キミが生まれて ボクが生まれて 出会う さいわい






「クラウド、明日の予定は?」
 夕食後、洗い場で食器についた洗剤を洗い流していたときだった。
 クラウドの隣で、洗い終わった食器を布巾で拭いていたザックスが訊ねてきた。
「明日…別にいつもと同じ。仕事」
 仕事とは、勿論ザックスと協同で営んでいる「なんでも屋」だ。仕事の予定ならばあんただって同じだろうとクラウドは返そうとしたが、彼が自分で分かっている類の予定をわざわざクラウドに聞いてくるわけがないかと思い直し、だとしたらザックスは何の予定を聞きたがっているのだろうと改めて考える。
 そうしてクラウドが考えている間に、ザックスがもう一度言葉を補って聞き返してくれた。
「仕事な。明日結構忙しそうだよな。仕事が終わってからはどうだ?」
 そのあとのことだったか…。
「…特にない」
「じゃあ夜はずうっとお前のこと、俺が独り占めできるな」
「…?」
 ザックスのあけっぴろげな、いつもと何ら変わらない愛情のこもった言葉であるような気がしたが、それはなぜだかクラウドの中でその時引っかかった。
 夜はこの家で、もうずっとザックスとクラウドのふたりだけで過ごしているわけだし、今更独り占めだとか、二人でいることが特別なことであるという意識は働かない日々をもう長いことふたりは送っている。それなのにわざわざそんなことを言葉にして言うというのには、何か特別な意味があるような気がして…。
「忘れてるだろ」
「え?」
 間抜けな声を出して思わず振り向くと、隣でザックスは笑っていた。
「やっぱりな。お前去年もそうだったしな」
 去年?
「あ・し・た。カレンダー見てみ? 日付」
 今いるこの場所から一番早く確認できる冷蔵庫の側面に貼ってあるカレンダーに視線を移動する。
 今日は週の頭の月曜日だったから明日は――。

「……あ」

 クラウドは手を止めたまま、カレンダーのその日付をぽかんと見つめた。
 脇から伸びてきた腕が、クラウドの手元でシンクから下水管へと無意味に流れていく水を止める。傍らに寄り添ったザックスをクラウドは見上げた。
「思い出したか。自分の誕生日」
「すっかり忘れてた…」
 明日は8月11日。クラウドの生まれた日だった。
「仕事なんてぶっちぎって、本当はお前と一日中一緒にいて、めいっぱい祝いたいんだけどな」
 ザックスの手がクラウドの頭を抱き寄せた。それに逆らうことなくクラウドは頭をザックスの肩に預けた。
「別に…そんなに祝うことじゃないだろ」
 たかが誕生日。自分でも忘れていたことだし、そんなふうに手放しで他人に祝ってもらうような特別な日だとも思えないクラウドだった。
 しかし、一年前のその日を思い出すと、恥ずかしいような、呆れるような、その時の自分たちを思い出して思わず赤面してしまう。
 彼と一緒に過ごした、一年前。
 本当に…去年のその日はえらい一日だった。
「できれば去年みたいにふたりで過ごしたかったんだけど、今年はどうも無理そうだし」
 クラウドの心中を読んだかのようなタイミングで、ザックスが言う。クラウドはザックスの手を振り払い、首を横に振りながら冗談じゃないと手に持っていたコップを握り締めて叫んだ。本当に思い出したくもない一年前なのだった。
「あんなのは金輪際ご免だ!」
 ザックスはえーっという顔で子供のように唇の先を尖らせた。
「去年のは、伝えても伝えても伝えきれないこのお前への愛を、精一杯の形に表現して過ごせた最高の一日だったと自負してる!」
 一緒に誕生日を過ごしたクラウドの恋人は、愛情深く、また底なしに体力のある男だった。
「あれがか!? 俺は死にそうだったっ! あれは俺の誕生祝いというより、俺があんたにいい思いさせてやった一日って感じだった!」
 思い出したくもない記憶が、クラウドの頭の中に戻ってきて溢れた。


+


 その夜、クラウドは慣れない仕事をこなしたせいで心身ともに疲れたのか、ベッドに横になると早い時間に意識を手放した。しかし日付が変わるか変わらないかという時間に恋人のキスで起こされた。
“Happy birthday,Cloud.”
 耳元で囁かれ、すっかり忘れていた自分の誕生日を思い出す。
 最初は眠くて仕方がなかったクラウドだったが、次々と仕掛けられるザックスの巧みな愛撫に、徐々に体の感覚を起こされ、すぐにその気になった。
 最近忙しくて適当にザックスをあしらう日々が続いていたし、一回ぐらいならいいかと、圧し掛かってくる彼の腰に足をからめた。
 半分眠い頭で応えていたから、いつもと違うように感じたのかもしれないとも思ったが、とにかくそのときのザックスはじれったいくらいに優しく、悪く言えば意地悪をされているとさえ感じる手つきで、舌使いでクラウドを追い立てていった。
 そのじれったさに我慢できず、クラウドは彼の腰に自分の腰をこすり付けてねだった。泣いていたと思う。
 待ち望んでいた熱いものを内に与えられても、クラウドが望むようにはザックスは彼を抱かなかった。欲しくて、自ら腰を振って、彼のものを食む後ろに力を入れて誘って見せたら、ザックスは笑ってクラウドの唇にキスをしてこう言った。
「…今日は長丁場だから、最初から無理はしない。時間をかけてお前をぐずぐずに溶かすからな」
 もうすでに頭の中が情欲に溶けかけていたクラウドは、頭が正常に働かなくて、彼の“長丁場”という言い回しを、今夜は焦らしプレイで攻めるつもりかチクショウという感じで受け止めたのだが、それは大きく外れてはいないが、正しくもなかったのだということに、この後、嫌と言うほどクラウドは身をもって知ることになったのだった。

 その日、8月11日。クラウド・ストライフの2X回目の誕生日。
 彼はほとんどの時間をベッドの上で過ごした。
 昼も夜もない。
 傍らにはずっと裸の恋人の大きな体がはりついていた。
 何度も耳元で愛していると囁かれた。名前を呼ばれた。
 抱き締められ、抱き上げられ、回数なんて分からくなるほどに、繋がった。
 時間が経つにつれて、何もかもの境目がわからなくなっていく。
 現実なのか、夢の中なのか。
 どこまでが自分でどこからが彼なのか、恋人の体が自分の体と同化してしまったかのような錯覚に陥る。
 互いの存在だけが全て。
 求めて、求められ、与えて、与えられて、ふたりで辿りつく場所。どちらか一方の独りよがりな行為では決して辿りつけないその場所に、ふたりで飛び込む。
 本当にその日丸一日、ふたりは片時も離れずに一緒にいた。
 抱き合い、疲れたら寝て、起きたらまた抱き合う。
 空腹だと訴えれば、裸のままキッチンまで手を引かれた。ザックスが手軽な食事をぱぱっと手際よく作るのをクラウドが脇でぼんやり見ていたら、横から手が伸びてきて悪戯された。ザックスは食事を作りながら、その片手間で器用にクラウドの身体を追い上げ、皿に食事が盛られる頃にはちゃっかりザックスはクラウドの中にいて、おいしそうに湯気をたてる食事もそっちのけでクラウドはザックスに食べられた。
 その後、やっとのことでいざ食事という段になっても、ザックスは繋がったままクラウドを膝の上に乗せてベッドに腰かけ、寝室に持ち込んだ皿からフォークで掬い上げたものをクラウドの口に運びつつも、やっぱりイヤらしい悪戯を仕掛けて、クラウドは食事を味わうどころではなかった。
 本当に誇張でも何でもなく、その日は寝るか、食べるか、セックスしかしなかったのだ。
 はっきり言って疲れた。疲労困憊だった。気持ちいいとかそんな感覚が分からなくなるくらいに。
 ザックスがしたいことをしたいように色々なことをしまくった一日だったとクラウドは断言できる。


+


「えー、でもクラウドだって満更でもなかっただろ。結構ノリノリだったよなあ?」
 そう言って、ザックスは自分の腰をその場でぐるりと回して見せた。なんだかあの時のアレ…を連想させる不穏な動きだ。クラウドがそれに気づくと分かっていてわざとやっているに違いない。清清しい笑顔を見せながらの、こういう意地の悪いところは憎たらしい。
「…っ、そ、そんなこと…っ」
 クラウドはぷいと横を向いた。でも金髪の間から覗く赤くなった耳は、ザックスから丸見えだった。
「けどイヤイヤで一日も付き合わないだろ」
「前から思ってたけど、本当にセックス好きだよな。あんたに体力あるのはじゅうぶん分かってる、けどそれに付き合わされる俺の身にもなってくれよ」
「大丈夫、お前はじゅうぶん俺についていけてる! それにセックスが好きっていうか、俺はクラウドが好きなの!」
「……」
「無理矢理とかは主義に反するし。お前が本気で嫌がってるなーとかそうじゃないなあっていうのは、ちゃんと気にしてるし、そういうのを酌んで俺は接してるつもりだけど?」
 クラウドだってそんなことはちゃんと分かっている。
 いつも強引に、自分のペースでザックスがクラウドを振り回しているように周りからは時として見えるかもしれないが、ザックスという男は本当に他人に対して細やかな対応が出来る人間で、相手にそうと気づかせない巧みさで気を遣い、空気を読み、相手との距離を適度にとったりしているのだ。前に出る強引さと引くタイミング、とにかくその匙加減やバランス感覚が絶妙で、そういう彼の能力は、他人とのコミュニケーションが苦手なクラウドにとっては羨ましくもあり、尊敬もしているし、また、見習いたいなどと密かに思っているところだった。
「……」
「クラウド?」
「…そうだよ。俺だって嫌なら…」
「嫌なら?」
「早々にぶん殴って蹴飛ばしてる」
「だよなあ。お前、嫌なことをぐっと我慢しておとなしくしてるタイプじゃねえもんな」
 ザックスはもう一度クラウドの頭に手を回し、何が嬉しいのか笑いながら金色の髪の毛を手のひらでかきまわした。
 クラウドはうつむいたまま、彼の方に体を凭れさせザックスの肩口に顔を寄せる。
「…けど、本当に去年みたいなのはもういい」
「あれの半分くらいならどう?」
「……半日なんて、時間があるときなら別にいつものことだろ」
 ザックスもクラウドの背に腕を回し、しっかりとクラウドの細身の体を抱き締めた。愛しげに金髪に頬を寄せ、それから白いこめかみに軽くキスを落とした。
「ん、そうか…でもできればアレやってみたい。試してみたい。半日ハメっぱな…」
 ドンと拳でクラウドに胸を叩かれた。
「もっと他にあるだろ! あんたの頭の中はそればっかりかよ!?」
 いつもは白すぎるほどの面を面白いぐらい真っ赤に染め上げて、クラウドは眼前の恋人を睨みあげた。その頬にザックスの無骨な指が伸びて優しく包んだ。
「お前、ホントにいつも俺を誘うのうまいよなぁ」
 少しかさついた指先がクラウドの目の淵をなぞる。睫毛をつつかれてクラウドは目をすがめた。でも怒り顔はそのまま維持してザックスを睨んでいる。
「知ってるか? お前の目とか。視線だけで俺に色々語りかけてくるわけだよ。言葉足らずでひねくれてるお前だけど…」
「ひねくれてて悪かったな」
「そうそう。そうやって拗ねてる顔とかも、たまらないな」
「俺がどんな顔したって、あんたはいつもそればっかりだ」
「そ。だって俺はお前の全てを愛してる!」
「……それも耳が腐るほど聞いた」
 クラウドはザックスが顔を傾けたので、キスをされるかと思い、さけるように目の前の体に抱きついて顔を伏せた。
 数えきれないくらい何度も彼から愛していると告げられているが、その言葉にまるで魔法がかかっているかのように、クラウドはそれを耳にすると胸がジンと痺れて自然に体温が上がってしまう。その変化を間近から見られて彼に知られるのは何となく恥ずかしいのだ。
「クラウド、なあ、顔上げて?」
「…いやだ」
「耳が腐るくらい愛を告げたあとは、今度は口が腐るくらいお前とキスしたい」
「…何だよそれ」
「今まで散々文句言ってたヤツが、なんで急に自分から抱きついてくるんだっての。俺を振り回すだけ振り回して、お前ホント俺をその気にさせるのうまいよな」
「…だって…そんなの知らない」
 振り回されているのはいつだってクラウドのほうなのに。

「キス、したい。今しないとたぶん暴走する」

 今まで声質とは明らかに違う、少し語尾がかすれ気味の低音の声がクラウドの耳の横で響いた。明らかに欲の滲んだ声に、条件反射のようにクラウドの腰がはねた。
「暴走って何…、ん」
 クラウドが顔を上げた途端、目の前の男にかみつくようにキスされた。
 口の中に忍び込んできた柔らかい舌に自分のそれを絡ませるのはいつものこと。馴染んだ感覚は気持ちいい。けれど、なかなかその行為をやめようとしないザックスに、クラウドは口の端で抗議の声を小さくあげた。情けないが、これ以上は足から力が抜けてしまいそうだった。それはザックスにも分かっているのだろう。唇を合わせたまま口角を僅かに上げ、目元を緩めると、クラウドの頭を片手で押さえ込んでさらに深く唇を重ねる。
 そうしてようやくザックスがクラウドの唇を解放したころには、本当にクラウドはその場に座り込みそうになっていた。それをザックスの腕が抱きとめた。
 自分のペースで思うように息を継げなかったクラウドは、息を乱しながらザックスを睨む。
 ザックスは濡れている唇で笑った。
「ほら、そういうのが俺を誘ってるんだって」
「な…に言ってんだ。あんたのスイッチ、いつ入るんだか本当に分からないよ。今サカる意味が分からない…っ」
「俺の目の前にお前がいれば、いつでもスイッチは入るんじゃねえかな」
「少しは自重しろ!」
「だからさー、それはお前のせいもあると俺は思うんだけど」
「何が俺のせいだよっ、人のせいにするなっ」
「だからさっきも言ったけど」
 ザックスは足元があやしくなっているクラウドをよっこらしょと持ち上げ、軽々と自分の肩の上に荷物のように乗せると歩き出した。
「ダメだ。やっぱ暴走しそう。お前、自分じゃ全然分かってないんだろうなあ。とにかくもう超かわいいんだ。クラウドかわいすぎて俺めろめろ。キスした後の自分の顔見てみ? 今の顔なんて、潤んだ目とか赤く色づいた目尻とか濡れて赤くなった唇とかその奥から覗く舌とか、ああもうマジでたまんねえから!」
 そんな顔自分で見たって楽しいわけがない。ていうか暴走ってなにするつもりだ。
 そしておとなしく担がれているクラウドではなかった。足をばたつかせ、手で彼の広い背中をぼこぼこと拳で叩いた。
 キッチンを出て…このルートだとリビングルームのソファに向かっていると推測する。ザックスがクラウドを運んだ先で何をしようとしているのか――暴走か、そういうことか、一度走り始めたら止まらないくせに――その先に待っているものが容易く想像出来てしまったからには、クラウドはこのまま黙っているわけにはいかなかった。
「ザックス! まだ洗いものの途中! 下ろせ!」
「あとで俺がやっとく」
「後じゃなくて今! 今日は時間まだ早いし、全部片付けてからでもその後ゆっくり十分できるから。だからザックス…!」
「……」
 ぴたりと、ザックスの足が止まった。まだソファよりもかなり手前だ。
 よし、とクラウドは畳み掛けるように言った。
「急いで片付ければあっという間だって。それくらい待てるだろ。別に俺は逃げないから」
 別に今そこまで必死になってザックスをどうしても拒まなければならない理由は、実はクラウドにはなかった。あえて言うならば、就寝前にやっておこうと考えていた明日の仕事の準備が幾つかあったのを思い出したから、その時間を作りたいというところか。
 このままなし崩し的に彼と事を始めてしまったら、もう明日の朝まで他のことは何一つ出来ないだろう。二人の世界に囚われてしまえば、外界と遮断され、互い以外何も見えなくなってしまう。いつものことだった。
 無言のままゆっくりとザックスは床の上にクラウドを降ろした。
 クラウドが恐る恐るザックスの顔を見上げると、ザックスはなぜだか無表情だった。
「……ご」
 彼の開いた唇から何かの言葉が漏れ出た。彼の唇はまだキスの余韻で濡れている。
 クラウドには彼が何を言ったのか聞き取れなかった。
「ご?」
「五秒で片付ける」
 五秒?
 言うが早いか、ザックスはキッチンに飛んでいってシンクに残されたままの皿を泡のついたスポンジでごしごし洗い始めた。
「うおおおおお」
 なにやら叫びながら手早く水で洗い落とす。水切りカゴに向かって皿が空を飛んだ。
 五秒…。
 神業のように次々とぴかぴかになる皿やコップをクラウドは口をぽかんと開いて見ていた。
 そこまで…そこまでしてザックスは急ぎたいんだろうか…。
 しかし五秒は軽く越えたような…とクラウドが思ったところで、少し遠くから微かに電子メロディが聴こえてきた。それはクラウドの携帯電話の着信音だった。
 帰宅したあとに脱ぎ落としたズボンに携帯電話を入れっぱなしにしていたことを思い出し、私室に入っていってハンガーにかけてあった服のポケットから取り出した。

 端末を開いて確かめれば、馴染みの店からだった。クラウドは電話を繋いでそれを耳に押しあてた。
 電話の向こうから、雑多な喧騒と、それに続いて彼女の声が聴こえてきた。
『クラウド、やっと出てくれた』
「…悪い、ティファ。電話が近くになくて」
『何よ。誰かさんが電話に出させてくれなかったんじゃないの? お取り込み中だったのならごめんなさいって謝るけど?』
 誰かさんとか取り込み中とか、幼馴染みのバーの女主は最近ちくちくと自分たちのことを冷やかす。悪気があるわけではないようだが、言われる度にクラウドは背中がむずがゆくなる。
「ティファ、違うって…そういうの、本当に勘弁してくれ」
『ふふ、冗談よ。ところで、明日の夜、空いてるかしら?』
「明日は…」
 灯りもつけない部屋でクラウドは電話をしていた。
『そう、明日が何の日だか覚えてる?』
 それはさっきザックスに思い出させてもらったばかりだ。
『クラウド、誕生日でしょ。偶然だったんだけど、みんなが明日うちに集まるみたいなの。クラウドの誕生日だし、それじゃあ店を貸切にして、みんなでワイワイしようよって話になって。夜、どうかな?』
 明日の夜は…。
 その時、クラウドは何の前触れもなく後ろからぬうっと伸びてきた腕に抱き締められてよろめいた。いつの間にか食器を片付け終わったザックスが部屋に入って来ていたようだ。気を抜いているときにこういうことをされるとびっくるするので、家の中で気配を消すのは出来ればやめて欲しいと何度も彼に言っているのだが全然聞いてくれない。
 ザックスはクラウドを抱き締めながら後ろからクラウドの顔を覗き込んで、茶目っ気たっぷりな表情で首を傾げて見せた。
 クラウドは目だけでザックスをうかがう。
 明日の夜のことを先刻ザックスと話していた。何をするとかどう過ごすとか、具体的には何も話していないけれど、彼と話し合ってから、この返事をするべきだろうか。
 …と迷っていたら、ザックスがクラウドの携帯電話をおもむろに取り上げて、自分の耳元に持っていった。
「お電話変わりましたー」
 クラウドはびっくりしてザックスを見上げる。片腕はがっしりとクラウドの身体に回っていて、クラウドは身動きが取れなかった。
 なんだかザックスは楽しそうにティファと話している。
「ああ、なるほど。そっかそっか」
「ザックス、ちょっと…っ」
「オーケー。分かった、だいじょぶ、俺も行ってい?」
 勝手に話が進んでいるようだ。
「うん、じゃあ仕事終わったらクラウドと一緒に行くわ。うん、よろしくー」
 そして勝手に話はまとまったらしい。
 ザックスは器用に片手で携帯電話を畳むと、それを脇のチェストの上に置いた。
 クラウドは体をよじってザックスに向き合った。
「…いいのか?」
「明日の夜の予定、決めちゃったけど、よかったよな?」
「俺はいいけど、あんたが…」
「ん。ちょっと残念だけど、俺はいつでもお前のそばにいるからな。久しぶりだったら、お前もみんなに会いたいだろ?」
「……」
 クラウドはこの男のこういう押したりだとか引いたりだとか、人がいいところとか、とにかくそういうのがとても憎たらしく思えて、そして――愛しくて仕方がない。


 クラウドはザックスの首に自分から抱きついて、そしてキスをした。
「…わかった。じゃあ俺の誕生日、前倒しで今日これから祝って」
 彼のにおいを胸いっぱいに吸い込む。
「前でも後でも、いつでも俺はいいけど。…何がいい? してほしいことあるか?」
 クラウドは微笑みながらキスをもうひとつ送ると、ザックスの手を取って寝室に向かった。
「して欲しいのは…そうだな。玄関に飾ってある店の看板を新調してほしい」
 ふたりで寝室のドアをくぐる。
「ああ、お前が作ったアレ、なんかすごく字が躍ってるもんなぁ」
「…ちゃんと読めるだろ」
 ベッドの前にたどり着く。
「他には? 欲しいものとか…」
 きしり、とスプリングが軋んだ。
 ベッドに腰掛けたクラウドがザックスの首に手を回して引き寄せる。落ちてきたザックスの体をベッドの上に転がして、今度はクラウドが彼を上から見下ろした。
 ザックスの腕がクラウドの腕を掴んで促せば、クラウドはザックスの体の上に乗り上げて、また唇を合わせた。

「俺の欲しいものは、あんたが欲しがってるものとたぶん同じ、だから」





 一日…いや数時間早いけれど。

 “Happy birthday,Cloud.”

 今日 この日 このときに
 一緒にいられることを 幸せに思う

 そして できればまた 来年のこの日も ともに過ごせますように






「それってそれって、これから朝までハメっぱなしやってみ…」
「それは却下っっ!!!!」





+++





 翌日、クラウド・ストライフの誕生日当日。
 セブンスヘブンでの集まりに顔を出した当の本人は、なぜだか顔色が悪く表情もアンニュイで、対して同伴者の彼の恋人は終始にこやかで上機嫌だったりしたとかなんとか…。










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