様子でなんとも情けない。でもクラウドもそんな彼だからこそ憎めないのは確かだった。
 気落ちしている彼を見ていたら、人のいいクラウドは、ちょっと言い過ぎたし大袈裟に反応しすぎたのかもと少し良心がいたみだした。
 気まずさを紛らわしたくて、クラウドは小さく咳払いをする。
 これは決して譲歩ではない…けれど幾分トーンダウンしてザックスに話しかける。
「……ザックスも…」
 ちらりとザックスを見る。
 ふたりの目が合っただけで、ザックスの機嫌がぎゅうんっと上向き、彼の頭の上に見えない耳がぴんと立って、その後ろでふさふさの尻尾がぶんぶんちぎれんばかりに振られている幻が見えるような気がした。犬だ。やっぱりザックスって犬っぽいとクラウドは改めて思う。
「なになに、クラウド」
「…だからその…ザックスのベッドの下にも…あるの?」
「あるって何が」
 勘のいいザックスが今の話の流れでクラウドの言いたいことが分からないわけがなかった。
 ザックスは絶対分かっていて、わざととぼけてクラウドに聞き返しているのだ。そういう意地の悪いことを時々ザックスは駆け引きのようにクラウドに対してする。
「だから、さっきみたいな本とかだよ…」
「ああうん、勿論とっておきのが!」
 やっぱり持ってるんだ…とクラウドは額を押さえた。
 ザックスの部屋に泊まったことがある。
 いつだったか、ザックスの部屋に遊びに行ったとき、思ったよりも遅い時間まで長居をしてしまって帰るのが面倒くさくなり、そのまま家主の言葉に甘えて家に泊めてもらったのだ。
 深夜、ベッドにふたりしてなだれ込んで、夜明け近くまで馬鹿みたいに騒いではしゃいだのは、内向的で友達があまりいないクラウドにとっては新鮮な体験でとても楽しかった。けどあのとき寝たベッドの下にそんなものが置いてあったなんて……。
 なんだか複雑な心境になって、クラウドはその場に座り込んだ。
 自分が激しく拒否反応を示したものをザックスが明るく肯定したのを見て、なんだか気が抜けるというか、自分が馬鹿みたいに思えてくる。
 自分はあまり興味がないから所持していないが、世間一般ではそういうものに興味を持つことも、ベッドの下にそういうのものが隠してあることも普通のことなのだろうか。
 恥ずかしさが先立って過剰に反応してしまったが、そこまでのことじゃなかったのかも、と思い直すクラウドだった。だとしたら自分の言動はザックスに悪いことをしたのかもしれない…なんて思い始めたクラウドは、やっぱりちょっと人がよすぎるかもしれない。
「どうしたクラウド」
「…何でもない」
「そうだ、買いに行くのが嫌ならさ、今度俺の部屋に来たときに、俺の見せてやるよ」
「ザックスの…?」
「ああ。今日の俺みたいにお前が探してくれてもいいぜ」
「や…そういうのは…」
「まあ今日ので隠し場所はバレバレなんだけど…じゃあクラウドが来るまでに違うとこに隠しとくよ。なんだか宝探しみたいで楽しそうじゃね?」
「ま、待って、別にそんなの全然楽しくなんて…」
「本だけじゃなくて他にも色々あるからそれも…って、あ、でも中にはお前にはちょーっと刺激が強すぎるのもあるかもしんない。もしそれ見つけたら大当たり〜!な」
 刺激が強すぎるものってなんだろう。
 そんな大当たり嬉しくないから…って、いやいやそういうことじゃなくて!
「あああ、もういいから黙れあんた。やっぱりさっきのちっとも反省してないだろ!」
「してる! そんでクラウドにかまって欲しい!」
「してない絶対っ」
「すっげえお前のことを心配してんの! 年頃にそういうのとか女に興味ないって、それはやっぱりいかんだろ、不健全だろ。だからそのテのことには自称物知り博士なこの俺様が色々どーんと教えてやるって、つまりそういうことだ!」
「物知り博士ってなに。お…教えるってなにをだよ…」
 なんでそんなにザックスが目をきらきらさせて張り切っているのかクラウドには理解不能だった。でも非常に嫌な予感がして腰が引ける。大体それって人に教えてもらうことなのか。こんなことに彼は年上風を吹かせたいのか。


「今度なんて言わずに、なんだったら今から俺の部屋に来るかクラウド」
「え…いや、いやそれは、だから俺は」
「そうだな、それがいいようん、そうしよう。買いに行くのはそのあとでもまた今度でもいいし。俺のとっておき、おまえだけに特別に見せてやる。ほら、とっとと出かける準備しな」
「ザックス、人の話聞いてた? だから俺はそんなの…っ」
「おし行くぜ!」
「待っ…ザぁックス!!」




 本日の予定。
 ショッピング→ウフフ宝探しに変更(ザックス先生のありがたい講釈つき)。









end.

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