清しこの夜、恋せよ青春





「クラウド、明日の夜、なんか予定入ってるか」
 社員食堂で喉につかえそうなぱさぱさのコッペパンをミルクで流し込んでいたとき、同僚からそう聞かれた。
「……別に何もないけど」
「やっぱりな」
「やっぱり?」
 クラウドは何が「やっぱり」なのかが分からなくて首をひねった。その様子に相手は苦笑する。
「明日は24日だろ。12月24日、イブじゃんか」
 そういえばそうだった。最近ミッドガルの街中を歩くと、綺麗なイルミネーションや店先にツリーが飾られていたのを思い出す。特にクラウド自身は「クリスマス」という行事に興味がなく、また関係することもなかったので気にもしていなかったのだった。
「おまえ女っ気全然ないもんなあ」
 彼は勝手にうんうん頷いている。
「明日の夜、彼女いない寂しい男共が集まって騒ごうって言っててさ。良かったらおまえも来ないか。もしかしたら総務部の女の子とかが飛び入りで来てくれるかもしれないって」
 八番街にある小さな店を貸しきって食べたり飲んだりするらしい。店の名前はクラウドも聞いたことがあった。自家製のかぼちゃのプディングがおいしいとの噂だ。
 どうせ予定なんて何もなかったし、断る理由も思いつかなかったので、クラウドは「行ってもいいよ」とその場で同僚に返事をした。本当は少しだけかぼちゃのプディングに興味があったのだということは内緒だ。



「え!明日の夜予定入れちまったのか!?」
 大声でそう聞き返されてクラウドのほうがびっくりした。
 その日の夜、いつものようにいきなり人の部屋に押しかけ、手土産に持ってきたスナック菓子や焼き菓子の袋を床にひろげて勝手にくつろいでいたザックスが「そういえば明日さあ…」と切り出したのに、クラウドは明日の予定を正直に話した。するとザックスが急に血相を変えて大声を出したのだ。
「だ、誰と!?つうか何で!?」
「同僚のジェイドが誘ってくれたから」
「明日何日か分かってるかクラウド、24日のクリスマスイブだぞ!?」
「………。明日明日ってなんでみんなそんなにイブにこだわるの?」
「だってそりゃあ、つまり、その…、なんだ……」
 急にしどろもどろになったザックスに、ベッドの上に寝そべって雑誌を広げていたクラウドは、手を伸ばして床の上の焼き菓子をひとつ拾い上げて口に入れた。
「ザックスはどうせ彼女とデートなんだろ?別に俺はカンケーないじゃん」
「え、なんで!?俺の彼女って何だよ!?」
「…?違うの?」
 クリスマスに興味がないクラウドでも、その日は世間一般の恋人達が一緒に過ごす日、という認識ぐらいはあったので、てっきりザックスもそうだと思っていた。
 ソルジャー・クラス1stのザックスと一般兵のクラウドが任務時のアクシデントが切欠で友達付き合いをはじめてから、まだ2ヶ月あまり。互いを知るにつれ、ザックスの女好きや軟派な噂はクラウドの耳にも入ってきていた。
 クラウドの前で彼は余りそういった素振りを見せていないようだったが、男の自分から見てもザックスみたいな人間は女性にもてるんだろうなと思う。直接本人にそういう話題を振ったことはないのだけれど、やはりザックスの彼女の存在は社内でも多々噂になっていて(要するにザックスはある意味物凄く『有名』なのだった)そんな彼だから、クリスマスに共に過ごす女性がいるのだと思っていた。
「もしかして彼女に用事があってデートできないの?仕事とか?」
「ちょ、彼女から頭はなせよ!」
「???」
 本気でザックスの言いたがっていることが分からない。
 実はそんな2人のやりとりを最初からずっと部屋の隅で見守っていた人物がいた。クラウドと同室のカインである。机に向かって故郷の両親に手紙をつづっていたのだが、その手を休めて気の毒そうな視線をソルジャーの広い背中に送った。
(鈍すぎるんだよな……)
 この部屋にいるクラウド以外の2人は内心で溜息をついた。

「もしかして俺と一緒に過ごしたかったの、明日」
 本当に、心底意外だという声で訊ねてくる天然少年に。
 もしかして、じゃなくて。
 こくん、とザックスは首を力なく縦に振る。尻尾と耳が彼にあったら間違いなくそれは垂れ下がっていただろう。





 その店は八番街LOVELESS通りから入った狭い路地の脇にある雑居ビルの地下にあった。それほど広くもないが、落ち着いた雰囲気の隠れ家的な食事処だ。
「ごめん、遅れた」
 クラウドが店に入ると、もうすでにテーブルには数人が座っていて、酒やジュースを片手に何やら盛り上がっている。
「おー、来たか、クラウド!」
 クラウドをこの騒ぎに誘ったジェイドが、気づいて片手を上げる。が、その彼の後ろから店に入ってきた人物に目をとめると、その顔から一気に笑みが消えた。
「え、え、えええええええ!!??ざ、ざざザックスさんんっっ!???」
 叫び声に、その場にいた全員の視線がクラウドたちの方に向かう。
 クラウドの後ろから現れた長身の男は、どこか不服そうな表情で、しかもこんなところで今日という日に顔を合わせるはずがないと思っていた天下のソルジャー様だったものだから、その場の誰もが驚きに固まってしまった。クラウドはしんと静まり返ってしまった店内の様子に慌てて言葉を継いだ。
「ご、ごめん。どうしてもついてくって言い張るから……」
 ザックスがどうして仏頂面なのか、誰も事情が分からないのでちょっと怖かった。
「駄目かな。駄目だったら俺帰るけど……」
 むす、としているザックスの目がジェイドをゆっくりと見据えた。ジェイドの背中を冷たいものが伝う。ぶんぶん首を横に振った。
「全然問題ないぞおお!ザックスさん、どうぞどうぞこちらにきて座ってくださいぃ!!!」
 なんか分からんけど怖えぇぇ!!!!
 見えないザックスからのプレッシャーに恐怖を感じ、ジェイドは常にない俊敏さで立ち上がると二人を席まで案内したのだった。
 こうしてモテない男どもは、男の敵を自ら迎え入れてしまった。



「ザックスさんとご一緒できるなんてー」
「嬉しいー」
「付き合っているコいないんですかー?」
 クラウドとザックスが席について間もなく、総務部の女の子たちがやって来た。彼女達は他の男共には目もくれずザックスの周りに陣取り、さっきからずっとアプローチを繰り返していた。
「趣味はなんですかー?」
「休日は何をして…」
 ザックスは穏やかに微笑しながら彼女達に答えている。
(………あっちに行きたいなぁ…)
 ちらりと向こう側のテーブルに目をやる。ザックスに女の子たちを持っていかれて面白くないジェイドや他の同僚達が、遠巻きにこちらを眺めていた。
 女の子たちの眼中外で全然相手にされていないのはクラウドも同じなのだが、ザックスの隣で女の子たちの黄色い声を聴く羽目になっていた。ここを抜け出し、あちらで静かに友人達の会話に耳を傾けていたいというのが正直なクラウドの気持ちなのだが。
 テーブルの下、膝の上を覗き込む。
(……放してくれないし……)
 これは何かの嫌がらせなのだろうか。
 自分の右手はザックスの手のひらにがしりと掴まれ、動けないのだった。
 横のザックスにちらりと視線を送ると、彼はクラウドの存在なんて忘れたような様子でこちらに後頭部を向け、楽しそうな声で話している。
「………」
 ちくり、と胸に痛みが走り、クラウドは俯いた。
(………。来なければ良かった)
 面白くも何ともない。目の前には食べてみたかったかぼちゃのプディングがあるけれど、一度スプーンを口に運んだだけで、もう食べる気にもなれなかった。多分おいしいのだろうとは思うのだが、喉をうまく通っていかない。


「なあなあ、折角だからゲームしませんかー?」
 ザックスに全部いいとこを持っていかれたまま今日という日を終わらせてたまるか!という男共は立ち上がった。
 紙のナプキンを細く切って作ったくじを手にしたジェイドが、こちらにやって来た。
「王様ゲーム!どう?どう?」
 いわゆる、くじを使い「王様」を決めて命令するというギャンブル性の高いゲームだ。命令によっては場がシラけたり盛り上がったりする。
 女の子たちは「えー」と余り乗り気ではないようだった。男共の下心アリアリな感じが見えるし、それだったらザックスと話しているほうがいいと思うのは当然だろう。
「王様ゲームか。こういう時にはやっぱ欠かせないよな」
 気まずくなりかけたとき、明るい声がそれを助けた。
「俺もやるぜ」
 にっこり笑ったのはザックスだった。傍らのクラウドに顔を向け、
「おまえもやるだろ」
「え、」
 クラウドは目を見開いた。急に話を振られたことにもびっくりしたのだが、それよりも自分の手の上に重ねられた彼の手に力がこもったことに動揺したのだ。
「よし、みんなでやるか、王様ゲーム!」
 その声に「私もやる!」と彼女達も言い出す。あわよくばザックスさんと…という魂胆だ。


「王様だぁ〜れだ!?」
 はい俺ー!と名乗りを上げたクラウドの同僚の一人は嬉々として命令を口にした。
「5番が1枚服を脱ぐー!」
 最低ー!と女の子たちからブーイングが起きる。
「5番誰〜?」
 ゲーム参加者男7名、女3名は互いに顔を見合わせた。
 すると、ひとり、俯いた者がいる。
「………俺」
 消え入りそうな声でぽつりとクラウドが呟いた。
「…………」
「…………」
「…………」
 その場がしんと静まり返る。
「ご、ごめん俺で!!!」
 しらけてしまった場の雰囲気になんだかクラウドは居たたまれない気持ちになり謝った。
「しかも俺今日これ1枚だけしか着てなくて、ど、ど、どうしよう…!?」
 自分が着ている黒のタートルネックセーターの胸の辺りを引っ張って見せて、クラウドは顔を真っ赤にさせて酷くうろたえた。今日はセーターの上にダウンジャケットを羽織っただけの格好でここまで来たのだった。
「……脱がなきゃダメ…だよな、やっぱり……」
 観念してクラウドがセーターの裾に手をかけたとき、クラウドの隣にいたザックスが凄い勢いで立ち上がったと思いきや、がばりと自分のニットを脱ぎ、えいやあっとそれを後方に投げ捨てた。見る者も呆気に取られるくらいの鮮やかな一瞬の動作。
「不肖このザックス・フェアが、クラウドの代わりにお脱ぎいたします!」
 ザックスの見事に鍛え抜かれた上半身が、店の赤味がかったランプに照らされる。女の子たちはキャーとか言いながら、しっかりそれを見つめていた。
「ざ、ザックス!?」
「こいつ今日ちょっと風邪気味だからさ、体冷やすと心配だから俺で許して?」
「何言って…、俺風邪気味なんかじゃ…」
「仕方ないな。今回だけは特別に許す!んじゃクジ集めるぞ。次、次〜!」
 何でそんな余計なことをしたのかとザックスを問いただしたかったが、次のくじ引きが始まってしまいタイミングを逸してしまった。「やっぱ寒いんだけど〜」とおどけているザックスを問いたげな目で見れば、ウィンクを返される。本当に何を考えているのか分からない…。

 何回かゲームを繰り返すうちにそれなりに皆盛り上がってきた。
 これで最後、とくじを引き、王様が下した命令は、
「8番と1番がベロチュー!!」
 同性同士だとかなりショックな、でも絶対このゲームには外せないそのものずばりなものだった。しかも濃厚なベロチュウだ。
 女の子たちは思った。相手がザックスさんなら!と。
 男達は思った。女の子と最後にキスして今夜の憂さを晴らしてやるぜ!と。

 しかし。

「………う。ごめん。1番俺……」
 気まずそうにそう言ったのは、クラウド・ストライフ(15)。泣きそうな顔だ。

 ザックスがクラウド以外のゲーム参加者の顔を素早く見回した。ザックスの丁度左斜め前にいたジェイドが自分の手の中のクジの番号とクラウドの顔を何度か往復して見た後、口を開こうとするのに気がついて―――。

 ガツンと片足に物凄い衝撃が走り、ジェイドは堪らず悲鳴を上げた。
「痛ったっっ!!!!」
 体を丸めるジェイドの呻きに、ザックスのあっけらかんとした明るい声がかぶった。
「はいはーい、8番俺ー!」
 先程からの流れでまだ上半身見事な裸体を周囲に惜しげもなく晒していたザックスが、手を上げて立ち上がる。
「王様の命令にて、ベロチュー、いかせていただきまっす!」
 口をぽかんと開けて自分を見上げているクラウドの腕を取り立ち上がらせると、クラウドの細い顎に手をかけた。
「ザックス、待っ……」
「待たない」
 吐息を盗まれそうな間近さで魔晄の青い瞬きが真剣に自分を見つめるのに、クラウドは抗うことも忘れて。

 むちゅーーーーーーーううぅぅっ。

 ギャラリー約8名(店の店員を含めると11名)の見守る中、2人の濃密なキスシーンは、心理的なものもあってか随分長いこと続いたような……気がした。





「んもう!信じらんない、ばかザックス!!!」
 八番街の噴水広場前の階段を上っていくクラウドは、自分の唇を手の甲でさっきからずっとごしごし擦っていた。
「そんなに怒んなよー、ゲームだろ。余興だろ」
「あんなのっ!やるっていったってフリだけでいいじゃん!何もバカ正直に人の口ん中好き放題…!最低っ、アホバカ死んじゃえ!」
「そこまで言うことないじゃん…」
 ザックスもクラウドの後を追って階段を上る。階段の頂上に先に上りきったクラウドが、くるりと振り返ってザックスを見下ろした。顔は真っ赤だし目は充血している。余程ショックだったらしい。
 への字に曲がったいつもよりも赤いクラウドの唇をザックスは眺め、さっきまであの唇に…と思っていたところに、クラウドがぽつりと零す。
「………ファーストキスだったのに」
 ファースト…?
 唇に気をとられていて、聞き逃しそうになった。
「俺のファーストキスだったのに、最悪だ!!」
 え、マジ???
 思わぬ事実に、ザックスの顔が無意識にゆるんだ。
「……てことは、俺としたのが初めてってこと?初体験?」
「悪いか!」
 顔がにやけるのが止まらない。
「うっそ、マジで?」
「何だよその顔は!?バカにしてんのか!?」
 ザックスは何だか嬉しくなって急いで残りの階段を上り、クラウドの横に行くとその手を掴んで駆け出した。

 おまえとただ一緒にいたいと思ったんだ。
 おまえの裸を誰か他のヤツに見せたくないと思ったんだ。
 おまえが他のヤツとキスしてるところなんて見たくなかったんだ。

 そしておまえの特別になるのって悪くないなと思った。


 まだ、この恋は始まったばかり。








「今日はまあ、それなりに楽しかったかなあ」
「ひとりで寂しく部屋で過ごすよりはマシだったってとこかな」
 負け犬(?)クリスマス・パーティーも無事お開きになり、ジェイドとその友人はもう大分人影がまばらになった街中を帰路についていた。
「おい、大丈夫か、足」
「んー。ちょいまだ痛ェ」
 あの時足の甲を思い切り強く踏み付けられた。誰にやられたのかは分かっている。
 8番のクジを引いたのは彼ではなく自分だったのだから。
「……なあ、ザックスさんてさ……」
「ザックスさんが来ちまったのが誤算だったよなあ。あの人空気読めてねえよ。でも嫌味がないのが憎めないつーか」
「ザックスさんて男もいけるクチなのかな」
「はあ??なんだソレ」
「や……、だってアレはさあ……」
「あー、あれマジやってたよなあ、クラウド目ぇ白黒させてたもんな。びっくりしたけどすげえもん見ちまったよ」
「………」
 そうだよな、ザックスさんは女好きで有名だし…でもクラウド鈍いし奥手だし万が一…いや大丈夫だろ…、待てよでも百戦錬磨のザックスさんの手にかかれば……。
「………。大丈夫かな、クラウド…」
 自分の足の痛みも忘れ、老婆心ながら同僚の心配をするジェイドなのだった。









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