0601
テーブルの上にいつもの倍以上の皿が並べられていた。
「これを全部2人で食べるのか?」
ロイは黒い目をまん丸にして目の前の男を呆然と見上げた。
この皿の上にたんまりと盛り付けられた数々の料理を作った張本人、ジャン・ハボックはにへら〜と微笑んでいる。
「大佐のために腕を振るっちゃいました。この煮物なんか見た目はあんまりよくないですけど、ハボック家に代々伝わるとっておきのヤツで、実家のおふくろにレシピ聞き出して作ったんですよ。完璧です」
「ハボック家のとっておき…うまそうだな、じゃなくて。この料理の量はいったい何なんだ。誰か客人でも来るのか」
「いいえ、俺と大佐の2人分ですよ?」
このどおおおんと目の前に用意された、ゆうに5人前ぐらいありそうな料理が2人分??
ロイは急に無口になった。
食べられるわけがあるか、とハボックに突っ込みたいが、当の本人がにっこにこしているのでどうにも調子が狂う。
「……どうでもいいが、食べられる分しか私は食べないぞ」
「大丈夫です。残しても2、3日はもちますから。今日は大佐の好きなものを好きなだけ食べてくださいね。あと食後にはあんたの大好きなケーキも用意してありますから。いっぱい買ってきたのでよりどりみどりですよ」
「………」
………なんだか今日のハボックは気持ち悪い。
なんでこんなに大サービスなんだ。
いつもは腹8分目をモットーに食事の量だって必要な分だけだし、ケーキだってハボックがカロリーを気にして、なかなか食べさせてはくれない。
なのに今日はいったいどうしたというのだ。
(そういえば昨日、ハボックのやつ、人の胸を触りながら「当たり前だけど胸ないなー」などとほざいていたな…。はっ、もしかして私を太らせれば、なけなしの胸でもできないかななどという馬鹿なことを考えたのか!?)
男の私に胸などあるか!とハボックをベッドから蹴りだしたことを、まだ根に持っているのだろうか。
だが目の前のにこにこ全開な彼からは、そんな裏がありそうな、心に何か一物があるような感じは見受けられない。能天気ないつもの笑顔なのだが。
「ハボック、その…、私が太ったとしてもお前の大好きなぼいんには私の胸は絶対ならないと思うぞ?」
「へ?何言ってんです」
「だからどんなに食べたって私は男なのだから」
「そんなことは知ってますよ」
「う、うむ。それで太ったら胸よりもむしろ腹に肉がつくのではないかな。ぼいんには…」
「えっと、さっきからぼいんぼいんてなんですか、あんたは。俺は別にあんたに太って欲しいわけじゃないですよ。まあ、もう少し身体に肉がついたほうが、抱いたときに気持ちいいかなとは思いますけど。え、なんで大佐、胸にこだわってるんですか」
「こだわってるのはお前のほうじゃないか。昨日、人の胸見て、胸がないって…」
「ああ、あれですか。やだなあ、気にしてたんですか。俺、大佐の胸大好きですよ。かわいくておいしくて大好きです。あのときは「胸ないなー。胸ないけど俺この胸好きだなー」っておっぱい舐めまわそうとしたら、その前に大佐が怒って……、あー、ちょっと大佐、顔真っ赤……」
「馬鹿者!死ね!」
別にぼいんをロイに求めているわけではなかったようだ。
だが、それでは、この料理は、自分を思い切り甘やかす彼の真意はいったい……?
ハボックは太陽の匂いのするような笑顔で、ロイの手を握って言った。
「今日は6月1日で、大佐の日じゃないですか。だから今日1日ぐらい、あんたをめろめろに甘やかして優しくして、いっぱいいっぱい幸せなこと、したいんです」
自分の日?
意味が分からない。
だが、自分にとっては悪い話じゃないとロイは思った。
恋人が自分のことだけを考えて、おいしいものや幸せなものをたくさん用意してくれたということが何よりも嬉しい。
ロイはハボックの手を握り返してにっこりと笑った。
「……よくわからないが、今日はお前の厚意に甘えるとしようか」
さっそくこの目の前の色とりどりな料理たちを楽しもう。
そして大好きなデザートを食べた後は、シャワーで1日の汗を流して。
それから今日のささやかなお礼を彼に返すのだ。
自分には豊満な胸はないけれど、愛情だけは有り余るほどあるんだということを、彼に身をもって教えてやるのだ。
……ん?今日が私の日だというのはまあいいとして、それでは「ハボックの日」というのもあるんだろうか?そもそも何の日だ。誕生日ではないとすると……んんー???
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20060601up
6月1日でロイの日!良い日だ〜。