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 彼の部屋は、少しだけ散らかっていた。
 まあ、遠方でのミッションに駆り出されてしばらくの間家に帰ってきていなかったらしいから、これくらいの散らかりようは目を瞑ってもいい程度のものなのかもしれない。
 それでもちょっと気になったので、俺は床の上に座り込んで、無造作にそこら辺に放り投げられている雑誌を拾い上げて片づけていた、そのとき。

 ひらり、と。
 本と本の間から何か紙のようなものが滑り落ちた。

「…?」

 本に挟まっていたのだろうか。
 俺は手を伸ばして拾い上げた。
 手に取ってみて、それが写真だということに気がつく。ぺたりと指の腹に紙面が吸いつく感触がある。何が印画されているのだろうと何気なく裏返してみて――俺はびっくりして思わずその写真を取り落としてしまった。

 そこに写っていたのは…。


「…っ!?」


 背中、だった。
 シーツの上に横たわる、白い背中。
 シャツが肩胛骨が見えるくらいまでにたくし上げられていて、下げられたズボンから下着が少しだけのぞいていた。
 首から上は写真から見切られていて、それが誰なのか見当もつかなかったが、寝ているのだとしたら随分と寝相が悪い人間だと思ったし、どんな理由でこんな写真を撮ったのだろうと首をひねる。
 写真を見る限りでは、胸のふくらみの有無はベッドにうつぶせの状態で体が沈んでいるため分からず、それが男か女か俺には判別できなかったが…腰が幾分細い気がするから女かもしれない。少し痩せ気味なのか骨が浮き出ている小さくて平べったい背中だ。

 この部屋にある写真だから、主のザックスが撮ったものなんだろうか。もしかしたら恋人のものなのかも…と想像し、俺は激しく動揺した。そう考えると白い背中がやけに艶めかしく見えてくる。

 見なかったことにしようと思って、俺は急いでその写真を拾い上げて本の間に挟もうとしたら、手に持っていた雑誌の間から更に数枚の写真がばらばらとこぼれて、床の上に散らばった。

(うわあ)
 焦りながら写真を急いでかき集めようとして、――指が止まる。
「…え?」

 今度は違った意味で驚いた。
 そこには、なぜか、たくさんの自分がいた。

 一般兵の制服をまとい、何かの任務中らしい自分。
 ちょっと気の抜けた変な顔をしている。…こっそり欠伸をしたあとみたいな。

 私服で買い物中の自分もいる。
 背景はいつものマーケット。夕飯を買っているところだった。その手には好んでいつも買っている野菜をふんだんに使ったおかずのパックが握られている。

 そしてこれはシャツのボタンに手をかけている自分…、たぶん少しばかり写っている背景からロッカールームで制服を着替えているところのようだった。

 どの写真も俺は向けられたカメラのレンズに気づいていないみたいな写真。
 当たり前だ。こんな写真を撮られた記憶なんてない。

 つまりこれらは、盗撮ってことだろうか…?



「クラウド、なんか飲む? っつってもコーヒーと水ぐらいしかねえけど…」
 不意に背中から声をかけられて、俺はびくりとして我に返った。
 振り向けば、そこには部屋の主が立っていて、俺の変に焦った表情を見て何かを察したのか、俺の前に散らばっている写真の存在にすぐに気がついたようだった。
 「あー…」とかなんとか言いながら、気まずさからか目を泳がせている。その反応から分かるのは、俺の写真なのに彼はこれらを俺に見られたくなかったということなのだろう。

「…それ、見ちゃった?」
 彼はへらりと笑った。
「…う、うん。何これ…俺…だよな」
「えーと…うんそう。おまえ」
「なんで…どうしたのこれ」
「そりゃおまえ、写真ってのは眺めてたのし――…」
 そこで彼は少し間を取った。
「…じゃなくて、いやいやええと…そうだ、トモダチのおまえのためを思ってなんだ、うん、そうなんだ、それでいっぱい持ってるんだ!」
「…?」
 俺のため? 俺のためにどうしたって?
 意味が分からない。
 というか、後半部分はともかく、前半に「眺めて楽しむ」とかなんとか言わなかったか?

「俺のためって何?」
「おまえけっこう社内で有名人なんだぞ。知ってるか?」
 俺が有名?
「俺みたいな一般兵が有名なわけないだろ」
 ソルジャーのあんたならともかく、なんで俺がと思う。
「あー、それがそうでもないんだわ。むさ苦しい中に掃き溜めに鶴みたいなかわいこちゃんがいるーって結構みんなの間で噂になってんだって」
 噂…。
「…噂って、その…、お、女の人…が?」
 俺の勤める神羅カンパニーは会社の性質上、男性社員の方が圧倒的に多いが、もちろん女性社員だって少数だがちゃんといる。そういう噂が好きなのは女性だと思ったし、俺だって一応男だから、もし彼女たちの間で噂になっているのだとしたら、それはそれで悪い気は…と考えて、うっかり頬を染めたときに、目の前の彼が眉をしかめて盛大なため息をついた。
「うあー、もしかしてもしかして、クラウドが色気付いちゃってる? 俺ショック…っ!」
 彼は顔をしかめてオーバーアクションで肩をすくめる。
「色…!? ちっ、違うよ、何言ってんだよっ」
「んー、でも残念ながら主に同僚のヤローどもの間でなんだなぁ」
 そ…そうなんだ。
 男に噂されてても全然嬉しくない。
「…何それ」
 だいたい男が男の俺をかわいこちゃん呼ばわりして何が楽しいのか。さっぱり理解できない。
 そりゃ自分の容姿はちっとも男らしくなくて、顔もこんなだし肌の色もなよっとしてるし背もなかなか伸びないしで。…不本意だけど、かっこいいとか男らしいなんて形容詞の類は生まれてこの方一度も人から言われたことがないのは確かだけれど。

「モテモテのクラウド君の隠し撮りの写真が裏で取り引きされてるんだ。おまえのほかにも数人いるけど、おまえの人気はすごいぜ」
 裏で取り引って、金銭でやりとりされているという意味だろうか。本人に黙って写真撮ってそういうことして、もし誰かが利益を得ているというのなら、法律に引っかかるんじゃないのか…と至極もっともなことを考えたりもしたが、今はそんなことはどうでもいい。それよりも俺が気になるのは。
「…男が俺なんかの写真なんて、持っててどうするんだよ」
 純粋な疑問だった。俺だったらちっとも興味ない。
「それはもちろん」
「もちろん?」
 怪訝な顔で問うと、なぜかそこで彼は笑顔のまま言葉を詰まらせる。
「……」
「ザックス?」

「も…、もちろん飾っとく!」
「は…?」
 俺の写真を飾る?
「つまりだな、人間というのは、かわいいものや綺麗なものが大好きだ。眺めて愛でると幸せな気持ちになれるだろう! そういうことだ! 疑うならおまえもやってみ!」
「自分の写真を眺めて喜ぶ趣味はない。だいたい俺みたいな顔のどこがいいんだか」
「俺はクラウドの顔が大好きだ!」
 力いっぱい即答する友人に脱力する。
 俺だったら、目の前の彼のような男らしい顔を眺めている方が楽しいし幸せな気持ちになれると思うのだが。何より憧れる。

 それにしても、だ。
「…それが事実だとして、誰か知らないやつが俺の写真飾って眺めてるなんて想像するのも気持ち悪いんだけど」
「だ、だよなあ。でもほら、俺はおまえの知らない奴じゃないんだし、持ってても平気だよな!」
「……」
 そういう問題だろうか。うまく話をすり替えられた気がする。
「何クラウドその目」
「…そもそも俺の写真こんなにいっぱい、なんであんたが持ってるんだ? こんな風に本の間に隠してるくらいだから、飾るつもりなんてないんだろ」
「だーかーらー、おまえ、知らない奴が自分の写真眺めてると思ったら気持ち悪いってさっき言ってたろ。だからトモダチ思いの俺がおまえの写真の流通を少しでもおさえようと思ってがんばって回収してるわけだよ。感謝したまえクラウド君」
「…」
「な、なんだよ、その疑わしそうな目は」
「…別に。俺は普通だけど。俺があんたを疑ってるように見えるって言うんなら、それはあんたのほうに何かやましいところがあるからじゃないの」
「ぅえ!? そそそそそんなわけないじゃん! なに言ってるんだよ!」
 どもっているし慌てているし、明らかに彼はあやしい様子だ。
 というか、俺のためって、とってつけたような言い訳に聞こえる。どうしたって。


 盗撮されていたという事実には驚いたし、見知らぬ誰かが自分の写真を持っているというのは気持ちのいいものではないが、写真はどれも日常的な何でもないシーンのショットで、見られてどうしようもなく恥ずかしいものでないことがせめてもの救いだった。
 まあ今後は周囲に注意して過ごそうと心に決める。


 ―――写真といえば…
 俺はふと気になって、手の中にあった写真をめくる。
「ザックス、これ」
 一枚を選んで彼の目の前に掲げた。
 それは最初に床にこぼれた、俺が最初に見た写真だった。
 あの白い背中の写真だけは、他の俺が写っている写真とは雰囲気が違っていたことを思い出したのだ。
「これは俺の写真と一緒に混ざってたら駄目なんじゃない?」
「え――」
 それを見せた瞬間、ザックスの顔から胡散臭い笑いがすうっと消えた。
 やはりこれは俺の隠し撮り写真とは違い、彼にとって特別に意味のある一枚なのだろうと俺は理解する。
「ほら」
 俺は見てしまったことに少し申し訳なさを覚えながら、立ち上がって彼の胸に写真を押しつけた。
「ごめん。それ彼女か何かの写真? でも俺そんなにじっくり見てないから…、大事な写真なら俺のどうでもいい写真と一緒になんかしてないで、ちゃんとしまっておきなよ」
 写真を受け取りながら、彼は俺を見返してぽかんと口を開いている。
 俺は何か変なことを言っただろうか。
「ザックス…?」
「…彼女って…。ていうか気づかないんだ…?」
「え?」
「…うそ、そんなもん…?」
「?」
 彼が何を言っているのか分からない。
「まあ、自分の背中なんて客観的に見る機会そんなにないからなあ…分からなくてもおかしくはないか…」
 白い背中の写真を見つめながら、彼は独り言のようにぶつぶつぶつぶつ言っている。


 ややして、疑わしげな俺の視線を受けて、顔を上げた彼は、またにこりと笑った。
 写真を俺の方に向けてひらひらと揺らす。
「これ、綺麗な背中だろ」
「え…」

「寝てるのをいいことに最初はいたずら心でシャツめくったんだ。そしたら思いのほかすっげえキレイでさ。思わず見惚れて勿体なくて写真撮っちゃった。もちろん黙ってな。そのあとは度々これ眺めては思い出してにやにやしてたんだけど」
 写真見てにやにやって…。この友人は爽やかそうな外見と気性に相反して、結構そういう方面にはむっつりなんだろうか。それともそれぐらいは男女の間では普通の感覚なのか。
 色気をにおわせる彼の言葉に顔が勝手に熱くなるのはどうしようもなかった。そっち方面に俺は全く免疫がないのだから仕方がない。
 そんな俺に彼は畳み掛ける。

「でも眺めてるだけじゃ最近我慢できなくなってきたんだよな」

 手触り。
 弾力。
 形。
 ぬくもり。

 確かめたくて、仕方がないんだと、彼は言う。

 そんなことを言われたって俺は困るしかなかった。
 どんな反応を返せばいいって言うんだろう。

 意味ありげに俺を見つめて、笑っている彼。
 あまり彼から今まで向けられたことのない類の艶のある表情に、俺の心臓は勝手に鼓動を速めた。…なに動揺してるんだ、俺。

「…んなの、だったら俺なんかと今日みたいなオフの日を一緒に過ごさないで、彼女とデートすれば…」
「デートならしてる」

 してるのか。
 最近、多いときは週に何回も彼と会っているような気がする。オフと言わず、終業後に時間があえば一緒に過ごしていたりする。俺の空いた時間はだいたい彼といると言っても過言ではないのだが、彼はそれ以上に、俺に付き合いつつ更に彼女とデートする時間も持てているということなんだろうか。ソルジャーってそんなにヒマなのか。

「…あ、そう、よかったね」
 自分の声が少し尖ったのが自分でも分かった。
 俺を戸惑わせる受け答えをわざと選んでいるような彼に、俺は次第にストレスを感じ始めた。
 だいたいこいうい話は苦手だ。俺が好きじゃないって彼も知っているはずなのに。

「じゃあ背中でも何でもその人に見せてもらえばいいよ。今から会いに行ってお願いしてきたら?」
 俺はもう帰るし、と続ける。
 いつもだったらこんなふうに刺々しい感情や言葉を彼にぶつけることはないのに、今は自分をコントロールできなかった。
 苛ついているのは…彼と二人だけの空間に、俺の知らない他の誰かの気配が入り込んできて、それが気に入らないからだろうか。
 白い背中の、名前も顔も知らない彼のガールフレンドに。
 でもそれがつまらない嫉妬だとは思いたくなかった。


 俺の気持ちを知ってか知らずか、彼は写真を身近なテーブルの上に置いてから俺に向き直った。


「んじゃま、アドバイスに従って、お願いしてみようかな。本人がそう言うんだし」


 ずきんと胸が痛む。
 友達には用はないからさっさと帰れと言われているような気がした。
 ショックの余り、周囲の音が遠ざかる。途中から彼の声がどこかうんと遠いところから聞こえてきているような気がした。足元がぐらぐらした。

 けれどなぜか俺を引き止めるように彼の手は俺の両肩を掴む。
 彼の唇が綺麗に弧を描いた。

 あ…、なんか嫌な予感がする。

 彼の蒼い瞳に囚われて動けなくなる。




 さっき彼はなんて言ってた?
 自分の背中なんて見る機会がないとかなんとか。
 そういえばさっき「本人が…」と言ったような気がした。…本人?





 じゃあ、あれは。
 まさか、あの白い背中は。










「クラウド、服脱いでくれる?」










2.盗撮が犯罪って知ってますか?