レイディアント・ガーデン





 夜中に目が覚めた。
 空調を入れたまま、いつの間にか寝てしまったらしい。少し肌寒い。
 視線を巡らせば、暗闇の中、闇に沈んだ金色が見えた。
 なんでそんなところで寝てるんだろうと、思わず苦笑してしまう。
 体を起こして、足元の方までベッドの上を移動する。そうっと、彼を起こさないようにそうっと。
 彼はネコのように背中を丸め、タオルケットを爪先まですっぽりとかぶっていた。
 顔を近づければすうすうと穏やかな寝息が聞こえる。

 今夜は泊まっていけと勧め、ソファで寝ると言って遠慮する彼を、強引に自分のベッドへと引っ張り上げた。
「…寝相、悪いのかな」
 こんな隅っこで丸まって、それ以上少しでも動いたらベッドから転がり落ちそうな場所だ。
 安全な場所まで動かしてやろうかどうかと迷ったが、結局そのままにして何となくタオルケットから覗く彼のつむじを眺めていた。闇に目が慣れてくると、髪の毛の一本一本まで識別できるようになる。

 友人は多いほうだと思う。
 みんなでわいわい騒ぐのは好きだし、楽しい。友達を作るのも割と得意だし、そういう意味では自分の性格を気に入っている。よくデリカシーがないとか強引すぎるとかは言われるけれど。
「…こいつはちょっとてこずったけどな」
 指を伸ばして、シーツの上に散らばっている明るい色の髪の先っぽをつまむ。
 そうしながら、数ヶ月前を思い出していた。
 ―――そう、彼と最初に出会った、あの日を。






 彼を初めて個々に認識したのはミッションに向かう途中でアクシデントが起きた日だった。
 雪山で遭難しかけ、一歩間違えば生死をかける問題にもなりかねない、運命を共にする同士だというような感覚がそうさせたのか、会社の立場上での上下関係をそれほど意識しないようなやり取りが二人の間でできていた。
 そうして雪深い山奥を進んだ先にあった廃屋で、会いたいようで会いたくなかった辛い相手と出会い、心奥をえぐられるような戦いに向き合い、大事だった、大切なものを喪った。そして憧れていた志を潰されそうな重みとともに受け継いだ、あの日。
 ミッドガルまでの帰路、彼もヘリに同乗して一緒に帰ったはずだ。
 けれど記憶がない。彼がどこにいたのか。何かしゃべったのか。
 余裕がなかった。
 自分の内側で嵐のように吹き荒れている様々な胸を重たくする想いに、事実に、自ら向き合う、そのことだけで精一杯だった。
 ミッドガルのヘリポートに到着して、タラップを降りながら、見慣れた光景のはずなのに、うるさいくらいに灯された人口的な灯りを少し視線の先に広がるビルに見て、なぜかそのときとてもうんざりした。
 それを見ていたくなかったのか、無意識に振り向いたその先で、タラップをこれから降りようとしている彼の姿を見つけた。その顔色は闇夜の中でもそれと分かるくらい青かった。そういえば、彼は乗り物に弱いのだと、行きのヘリの中か、それとも雪山を歩いている最中だったか、聞いたような気がする。
 このときまで、たぶん彼の存在はすっかり自分の意識から外れていた。
 偶然ミッションに同行しただけの関係、遭難というアクシデントに見舞われたせいで、決して少なくはない会話を彼と交わす機会を得たが、それだけだった。それだけの付き合いになるはずだった。
 このミッションが終了すれば、またばらばらに自分の居場所に戻り、互いに普段の仕事に戻る。機会があれば、そのうちまた同じミッションに立ちあうこともあるかもしれないが、そのときに彼の名前を自分が覚えているかどうかは怪しかった。彼はここミッドガルでは余り見かけない淡い金色の髪と白い肌、おまけに整った顔立ちであったから、その印象的な容姿は記憶のどこかに引っかかるかもしれないが、本当にそれだけだろう。―――だから、常の自分であれば、絶対にしないことをこの時自分はしたのだと思う。たんに気まぐれからだったのか…その時の自分の心の持ちようは、今でもよく分からない。
 ふらふらしている彼に向けて手を差し伸べ、声をかけていた。
「大丈夫か、お前」
 突然声をかけられた彼は、戸惑った顔をした。彼は差し出された手に、自分の手を重ねはしなかった。手すりを掴みながらゆっくりと地面まで降りて、上官の横まで来ると、俯いたままぼそりと「…ありがとうございます。でも心配は無用です」と呟くように言ってから、そのまま去ろうとした。視線を合わせようともしなかった。
 彼はとても緊張しているようだった。ともにモデオ渓谷を分け歩いたときとは、まるで別人のように態度がまるで違う。
「どうした、クラウド」
 まだ覚えていた名前を口に乗せる。
 彼が先に行きたがっているのは分かった。だからその腕を捕まえてとどまらせた。そうすると触れた箇所から、彼の緊張がより増したのが伝わってきた。
 彼を緊張させていたのが自分なのだと、このときになってやっと分かった。
 狭い空間に同乗して数時間も揺られていたのだ。おそらく黙りこんで難しい顔を終始崩さなかった自分を見ていて、漂う尋常でない雰囲気を感じていたのだろう。他人を寄せ付けない空気を敏感に感じ取って、彼は彼なりに気を遣い自分と距離をとろうとしているのかもしれなかった。
「…離してください。俺、行かなくちゃ…」
 何故かこのとき、去るもの追わず、が身上の自分にしては珍しく、逃げようとするものを追いかけたくなった。意地悪心がむくむくとわいた。
「なぁ、今晩あいてるか?」
 深く考えもしないで、口から出た言葉がそれだった。
 自分では認めたくはないが、そのとき、独りでいたくなかったのかもしれない。
 たぶん寂しかったから。苦しかったから。
 こんなときにひとりでいてもきっと眠れないだろう。
 気を紛らわしてくれる何かが…誰かを無意識に欲していたのかもしれない。
 しかし、矛先を向けられた彼はびっくりしたようだ。
 思わず振り向いて、まん丸い目を見開いて上官を凝視してしまうくらいには。
「こ、今夜…? これから?」
 もうかなり遅い時間だった。おまけにアクシデント続きのミッションをやっと終了して、疲労困憊、我が家にやっと帰って休める…そんな夜なのに、これから付き合えとはどういう了見だと、その目は訴えている。
 普通なら、このままおとなしく帰してやるのが、優しい上官なのだろう。
 けれど、今夜だけは。
 自分の事情が、物分りのいい上官でいさせてくれなかった。
「つきあってくれよ」
「……」
 あからさまに迷惑そうな顔を一瞬だけ見せた彼だったが、断れる立場でもない。それでも渋々といった風に頷いた。そうやって心のうちが容易く顔に出てしまう彼の正直さや若さを好ましく感じた。


 いったん別れ、各々の用事を片付けてから、本社のビルから出てきた彼の腕を引っ張って八番街へと連れ出した。
 知る人ぞ知る、みたいな隠れ家的な居酒屋を選んで入った。
 胎の内を全て晒したわけではない会ったばかりの相手に話せることといったら、当たりさわりのないものばかりで、くだらない噂や意味のないニュースのこと、本当にどうでもいいことを繰り返してばかりだった。酒も相当入って、ふざけて彼に絡んだような気もする。けれど、彼は茶化すでもなく、迷惑そうにするでもなく、黙って静かに耳を傾けていてくれた。数十年来の友がそこにいるような錯覚を覚えるほどに、向かい合って話し、ふたりでグラスを傾けることが自然のような空気がそこにはあって、心地よい空間だった。
 おとなしくて、冷静で、無口な彼が一度だけ顔を真っ赤にして怒鳴ったのは、こちらがちょっとふざけてセクハラまがいのことを冗談でやったときだった。
 私服のニットに包まれた彼の細い腰が、そのときたぶん酒のせいでなにやらやけに色っぽく見え、好奇心に負けて、気がつけば、彼の腰から尻を手のひらで撫でていた。決してそんないやらしい気持ち満々で、というわけではなかったのだが、彼は飛び上がらんばかりに反応して、なんと足で脇腹を蹴られた。びっくりして身構える間もなかったから地面に転がって尻餅をついてしまった。
 どうやら彼はおとなしいばかりのかわいこちゃんではないらしい。
 …そうだった。神羅の兵士だ、当たり前だ。綺麗に整った顔に騙されるところだった。
 聞けば、普段から同性の同僚やら上司から、セクハラを受けることが多々あるという。
 神羅カンパニーはその会社の性質上、男の占める割合が高い。そんな中に彼のような眼福といってもいい容姿の少年がいれば、うっかりつい手を出したくなるのも分かるような、分からないような…。
 彼はそれをとても屈辱的に思っているらしく、その手のことには例え冗談であったとしても許しがたく、嫌悪さえ感じるらしい。
 ふと、疑問に思って、だったらそのセクハラのたびに同僚や上司を今みたいに蹴ったりしているのかと問えば、彼ははっとして、凄くバツの悪そうな顔になり、「してない…いつも我慢してる。ごめん、あんたが上官だってこと、一瞬忘れた…」と申し訳なさそうに頭を下げた。
 勿論それには笑って許して…でももしかしたらその時だったんじゃないかと今なら思う。上官と部下としてでなく、これからも彼と付き合いを続けたいと、友達として付き合えるんじゃないか、付き合いたいなあと本気でそう思ったのは。
 大切な人を喪ったその日に、すんなりと心に入り込んできたこの年下の少年が、自分の中に出来た空洞を埋めてくれるような、そんな予感がしたのだ。






「…最初はな、アンジールのことを他の誰かで紛らわせたいだけみたいな感じで、俺すごく最低だったかもしれないけど…」
 金色の髪を指先で弄びながら、彼の横に自分もごろりと体を転がして頬杖をついた。
 飲み明かしたその早朝、オツカレサマデシタ、ハイ、サヨウナラで別れる気は全くこちらにはなかった。
 ソルジャーと一般兵とでは、基本的に諸々の能力の差から職務の質が違うし、一般兵がソルジャーの任務のサポート役して同じ任務に就くときもあるが、それだってそう多くはない。こちらが兵士を指名するわけではないから、余程の偶然が起こらなければ、同じミッションに参加できるとは思えなかった。
 つながりをとどめておきたいのならば、機会を作り、こちらから努力して歩み寄るしか手はないだろう。
 こうと決めればすぐに行動に移るのが自分だ。
 それはもう自分で言うのもなんだが涙ぐましい努力をした。
 彼のスケジュールを調べ、仕事の終了時間を見計らって待ち伏せたり、彼が社の食堂を使う時間に自分も合わせて行って同席したり、聞き出したメールアドレスで一日一回は必ず何かしらメールを送った。ミッションの遠征先からも、必ず。暇を見つけては友達になりたいと彼にアクションを起こし、働きかけ続けた。
 自分でもなんでこんなに彼にこだわるんだろうと思わないでもなかった。数週間も続けば、半ばストーカーの域に達していたかもしれない。
 最初こそおとなしそうな印象の彼だったが、そうやってつきまとい、時間が経つにつれ、彼の本性がちらりちらりちらりと見えてきた。
 初日に人を足蹴にしたことを忘れていたわけではないが、意外に頑固で、負けん気が強い。自分の容姿にコンプレックスを持っていることや、ソルジャーになるために頑張っていること、少しヘソ曲がりなところ、知れば知るほど彼に興味がわいてきた。知るにつれ、彼がかわいく思えて仕方がなくて、側にいたいと願うようになった。
 そしてしつこくしぶとく彼につきまとって、今の関係のふたりがいる。
 トモダチ。親友。
 まだ少し警戒して距離を置いているぞというスタンスを崩していない風を装っている彼も、こうしてふたりで一緒に過ごす時間を楽しんでいると確信している。それがとても嬉しかった。
「…なんでかな」
 自分には弟はいないが、いたらこんな感じなんだろうか。
 見守ってやりたいとも思う。
 恋人と過ごすのもいいけれど、それよりも今は彼と一緒にいたい。
 彼といると、子供の頃、友人と同じ布団にくるまって、そこがまるで特別で秘密の空間のような気がしてはしゃいで過ごしたときのような、そんな夜を思い出す。ドキドキしたり、わくわくしたり。胸のどこかがくすぐったい。



「……んー…」
 むずり、と彼の背中が動いた。
 それから冗談みたいにベッドの外側の方へ彼が本当に寝返りをうちそうになるのを見て、慌てて飛び起きた。咄嗟に腕を伸ばして彼の体を抱え込み、何とか最悪の事態は阻止する。
「…ま、マジでこいつ寝相ヤバイっての…」
 もしかしなくても、これのせいで彼はベッドに寝るのを断ろうとしていたんじゃなかろうかと勘ぐってしまう。
 自分よりだいぶ小柄な彼の体を背後から抱き締めながら、ゆっくりとベッドの中央まで移動したが、彼が目を覚ます気配はなかった。余程深い眠りの中にいるらしい。
 後ろから彼の顔を覗き込むと、長めの前髪の隙間から天使のような寝顔が見えた。普段は無表情だったり不機嫌に眉間に皺を寄せていることが多い彼だが、寝ているときだけは本当に男の自分でもはっとするほど綺麗で整っている顔立ちだということを意識させられる。
「普段は大丈夫なのかな…?」
 よいしょと彼の体を抱えなおしてから、再びごろりと横になった。腕を離すと今度は本当に次に目が覚めたときには彼がベッドから落ちていそうな予感がするので、なんとなくそのまま腕を外せなかった。
 目の前にシャツの襟ぐりから覗くすんなりと伸びた彼の首筋が見えた。
 闇の中、浮き上がるしなやかなそのラインに、自分の中の何がしかの好奇心を刺激され、それに逆らうことが出来ず、気がつけばその肌に唇を寄せていた。かすかな体臭としっとりとした感触が気に入って、鼻先を彼の肩口にこすりつけると、再び唇で吸い付く。
 彼はちっとも目を覚まさなかった。唇で触れたまま笑ってしまった。戯れに気づかずに起きない彼にも笑えるが、それよりもそんなことをしている自分が不可思議でたまらない。でもなんとなく、したくなった。
「…女の子じゃねえのになぁ…」
 変なことをしてるなあという自覚はあるのだが、どうしてだか腕を解けないし、嫌悪感もない。
 彼と一緒にいると楽しいし、安心できるしー―そう、彼が自分の側に入ると何故か安心するのだ。離れていると、今彼は何をしているんだろうとか誰と一緒にいるんだろうかとか、気になったりすることがある。
 くっついていたいって思ったりしてるのは…あれだ。きっと今ちょっとだけいつもより人恋しい気分だから、そのせいだと思うことにする。それ以外に適当な言い訳はないような気がする。
「…このまま寝ちまうかー…」
 あたたかいものを抱き込んでいたら、なんだか眠気が再びやってきた。
 手を伸ばして彼の脇腹に少しだけ引っかかっていたタオルケットを引っ張って、二人の上に乗せた。



 あの日、初めて彼と会った日、世界の理不尽さを、二度と戻らない日々の絶望を、思い知った。目の前の光が全て消され、暗闇の中を歩かなければならない心許なさを感じ、不安に押しつぶされそうだった。
 けれどまた、彼という光を見つけ、最初それはとても小さくて捕まえようのないものだと思っていたのに、今はこうしてこの腕の中にいる。いてくれる。
 世界はまだ闇の中で、何も解決していなくて、だけど自分が今こうしていられるのは、信じる道を再び歩き出せたのは、彼のような光を失わずにいるからなんだと思う。だから大切にしたい。
 社会を見て、現実を知って、子供のときに抱いていた幻想はもう消えてしまった。
 この手で自分が守れるものなんて、ちっぽけで少ないものだと知っているけれど、どうしても失いたくないものを守るための術は覚えたつもりだ。
 だから。
 目を閉じてそのぬくもりを感じる。覚える。
 失いたくないあたたかさを抱いて、今はそのときに備えて眠ろう。
「おやすみ…クラウド」
 大切な、大切に思える人が、ここにいてくれる、その奇跡に感謝して。












 翌朝。
 クラウド・ストライフは激しく混乱していた。
(…な、なにこれ…っ)
 意識が浮上したとき、なんだか背中が熱いし重いなあと思ったのだ。
 目を開けると、目の前に他人の手が見えるし、自分の背中に誰かがぴたりと寄り添っているのに気がついて驚いた。肩口がじんわりと熱いのは、もしかしたら、その人の鼻息だか口からもれる息だかが当たっているんじゃないだろうか。
(なんでこんなに近いんだよ!? ていうかこれって、これって…っ)
 後ろに張り付いているのは間違えようもない、ザックス・フェアだ。昨夜はごり押しに負けて、なぜか彼と一緒のベッドで寝ることになってしまった。
 眠りに入る前、クラウドは自分の寝相の悪さを十分知っているので、壁際に張り付くようにしていたはずだ。なのに、なぜ朝起きたらこんなふうに彼に抱き締められるような形で目覚めなければならないのかが分からない。おまけに彼の足が自分の足に絡まるようにして回っていて、ちょっとやそっとじゃ逃げられそうもないくらいにがっしりと完全に抱き込まれてしまっている。体は半分圧し掛かられているような感じで、どうりで重たく感じるはずだ。
(お…落ち着け、落ち着け俺…、これってあれか…、なんか誰かと間違われてるとか…っ)
 ザックスが自分の意思でクラウドを抱き締めて眠ろうなんて思うわけないから、女の子と間違えたとか、つまりそういう感じなのだろう。
 だったら、この状態で彼が目を覚ましたら、なんだか彼に悪いような気もするし、お互い居た堪れない気持ちになるような気がする。
 こちらが「馬鹿ザックス!」と怒鳴れば、彼が「わりぃわりぃ」みたいな軽いノリで流せるような気もするのだが、そうするにはクラウドの気持ちのタイミングがもはやずれてしまっていて、怒るというよりはすっかり困惑する気持ちのほうが勝ってしまっているので、無理そうだった。クラウドに演技が出来る器量はない。
 ならば、彼に気づかれないうちに、今のこのふたりの体勢をどうにかするしかないという結論に至ったクラウドが、何とかしてザックスの体の下から這い出ようとしたときだった。
「…起きたのか、クラウド」
 耳元で、明らかに起き抜けだとわかる彼の声がした。
 クラウドは飛び上がらんばかりに驚いた。体が固まる。
「…? どうした…?」
 まだ眠そうな彼の声。
 二人の体は重なったままだ。クラウドは背中の彼の反応を固唾を呑んでじっと待った。クラウドが何も答えないでいると、不審に思ったのかザックスがクラウドの顔を窺うように体を少し動かした。
「起きてるよな…? 心拍音が変わったから起きたと思ったんだけど…」
「お…起きてる、けど…っ」
 この不自然な二人の体勢にザックスは何の疑問も抱かないのだろうか。
 ザックスは、クラウドの髪の毛に手をあてて、その柔らかい感触を楽しむかのように優しく撫でた。その常にはない甘い仕草にますますクラウドは混乱した。
「あ…あのさ、ザックス…っ」
「ん…?」
「あ、あんたのほうが、ちゃんと起きてる?」
「…?」
「だって、なんか俺たち、今、へ、変だろ…っ!?」
「……」
 クラウドの髪を撫でるザックスの手の動きがピタリと止まった。
 やっと気がついてくれたかとクラウドはほっとする。
 明らかにこれは友達同士のやりとりではないだろうと考える。
 けれどなぜか、その後もザックスはそれ以上は動く気配を見せなかった。
 クラウドはなんだか怖くて背後のザックスを振り返れない。
 そうしてどれくらいの時間が経ったのか…クラウドには物凄く長く感じられたが、もしかしたら瞬きを数えられるくらいの短い時間だったかもしれない。
 ぽつりと、背中で声がした。
「…寝相、悪かったから…」
「…え」
「だから、お前寝相悪すぎなんだっての! 俺が捕まえてやってなかったら、今頃確実に床とキスしてたな!」
 がばりと勢いをつけて、クラウドの胴をザックスの腕が力強く捕まえた。
「ぅ、わっ!?」
 クラウドの体を捕まえたザックスがごろんとその場で仰向けに転がったので、クラウドはザックスの体の上に乗っかってしまった。
 ザックスはそのまま両腕でクラウドの体を抱き締めて、ぎゅうぎゅう自分に押し付けて笑った。ちょっと何かを誤魔化すみたいに、わざとらしい感じもした。
「ザックス! 何するんだよ!?」
 厚い胸板から懸命に頬を離そうとするが、それよりもザックスの力のほうが強かった。
「お前のためにもっとでかいベッド買ってやろうか」
「離せよっ、いらないっ! 頼まれたって絶対もう一緒になんて寝ないからなっ」
「えーっ、寝てください、お願いしますって。抱き枕あると、俺安心して寝られるんだけどなー」
「だ、抱き枕って、俺が何であんたの抱き枕にならなくちゃならないんだっ!」
「子供は体温高くて気持ちいいんだよな〜」
「こ…っ!? ザァックスっ!!!」





 君と迎える朝、今日は部屋中に光が満ちている。










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