まなざし





「お前さ、俺のこと好きだろ?」
 何でもない普段の会話の流れで、そんなことを突然彼は言った。どきりとした。
 思わず振り向いたら、視線の先で彼は笑っていた。
「好きだろ?」
 もう一度聞いてくる。
 好きか嫌いか、と問われれば、勿論好きなのだと思う。じゃなければ、こんな風に彼の誘いに乗って休日に外出したりはしない。一緒に行動したりもしない。
「…うん。たぶん」
 でも俺は好きだとは言えずに、そんな風に答えてしまった。
「多分てなんだよ」
 彼は肩をすくめて苦笑した。自分の答え方が彼の不興をかってしまったのだろうかと心配になる。
「え…と、違う、ごめん、好きとか嫌いとか、そんな風にあんまり考えたことなくて…」
「イヤイヤ俺と付き合ってるわけじゃないよな?」
「う、うん。嫌じゃないよ」
 歩く速度を落として俺の横に並んだ彼が、少し背を傾けて俺の顔を覗き込んでくる。
 顔が近いな、と感じて視線を落とした。顔に血が上るのが自分でも分かった。意図が分からない他人との近すぎる距離には、どう対処していいのか分からない。
「お前の目が、さ」
 目?
 顔を上げると、驚くほど至近距離に彼の顔があった。いつの間にか彼は俺の正面に回りこんでいた。気づかずに歩き続けていたら、彼の体にぶつかっていたかもしれない。
「な、なに?」
 意志の強さを表すようなすっと伸びた眉毛の下の、蒼い、不思議な輝きを放つ瞳が俺を見ていた。
「俺を見るお前の目がさ、いっつも俺のことが好きだーって言ってるような気がするんだよな」
 真顔で突然何を言い出すのだろう、この男は。
「…それ、いつもあんたが女の子たちに言ってるくどき文句か何か…?」
「くどき文句…ていうか、俺がいつもお前にくどかれてるような気がしてんだけどな」
「?」
 意味が分からない。
「自分じゃ気づいてねえのか」
「なにに…?」
「あー…、うん。そうだな、気にすんな。ごめん、もしかしたら俺の願望が多分に入ってんのかもしれねえし」
 彼はそう言って俺の手を握った。そうすることが当たり前のように指を絡め、歩き出す。
「ちょ、なにするんだよ…っ」
「もう一軒どっか寄って行こーぜ。俺がおごっちゃる。何がいい?」
「え…っ、でもさっきもおごってもらったし、今日は時間ももう…」
「さっきはお前遠慮してちょーっとしか食べなかっただろ。ダメだぞ、育ち盛りの若いモンはもっとガツガツいかねえと」
「…何その年よりくさい言い方」
「一応お前よりは年上だもん。こういうときはおとなしくおごられておきなさい。な?」
「……」
 繁華街を人の波を縫いながら先を歩いていた彼の足が不意に止まり、軽く顔を傾けて振り向く。
「…俺はお前のことが好きだけどな」
 彼の表情が真剣で、なんだか凄く意味のある告白のような気がして、俺の胸は不覚にもうずいた。好きだと他人に言われたのは、それが友人でも初めてのことだった。
 彼のその真剣な顔がふと崩れて笑い顔になる。
「“たぶん”な」
 最後に足されたその単語は、先程自分が言ってしまった不用意な言葉。それがくっつくだけで、伝えたいその気持ちがひどく曖昧な意味になってしまうということに、自分が相手に言われたことで気がついた。なんだか、むっとしたから言い返してしまった。
「お…俺もあんたのことが好きだと思うよ、たぶんっ」
「お、やっと好きって言ったな」
「たぶんって言っただろ!」
「そうそう、たぶんな」
 手を繋いだまま、二人の友人は大声でやりあい、人ごみの中に消えていった。










back