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ありがとう、そしてこれからもよろしく。
仕事を終えて、もうすぐ一日の終わり。
部屋に入った途端にパンパンパーンッ。クラッカーの弾ける音がした。
色とりどりのテープや紙ふぶきが自分に向かって降りかかってくる。
「おめでとー!」
「ひゅーひゅー!」
「ハッピーバースデー!」
俺は目が点になった。
***
「なになにクラウド。まさか自分の誕生日忘れてたのー!?」
ユフィがテーブルの上に置いてあった手つかずのミックス・ピザに指を突っ込んだ。一番具がたくさん乗っているピースを選んで持ち上げると、大きく口を開く。一口で口の中に全部消えていった。彼女もいい加減にいい年頃なはずだが、まだまだ色気よりも食い気が優先らしい。
「信じらんないー。相変わらずぼんやりしてるんだからクラウドは」
「ぼ…、いや、信じられないと言われても…」
俺は落ち着かない思いで、ソファにちょこんと座ったまま部屋の中を見回した。
店舗兼住宅であるこの家は、お世辞にも広いとは言えない集合住宅の借家で、現在恋人と二人で同棲中…という事情なのだが、今日はなぜだか部屋中人、人、人…人でひしめいていた。
聞けば自分の誕生日を祝うために集まってくれたのだと言う。
誕生日…。
そういえばそんなものもあった。自分は一体幾つになったんだっけと思い出そうとするが24?25?そもそも今年は何年だっけ…などと、ユフィに「ぼんやり」といわれても仕方がない感じだ。
「クラウド、ほら出来立て、おいしそうだよ!」
マリンが香ばしい匂いとともに両手に大きなトレイをもってやって来た。見れば皿の中央に、じゅくじゅくと音を立てている丸ごと焼いたチキンが乗っている。
「お、うまそー!」
横からユフィが指についたピザのチーズを舐め取りながら、嬉々とした声を上げた。
「ティファとザックスがまだまだご馳走作ってるんだから、早く食べないとお料理テーブルからはみ出ちゃうよ」
マリンの言葉にキッチンを見ると、二人が楽しそうに話をしながら手を動かしていた。その横でぶすっと難しい顔で芋の皮むきをしているデンゼルも見えた。
「お、うまそーじゃねえか」
バレットがユフィと俺の間に割り込んでくる。狭いので立ち上がって場所を変わろうとしたら、
「お前さんは主役だろうがよ。ほれ、座ってな」
シドに後ろから肩を押されて再びソファに座らされてしまった。
窓の外に視線を向け、何やら物思いに耽っているみたいだったヴィンセントが、両腕を胸の前で組んだ姿勢でこちらを見てふっと笑う。
そして俺の足元には大きな赤銅色の毛並みが横たわっていた。鼻先に置いてある少し深めの皿に注がれた深紅の液体をぺろぺろと舌ですくって飲んでいる。
「おい、レッド13…お前何飲んでるんだ?」
「これ、お祝いのときに飲むんだって。おいしいね、オイラなんだか気持ちイイ…」
おいおい、もしかしなくてもそれって酒だろ。
「こいつに酒飲ませたの誰だよ!? こいつまだ子供だろっ」
図体はでかいが、まだ人間年齢に当てはめると確か16.、7じゃなかったか。(もっとも、獣に「飲酒は二十歳になってから」を当てはめてもいいのかどうかは迷うところだが…)
「オイラはもう子供じゃな…ひっく」
酔ってる、確実に酔ってる。
「無礼講ー無礼講ー! いいじゃんいいじゃん、硬いこと言いっこナシだよー!」
「そんなこと言って、お前は絶対飲むんじゃないぞユフィ!」
「クラウドうるさい。小姑かっての!」
けらけらとユフィは笑っている。しかもいつの間にかその手には、レッド13が飲んでいるのと同じ色の液体が入ったコップが握られているではないか。
「おら、クラウド。飲め飲め」
俺の肩を叩きながら、なみなみとビールが注がれたコップをバレットがずいと前に差し出した。その目がとろんと赤い。四角い顔もそういえば心なしか微妙に赤く染まっているような気がする。
俺は訝しく思いながら、バレットの前のテーブルを見てぎょっとした。空になったビールの瓶がごろごろと転がっていた。
どうやら主役そっちのけで皆各々楽しんでいるらしい…。
「お待たせー。俺様特製ソースが決め手のゴンガガ風ラザニアの出来上がりー!」
エプロン姿のザックスがキッチンからプレートを持ってやって来た。
ほくほくと湯気をたてたラザニアからトマトソースのいい匂いが漂ってくる。
俺の横までやってきて、わざわざ俺の目の前にラザニアのプレートを置いたザックスは、ソファに座った俺の頬に身を屈めて触れるだけのキスをした。
それを見ていたユフィがひゅーと黄色い声を上げた。
俺は恥ずかしくて、自分でも顔に血が上るのが分かった。
「人前で何するんだよザックス!」
「楽しんでるか、クラウド。何だよ、あんま食べてねえんじゃねぇの?」
「これから食べるつもりなんだ!」
「んー、そうか?」
ザックスはテーブル上のホールケーキに腕を伸ばし、既に切り分けられていた1ピースを手近にあった小皿に盛り付けると、フォークを使って器用に小さく端を分けた。
ホイップクリームがたっぷりとついた部分をフォークの上に乗せてザックスが俺に向き合い、にっこりと笑った。
「クラウド、はいあーん」
「……何?」
「だからあーん。食べさせてあげる」
バレットがとぐろを巻きながらこちらを見て笑っている。あんたもしかして笑い上戸か。
「あーんだとクラウド。ほれ、あーん!」
酔っ払いの加減を知らない力でバレットに肩をどんと押され、俺はバランスを崩してザックスの方に倒れ掛かった。
「おわっ」
「えっ」
べちゃ
俺の頬に何かが…何かなんて本当は分かりきっているけれど…くっついたのが感触で分かった。
「あ、あぶねーな! もうちょっとでフォークが目に刺さるとこだったぜ!」
「わるいわるいー」
「………」
頬だけでなく髪の毛にもべったりついている白いクリームが目の端で確認できた。
「あーあー、ったく」
ザックスの手が伸びてきて、俺の顎を軽く持ち上げた。
あ…嫌な予感、と身を引こうとしたが、それよりも早くザックスの顔が近づいてきた。
べろり
信じられない。
顔についたクリームをみんなの前で舐められた…。
「ん、甘い」
俺の頬から舐め取ったものは、ザックスの口の中に消えていく。
みんな固まって、無言でこっちを見てるじゃないか。し…、視線が痛い。(甘いのはケーキじゃなくってお前らだーーー!!!という一同の心の声は当の二人には届いていない)
「……ザックス」
「ん?」
人前で変なことはするなと再三再四注意してるのに、この男は聞いちゃくれない。
今だって全然悪びれた様子もなくて。
…あ、丁度いい。今日の俺、氷系マテリア装備してるじゃないか。
「いやあ、な、なんか見せつけられちゃったねえ。困ったなあもう。ねっ、バレット」
「そ、そうだなユフィ。オレなんか酔いがどっかに飛んで行っちまったぜ!」
「オイラどきどきしちゃったよ」
「………当てられた…」
「どうせならそのままキスしちまえよ。オレ様、酒のつまみに…、あ? クラウド?」
ふわり、と足元で起こった風に髪や服が煽られる。
みんな好き勝手言ってくれるじゃないか。見なかったふりはしてくれないんだな。
ピシ…ピシシシ……
星の力が集まり、矛先を定める。満ちるエネルギー。
頭上で鳴る不穏な音にザックスが振り仰ぐ。見なくてもあんたなら感覚で分かってんだろ。
逃げようとしたザックスの手を、俺は氷点下の笑みを浮かべてがっちりと掴んだ。
「く、クラ…??」
「わざわざみんなの前で舐めてくれてありがとう、ザックス」
顔は笑っているが言葉のひとことひとことに刺刺しい響きが混ざっている。
手をつかんでいないほうの指で、ザックスの舌が舐め取れなくて頬に少しだけ残っていたクリームをすくい、それを彼の唇の上に塗りこめてみせた。
彼の下唇が白く光る。
「これは俺からの、お礼」
ザックスの頭上に出現する巨大な氷の塊。
ユフィが慌ててテーブルの上からラザニアとピザを避難させた。そこはもうさすが忍びの末裔、素早かった。
俺の隣に座っていたバレットも酒瓶を抱えて逃げ出す。
直後、氷塊はザックスの頭を目がけて落下した。
「なかなかキッチンに戻ってこないと思ったら、何のびてんの?」
キッチンから出てきたティファが目を丸くした。ユフィが笑いながら言う。
「どかーんってクラウドの愛が頭上に落ちてきて、この人のびちゃったんだよ」
「?」
不本意ながら現状に甘んじている。まあ彼がのびてるのは俺のせいなのだし…と思っても眉間に寄ってしまう皺はどうしようもないのだが。
つまり、膝…枕…をザックスに許しているのだった。
「いてーよ〜」
膝の上から情けない声が聞こえてくる。ぴくり、とこめかみがひきつった。
「起きてんならさっさとそこから退け」
「いやいやいや、まだちょっと眩暈が…」
頭のてっぺんにできた大きなタンコブを大げさな仕草でさすりながら、ザックスは調子のいいことを言った。
ソファは俺とザックスが占領していた。他のみんなはローテーブルの横の床にじかに座りこんだり、少し離れたところで思い思いに酒を交わしたりしている。レッド13は酒で気持ちよくなってしまったのか、丸まって寝息を立てていた。
「なんかディープな光景ね。男同士の膝枕って……」
「したくてしてるんじゃない」
「クラウドの膝は俺のもの〜」
ザックスがティファを見上げた。
「ふふーん、羨ましいだろティファ」
「……うん、よおーく分かったわ。ザックスってものすごくサドなのね」
「そうそう、サドな俺とマゾなクラウドでぴったりな訳よ」
「納得」
なんだその会話は。俺がマゾってどういうことだよ。なんでそこで大きく頷いてるんだティファ。
「えーっ、クラウドってマゾなのー?」
ユフィ、嬉々として会話に入ってくるな。
「サドとかマゾって何?」
デンゼルが無垢な瞳で聞いてくる。子供はもう寝る時間だぞ。
言い返したいことは多々あったけれど、俺は目の前の料理に集中した。言い返すのにもう無駄な労力を使いたくないのもあったが、ザックスの作るラザニアは俺の好物のひとつなのだ。くど過ぎない優しい味が気に入っている。
こうしてにぎやかな夜は過ぎていった。
***
辺りも寝静まり、日にちも変わって大分経ったころ、みんなは揃って帰っていった。といっても、遠方から駆けつけたシドやレッド13は今夜はセブンスヘブンに泊まるらしい。…というか、多分みんな店に移動してから、もう一杯飲んで盛り上がる気満々のような雰囲気でここを出て行った。
「すげーな。嵐の後みたいだな」
みんなが食べ散らかしていったあとを見回して、ザックスが苦笑した。
後片付けをしてから帰るとティファは言ってくれたのだが、子供たちのマリンやデンゼルを早く家で寝かせてやったほうがいいと思ったので、好意だけ受け取った。
その後、俺はぐったりとソファに沈んでいた。
「………つかれた」
「騒がしかったなあ。でも楽しかったな」
「……まさかみんながこんな風に集まるなんて思ってなかった」
「お前ホントに自分の誕生日忘れてたのかよ」
「……忘れてた…」
ザックスは手際よくテーブルの上の皿を重ねてキッチンに放り込んでいく。
「…ザックス」
「うん?」
「…片付けは明日でいいよ」
「俺がひとりでぱぱっとやっちまうから気にすんな。今日の主役はお前だからな」
「…そうじゃなくて…」
俺は首を少しだけ動かしてザックスの方を見た。視線が合うと、ちょいちょいと手首を動かして招き寄せる。
「どした? クラウド」
「さっきの…頭…まだ痛い?」
手を伸ばす。
腰を屈めて俺の顔を覗き込むザックスの首に手を回して引き寄せ、自分から唇を触れ合わせた。
「ヘーキ。俺石頭だから」
ザックスは嬉しそうに笑って、ちゅ、ちゅとついばむようなキスを繰り返す。
「…俺…もう眠くて、あんまり待たされるともちそうにない…」
「それって珍しくお前からのお誘い?」
「…だって、まだメインディッシュ食べてないし…」
俺が両腕を伸ばすと、ザックスは背の浮いた俺の身体に腕を回してソファから抱き上げた。
「ご期待に沿えるようおいしい料理をご用意しましょう? おかわり無制限だぞ」
「……ばか」
開いた扉の向こうには、二人だけの時間が待っている。
「1日遅くなっちまったけど、誕生日おめでとうクラウド」
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